11話 友達
放課後、カンナビを連れ出して祠のあった山に向かう道中。
「リクくん。」
昨日から今朝にかけて起こった出来事を脳内で反芻する。誰かに「夢だ。」と言われてもいまだに信じてしまうくらい、超常的な現象をいくつも体験した。
「リクくん?」
高校に上がって引っ越せばすぐ上手くいくと思った矢先、祖母に先立たれ祠を壊し、変わり者の同級生と村を守ることになるとは微塵も思わなかった。
「リクくんってば。」
ふと眼前にカンナビが現れたかと思えば、立ち止まって行く道を制した。
「どこ行くの?」
そういえばちょっと話がしたい、と言ったっきり目的地も何も話していなかった。
「山。」
「なんで……?」
逆に今の今まで何も知らずにここまでついてきたことに、多少の危機感を抱いて欲しいものだったが、そこの天然具合も彼女の個性といえば個性だった。
「壊した祠、カンナビに見せたら何かわかるかと思って。」
「なるほど。」
合点がいったのか、カンナビは納得したように頷くと、また俺の後ろに回り込んだ。
俺は六月の蒸し暑さを紛らわせるように、ダサいジャージの胸元の布を摘んで風邪を送りながら、また歩き出した。
ワンテンポ遅れて、足音が重なった。その間、お互いに言葉は交わさなかった。
「そういや、カンナビはこの鈴のこと、なんか知ってる?」
しばらく続いた沈黙を破り、ポケットに入れていた鈴を掲げながら、ふとカンナビに声をかけた。
「うーん、わからない。」
「そうか。」
祖母に詳しく話を聞けるのが一番よかったが、それは叶わぬ願いだった。信仰心のあるカンナビでも知らないとなると、いよいよこの鈴の所出がわからなかった。
「でも、
「あー。」
そういえば、鈴を二度も投げたのはあの神だった。強制的に神を呼び出せる鈴。神からしたらとんでもない代物であることは間違いなかった。
「ばぁちゃんは、この能力使ったことあんのかな。」
祖母ならそもそも神様に頼ることなんてしないように思えた。上品で落ち着いていて、俺みたいに祠を壊したりなんかしないのだろう。
重いため息を吐くと、地面に落ちている小石を蹴飛ばした。
「リクくんのおばあ様はこの村の人なんだっけ。」
この村に来て早々、クラスでそんな自己紹介をしたような気もする。そうだよ、と返したはいいが、その後に会話が続かなかった。
気になって後ろを振り返ると、相も変わらずの無表情で、カンナビが何を考えているのか見当もつかなかった。
そんなカンナビだが、よくよく観察すると黒目が左右にキョロキョロと揺れ、時折顔の筋肉に力を入れて口を開いたかと思えば、そのまま口を横に結んでいる。何か気を使わせてしまっているのなら申し訳ない。
考えてみれば、俺から話があるなんて言っておいてこんな様子じゃ、気まずいと感じるのも無理はなかった。
「カンナビって、結構受け身だよな。」
前を向いて後ろから着いてくるカンナビに声をかける。
「そんなことは。」
「そのくせ、当たらない攻撃仕掛ける無鉄砲なところがある。なんでだ。」
案の定答えは返ってこない。少し気に障ったかと、「カンナビのこと、ちゃんと知っておきたいから。」なんてフォローを入れてはみたが、本人にとってセンシティブすぎる話題だったかもしれない。
「……ごめん、やっぱり、カンナビが話したくなったときで、」
「弟が、家を継ぐはずだったの。私に素質がなかったから。」
遮った彼女の語りに耳を傾けた。
「私、お父様やお母様からどれだけ教わっても、雷を狙った場所に落とせなくて。」
「じゃあ両親も同じ能力を使えるのか。」
「ううん。私みたいな雷は使わない。でも、代々視える者同士で結婚するから、何かしら能力は備わってる。火とか水とか。」
どうやらカンナビの両親も、そういう繋がりで出会ったらしい。
「そういう人、俺が知らないだけで結構いるのか。」
「あんまりいないと思う。だから、お父様もお母様も、よく他の地域の妖異の修祓に駆り出されてる。最近は家にも帰ってこられないくらい忙しくて。」
そんなにあのバケモンは各地にいるのか。視えるのも結構大変だと感じた。
「それで、弁当自分で作ってんのか。」
