25話・ファッションロリコンのお姉さんを本物にした話

 ゆかりは確かに失恋したが、ユイに直接振られたわけではなかった。


 ユイに誘われて初めて参加した、ゼミの飲み会。ゆかりはアイリの助言の通り一滴も酒を飲まなかったが、しかしユイは飲んでしまった。


 最初は飲まないと言っていたユイだったが、ウーロンハイを普通のお茶だと勘違いして飲んでしまい、そこでスイッチの入ってからは、ガブガブと酒を飲み続け、見事に潰れたのである。


「葵さん、一番仲いいし家に連れ帰ってあげてよ」


 そんなことを言われて、ゆかりはユイを介抱しながら彼女の家に向かった。


 向かって、鍵を開けて、そのまま彼女が一人暮らしをするマンションの一室に入ったのだ。


『もしかしたらお酒に酔ったユイちゃんをわたしが介抱して……きゃー!』


 雑な予言があたってしまった。


 ドキドキした。好きな子の家にはいるなんて、当然初めてのことだった。


 予想よりもやや乱雑とした部屋のベッドにユイを寝かせた、その時のことである。


 突然、テレビがついたのだ。おそらく、ユイがリモコンを踏んでしまったのだろう。


 だけど、問題はいきなりテレビがついたことそのものではなくて、そこから流れた映像にあった。


 安っぽいBGMとともに液晶に映ったそれに、ゆかりは絶句した。


 それは、小さな女の子だった。


 アイリと同年代くらいの女の子が、とてつもなく小さな布面積の水着を着て、ランドセルを背負って、バランスボールに乗って、扇情的に棒アイスを舐めていた。


「……は?」


 ユイのコレクションのひとつであった。どこかアイリに似た女児が、際どい水着で、際どいことをしている、ジュニアアイドルのイメージビデオだった。


 傍らのユイは眠りこけて、テレビがついてることになんてまるで気づかなくて。


 例えば、自分が懸想している相手の家に行って、テレビをつけてこれが再生されたら、普通だったらどうなるだろうか。


 普通なら、百年はおろか、千年、万年の恋も一瞬で醒めるだろう。


 寝ているユイの頬を叩いて、そのまま泣きながら家をあとにするだろう。


 そうだ、それが普通だ。紛れもなく、それこそが普通だろう。


 だけど、他ならぬゆかりはどうしたのかと言えば。


「……」


 ただただ、目の前の映像に釘付けになっていた。


 普通なら、すぐに目を逸らすだろう。汚らわしいと吐き捨てて、テレビを消すだろう。撮られた子の気持ちも考えれば、それが正解だろう。


 だけど、ゆかりは目を逸らすことが出来ずにいた。


 そこに映った黒髪の女の子の華奢で成長途中な肢体から、目を逸らすことが出来なかった。


 どころか、そこにアイリの姿を重ねてしまって――


(流石にそれはヤバいでしょ!)


 頭をぶんぶん振る。


 年の離れた親友と、際どいビキニのジュニアアイドルを重ねるのは、流石に人として終わっていた。


 いいや、終わってると言うなら、こうしてガン見している時点で十分終わっていて。


 ゆかりの胸は、どうしようもなくバクバクと鳴っていた。


 間違っている。どうしようもなく間違っている。なのにゆかりは、テレビを消すこともせずに画面に釘付けのままで。


(……わけわかんない、なに、これ)


 それは、まるで初めてポルノビデオを見た小学生男児のようだった。


 顔を真っ赤にして、安いBGMの流れる映像を見る。


 もはや、傍らで眠っていて、いつ起きるかもわからないユイのことなど意識の外に行ってしまって。


(……これってやっぱり、アイリちゃんに、似てるよね)


 いや、アイリのほうが可愛い。


 そこでやっと、ゆかりは気づいた。何故ユイがいつもアイリの同伴を頼んでいたのか。クリスマスに酔っ払ったとき、あんなんだったのか。


(……そっか、ユイちゃんって、こういうのが趣味だったんだ)


 だけど、不思議と軽蔑する気持ちは湧いてこなくて。


(だってしょうがないよね、こんなに、……なんだもん)


