第2話 それは美月の想い
「そのボール投げてくれませんか〜」
グローブをつけた子供たちが、私たちに大きく手を振っている。きっと河川敷でキャッチボールをしていたのね。
ヒロはキャッチしたボールを彼らに軽く投げ返した。んだけど、ヒロはまた黙り込んでしまった。
もう!……意気地なし。
ヒロは間違いなく私を好きだ。
これは
ただ、ヒロは最近やっとそれに自覚したみたい。
私はとっくにヒロが好きだって自覚してるのに。
だから、私は「好き」をずっとアピールしている。なのにヒロにはそれが一向に伝わらない。ううん、伝わっているのかもしれないけど、自分の想いを
なら、いっそうのこと私の方から告白すれば良いのだけど。でも、それは何だか負けたような気がするの。
ヒロが意気地なしなら、私は意地っ張りなのかな?
だけどこのままの関係でいるのもイヤ。
「ねぇヒロ……私たちって昔から何をするにも一緒だったわよね」
「ああ、幼稚園では周りに馴染めず、一人で遊んでいたら、俺に美月が声を掛けてくれたんだ……それからだよな」
「そんな事あったっけ?」
「あったさ……すっげぇ嬉しかった……今でもよく覚えてる」
「そっか……」
「小学校も同じだったから二人でいるのが当たり前になって……」
「手を繋いで登下校してたから、クラスの男の子たちによく
「あの年代は性差を意識しちまうからなぁ。そういう違いに敏感に反応するし、男はそこんとこガキだから」
「それでもヒロは私から離れないでいてくれた。ずっと傍にいてくれた」
「そんなの……だってそれは……す、す、す……」
「す?」
「……すごくカッコ悪いだろ!」
「もう!」
「……ごめん……俺カッコ悪いよな」
「ヒロ……そんなことないよ。男子に
「そうは言うけど、美月は見かけによらず気が強いからなぁ。あの時は結局、自分で男子をとっちめていたじゃないか」
「悪かったわね気が強くって!」
「まったく……美月は物静かなお嬢様って、感じなのに負けん気が強くてさ。中学の時は、美月に幻想抱いてた男どもから紹介しろって大変だったんだぜ」
「そ、そうだったの?」
「やっかみも凄かったしな」
「それで……それでヒロはどうだったの?」
「どうって?」
「その時のヒロの気持ち」
「それは……なんか……イヤだった。自分でもよく分からないけど美月のことを良く知りもしない奴らがって……何でか腹が立った」
「それは何で?」
「美月の隣に他の男が立つのがイヤなんだよ!」
「私も隣にはヒロがいて欲しいな」
「え!?」
「私はね、ヒロと一緒に登校したい。一緒に勉強して、一緒にお昼食べて、一緒に下校して、一緒に遊んで、一緒に笑って、一緒に……ずっとヒロと一緒がいいの……ヒロはどうなの?」
「お、俺も……美月とずっと、ずっと一緒がいい」
「それは幼馴染として?」
「それは……」
「私はね……このままは……イヤ」
私が立ち止まると、ワンテンポ遅れて立ち止まったヒロが振り返った。
横から差す赤い夕陽が地面に私とヒロの影を落とす。
生まれた二人の影法師。
それはほんの少し手を伸ばせば届く二人の距離。
「ごめん……俺ホントに意気地なしだ」
「うん……」
「美月がこんなにチャンスをくれているのに」
「うん……」
「俺、怖かったんだ……言葉にして今の関係が壊れてしまうのが」
「うん……」
「だけど、今までの関係は、これからも続けられないかもしれない」
「うん……」
「大学も一緒とは限らないし、就職は多分一緒にはなれない……」
「うん……」
「俺はずっと『幼馴染』ってやつに甘えてた」
「うん……」
「でも、ここで俺がひよってたら、きっと『幼馴染』でもいられなくなる」
「うん……」
「だから……今度こそ……今度こそちゃんと言う」
「うん……」
「美月……お、俺は……俺は……」
「うん……」
「俺はお前のこと……」
頑張って……頑張ってヒロ……
茜さす。
空も大地も
だけど、私とヒロの作る影は変わらない。
その二つのシルエットはまだ混じらない。
伸ばせば届く距離だけど、ヒロとの距離は近くて遠い。
それは、いつまでも重なることのない影法師。
突然、ヒロが手を伸ばしてくると、私の手を握った。
手は少し汗で濡れていて、そして微かに震えていた。
怖い、怖いとヒロの心が聞こえてくるよう。
だから、私はヒロの手を優しく握り返した。
――繋がる私とヒロの影法師。
「俺は美月が好きだ。ずっとずっと一緒にいたい。今日も明日も明後日も……ずっとずっとこの先も、それは幼馴染としてじゃなくて……彼女として傍にいて欲しい」
「うん……私も隣にいたい。幼馴染としてじゃなくて……ヒロの彼女として」
「美月……」
真剣な表情のヒロの視線と、見返す私の視線が絡み合った。
離れていた私とヒロの影の間にあった距離が徐々に狭まる。
そして、互いの唇がゆっくりと近づき――
「ぅぐっ!」
――私は近づいてきたヒロの唇を指で摘まんだ。
「ここはキスする流れだろ?」
「お預け。私を待たせた罰よ」
ヒロが恨みがましい目で見るので、私はふんっとそっぽを向く。
「そ、それは悪かったと思ってるよ」
「ホントかしら?」
そっぽを向いた私の目に、二つの影法師の
昔は全く同じ長さだったのに、いつの間にかヒロの影法師は私のそれより伸びていた。
少しして横目でヒロを
その様子にちょっとやり過ぎたかなと罪悪感が少し湧く。
だから――
私が前屈みになってヒロを下から覗き込む。
「ヒロ」
「なんだよ美月――んっ!?」
私の影法師の背が少し伸び、ヒロのそれと並んで混じって一つになった。
――それは私とヒロの……想いの重なるシルエット。
それは想いが重なるシルエット 古芭白 あきら @1922428
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