思わず負担にならないかと聞いたが、二個も三個も一緒だよ、と返ってきた。弟の分も作っているのだろう。
透かした風を装っているが、カンナビの手作り弁当を想像すると顔がほんのり火照った。
そもそも、誰かに弁当を作ってもらうなんて経験、自分の親の分を足しても、両手で数えられるくらいしかなかった。中学は給食だったし。
——楽しみだな。
そんな浮ついた心を現実に引き戻すように、カンナビの冷たい声が耳に届いた。
「私があんまりにもあんまりだったから、お母様は弟を産んだの。」
やはりカンナビの発言から、神社を継ぐのは不本意なのだろう。
「その弟に継いでもらえないのか?」
「……私じゃなきゃダメなの。」
苦しそうな声が聞こえた。普段無機質な彼女の声に、初めて色がついて見えた。それはとても悲しそうな青色だった。
弟のことについても聞きたがったが、カンナビは話題を避けるように言葉を続けた。
「私、やっと解放されるって思ったの。」
足音が一つ止み、俺は思わず振り返った。
「それでも、現実はそううまくいかなかったから、向き合わなきゃいけなくなったから、だからもっと妖異を祓えるようにならなきゃいけなかったのに……。」
「……信仰する神様を黒焦げにしたと。」
初めて、カンナビの本心を垣間見たような気がした。
彼女の気持ちは俺にも共有できる気がした。
苦しみから解放されると思った矢先に絶望を見せられる経験には、心当たりがあったから。
「いっそのこと、この身一つ捧げて村を守れるなら喜んで差し出すのに。」
カンナビは諦めたようにふっと肩の力を抜いた。
彼女の背負う使命の大きさは計り知れないが、それでもあまりのネガティブさに抗議せずにはいられなかった。
「最期に英雄になったらポンコツでも花開くってか。言っとくけど、俺はお前にそんなことさせないからな。」
「どうして? 私の事情なんてリクくんに関係ないのに。」
「いや、せっかく友達ができたのに、死なれるとか無理だから。残される側の気持ち考えろよ。」
「とも、だち……。」
二、三度繰り返すカンナビの様子を見て、照れくさくなった。鼻の下を擦り、行くぞ、と声をかけるとジャージのポケットに手を突っ込んで、再び歩き始めた。
しばらく歩いて、昨日の廃神社へ辿り着いた。本殿の裏には、やはりあの祠が依然として佇んでいた。
「どうだ?」
「何も感じない。空っぽの祠。札も剥がれてるし、もう妖異はいないみたい。」
「そうか。」
打つ手がなく、ため息を吐いた。カンナビは何一つ悪くないのに、役に立てなくてごめんと謝った。
「……じゃあ、呼ぶか。」
「誰を。」
ポケットから取り出した鈴をちらつかせると、その銀色の粒を得意げに指先で転がした。
「やめた方が。今度こそリクくん殺されちゃうよ。」
「でも、何もしないと始まらないだろ。」
銀色に鈍く光る鈴を、二、三度鳴らした。全身に染み渡るような上品な音色は、何度聴いても心地よい。
「聞きたいことがあるんだ。出てきてくれないか。」
すると、鈴を起点にいくつもの光が放射状に手の隙間から漏れ、まるで雲の切れ目から太陽の光がさすように辺りを照らした。
まばゆい光に眼を細めると、頭が熱くなる感覚がした。光に当てられ目が眩んだかと思えば、急に平衡感覚がおかしくなり、思わず膝をついた。
「リクくん大丈夫?」
「平気。」と言ったものの、地面に生える青い葉を赤い液体が染めたところで異常に気がついた。鼻の奥が熱くなって右手で押さえると、鮮血がベッタリとついていた。
「ふーん、今日は彼女を連れてきたの?」
カンナビとは違う、明るく抑揚のある声が背中から聞こえた。
「リクくんって、なかなかすけこましな一面もあるんだねー。」
鼻を押さえたまま声の方を振り返ると、片目をレースのついた眼帯で隠し、玉露色の上品な緑を基調としたおおかた和装メイドと呼ばれるような服装の少女が佇んでいる。
それは紛れもなく、昨日サグジと対峙していたあの少女だった。
祠、壊しました。〜カミサマ?のせいでポンコツ巫女と村を救うことになりました〜 落水 彩 @matsuyoi14
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