 挙句の果てに、そんなことまで考えていて。


 そうしてゆかりは、気づいてしまったのだ。


(ああ、もしかして、わたしって――)


 帆山ユイは中3のときに小2の従姉妹に頬にキスされて気づいた。


 神田マユリは高2のときに近所の小5に頬にキスをされて気づいた。


 そして、葵ゆかりは大学2年生で、片思いしてたはずの相手の家でジュニアアイドルのイメージビデオを見て、気づいた。


(……わたしって、ロリコンなんだ)


 ※


 ゆかりは知らない。それが、アイリによる長年の波状攻撃が実ったものだと。イメージビデオは最後の一撃でしかなく、アイリの努力がその一撃を一撃足らしめたことを知らない。


 それでも、夕日に照らされた公園で、隣のブランコに座るアイリは、ひどく扇情的で、蠱惑的で、……どうしようもなく、えっちだった。


 性犯罪者的思考だった。


 ゆかりは自己嫌悪に陥る。


 ビデオを見てから、ずっとそうだった。


 ずっと、アイリのことがそんなふうに見えていた。


 本当はデートのお誘いも断りたかった。何か間違いを犯してしまいそうで、怖かったから。


 だけど、それ以上にアイリがガッカリするところを見たくなくて、ゆかりは二つ返事でそれを了承してしまった。


「そういえば、ユイさんとはどうなってるんですか」


 まるで測ったかのように、アイリが言う。


 叫びたかった。もうユイに興味なんてなくて、アイリのことしか見えないと。


 言えるわけがなかった。そんなこと言ったら、アイリに嫌われてしまうし、怖がられてしまうし、牢屋行きにもなってしまう。


 だから嘘でも順風満帆だと言って、君に興味なんてないと言うべきだった。


「……それなんだけどね、こないだの飲み会で、振られちゃったんだ」


 なのに、ゆかりは気がつけば本当のことを言っていて。


 いや、嘘だ。振られてなどない。ただ、もうそれでいいというだけだった。


「ユイさんに、ですか?」


 その時のアイリの表情は、ひどくグチャグチャで、今にも泣きそうな、だけど口元には笑みが浮かんでいる、そんな不思議な表情で。


 同時に、どういうわけか、今までのアイリの言動が、滝のように脳裏を過って。


『と、トリックオアトリート、お菓子をくれなきゃいたずらしますよ!』


『……私は小日向アイリです。お姉さんとは将来を誓いあった仲です』


『私が大人になったら、付き合ってくれますか』


『私、お姉さんが好きです』


『まあお姉さんはいつでもどんな格好でも可愛いですけどね!』


『……わかりました、白状します。私はずっと機嫌が悪いです。なぜならお姉さんが私と一緒にいる時はしないようなおしゃれをして、私がよく知らない人に笑顔を振りまいてるからです』


『お姉さんは可愛いんです。だからもっと自信を持ったほうが良いです。お姉さんは最高です。私が知るかぎり、世界で一番可愛いのはお姉さんですよ』


『大アリですよ。お姉さんは世界一可愛いです。それに、私のほうがもっと可愛いと思ってますよ、帆山さんなんかよりずっと』


『私ですか? 私はですね、お姉さんとずっと一緒にいれますようにって願いました!』


『褒めてますよ。お姉さんは大人にならないところが素敵です』


 ゆかりは思った。


 どうしてか、思ってしまった。


(……もしかして、この子、わたしのことが好きなのかな?)


 パズルのピースが、急速に埋まっていく。


 そうだ、アイリはずっと、自分に好きだと言っていたのだ。


 ただ、自分が気づかなかっただけで。


 その推論は、奇跡的に正解だったが、世間で同じことがあったら99%単なる誤解で、たとえ正解していたとしても、完全に性犯罪者の思考そのもので。


 「――アイリちゃん、ごめんっ!」


 ゆかりは、気がつけばアイリの唇に、キスをしていた。


 そうして、葵ゆかりは、性犯罪者となり。


 小日向アイリは、被害者となり。


 ファッションロリコンのお姉さんは、本物になった。

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