火星での日常
星羽昴
誕生日
20年前に火星のテラフォーミングが完了した。現在、火星の地表は緑と水に溢れている。火星は、人類にとっての
しかし……その処女地は、希望とともに天敵の巣でもあった。
今日は、妻の幾つ目かの誕生日だ。私は、これから目覚める妻を迎えに医療センターへ向かっている。
医療センターは、このドーム都市で一番大きく目立つ建物だ。到着すると直ぐに、妻の培養カプセルがある部屋に通された。
ガチャンと乾いた音がしてカプセルが開く。そして数分の間を置いて、身体を起こした妻は、生まれて最初の言葉を発した。
「あら。カプセルで目覚めたってことは、
「そうだ。ドーム都市の西門を守って、ワーム4匹を道連れとした勇敢な戦死だったよ」
妻は軍人で、人型機動兵器の優秀なパイロットである。3ヶ月前、ドーム都市西門の防衛戦で大活躍し戦死した。
ワームとは、硬い外甲殻に包まれた
火星のテラフォーミングが完了すると、突然それは出現した。
地球にもクマムシと言う生物がいる。極度の乾燥状態になると体内の水分を極限まで減らして代謝を停止する乾眠状態に入る。乾眠状態に入ったら低温にも高温にも高圧にも放射線にも耐えられる。そして水分が補給されれば復活する不死身の生物だ。
かつての火星は緑が溢れていたらしい。それが、天体規模のカタストロフによって水と空気が失われた。
地球人の火星テラフォーミングは、人類の天敵を目覚めさせてしまったのだ。
ワームには知性はない。群れで行動する習性もなく、単体で捕食行動をする。
ワームにとっては、人間は格好の餌であるらしい。人間の味を憶えた
妻たち軍人は、人型機動兵器に搭乗し、ドーム都市の人間を守るためにワームと戦っている。
硬い外甲殻を纏ったワームの戦闘力は高い。軍の人型機動兵器と言えども、2匹のワームを同時に相手にすれば簡単にスクラップにされてしまう。
人型機動兵器の方はいい。肉食のワームは機械は食べないから、スクラップになった残骸でも回収して再生できる。
しかし、戦死したパイロットの補充は難しい。地球圏から新しいパイロットを派遣しても間に合わない。
そこで、この火星のドーム都市は禁断のクローン再生を合法化した。
ドーム都市に住まう人間の細胞は、定期的に採取・保存されている。現在の技術は、記憶も復元できるようになった。
不慮の死を迎えた場合、その近親者はクローン再生を申請できる。妻のような戦死であればほぼ許可は下りる。
バイタルチェックを終えた妻は、軍服に着替えていた。妻には、これが普段着だ。
「では、我が家へ帰りましょう。何か変わったことはありましたか?」
新しい身体の妻の記憶は、細胞を採取した3ヶ月前のものだ。
「先月、地球にいる妹に娘が生まれたんだ。強い女性に育って欲しいからと、君の名前をつけたそうだ」
「まあ。姪と同じ名前では紛らわしいですね。でも、妾と会う機会はないから大丈夫でしょう」
そう言いながら、妻はケラケラと笑う。
妻はクローン再生体なので、地球には行けない。クローン体を成長させる培養カプセルの中は無菌状態だ。妻の身体は、無菌状態で成長してきたので、細菌やウイルスに対する免疫を何も持っていない。
地球で普通に生活できるのは、生まれ育つ過程で、細菌やウイルスに対する免疫を身に付けているからである。
妻が細菌やウイルスが蔓延する地球に行ったら、様々な感染症で直ぐに命を落としてしまうだろう。
クローン再生体の妻は、このドーム都市の中でしか生きられない。だから、妻には軍人として、ワームと戦い続けるしか生きる選択肢がないのだ。
自宅は3ヶ月前と何も変えていない。妻も違和感なく食事と入浴を終えられた。
そして寝室。
妻の身体のクローン再生には3ヶ月を要した。私に取っては3ヶ月ぶりの妻との夜である。
「ふふふ。そうなのですね。でも妾の記憶は、昨夜たくさん可愛がって頂いたことしか憶えていないんですよ」
そう言って、妻は私の身体の上に乗ってきた。
「妾に取っては昨夜のお返し……貴男には3ヶ月も寂しい夜を過ごさせたお詫びです。今夜は、妾が頑張りますね」
「いや、ちょっと待ちなさい!」
抵抗しようにも、優れた軍人である妻は腕力も強く身のこなしも鋭い。クローン再生体は身体能力も忠実に再生できる。
……そして、妻の悲鳴が寝室に響き渡る。
「痛ーい!!!!」
記憶と身体能力はともかく……再生された身体は処女なのだ。
火星での日常 ー誕生日ー 完
火星での日常 星羽昴 @subaru_binarystar
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