14歳ーリリエット警護任務編 第23話 取引
「殿下? 貴方は本当に……殿下なのですか……?」
驚きの声を上げるサイラス。
そんな彼に、俺は仮面を付け、再び口を開いた。
「あぁ。何とか逃げ延びることができ、生き永らえることができた。……ハンナの犠牲と、引き換えにな」
「殿下、良かったです! ご無事で……本当に良かったです……!」
俺の傍まで近寄ってくると、サイラスは俺の手を握り、涙を流した。
俺はそんな彼に、再度、声を掛ける。
「サイラス。まだ俺と共にアグランテ家と戦う意志は残っているか?」
「勿論でございます。この身は、亡きガイゼリオン様と殿下のために捧げましたから」
「そうか。先ほどの発言を鑑みるに……どうやら、貴様はまだ騎士は続けているようだな?」
「はい。私は未だ、王宮で騎士をやっております。今までは王宮内でアグランテ家の動きを反政府組織のリーダー、ギルベルト様にこっそりと流していました。ですが……ギルベルト様がガストンに捕まり、組織も実質崩壊。今では、私ができることなど殆どなく……途方に暮れていた次第でございます」
「いや、お前がまだ王宮仕えの騎士で助かった。これで俺が考えていた一手に、大きなカードが手に入る」
「? カード、ですか?」
「サイラスよ、再度聞こう。貴様……自身の命を俺に賭ける覚悟はあるか?」
「はい。勿論です」
「だったら、お前には、王宮にいるであろうある人物の部屋への案内をしてもらう。そして……そうだな。俺と同じ、変装をしてもらう」
「は? 変装、ですか?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――――2日後。5月12日。
王都アルビオン・城門前広場。
そこには巨大な処刑台と、強制召集された民間人数百名の姿があった。
ガストンは処刑台に立つと、集まった民たちに声を張り上げる。
「諸君、よくぞ集まってくれた! 見よ、ここに集まりし罪人どもを! こやつらは傭兵団『烏の爪』の名で活動し、その裏で、余の事業の邪魔をした悪しき者たちである! だが、それだけではないぞ! この傭兵団には、何と、親ガイゼリオン派の騎士家の嫡子が三人も在籍していたのだ! 旧王家の信奉者たちはあろうことか王殺しの罪人グレイスを庇い立て、アグランテ家に牙を剥いた反逆者どもだ! 奴らは王国の安寧を脅かす大罪人である!」
ガストンはそう叫んだ後、笑みを浮かべ、再度口を開いた。
「だが、今日でその反逆者どもの息の根を完全に止めることが叶う! 何故なら―――親ガイゼリオン派の筆頭、元騎士団長のギルベルト・ライゼフ・ファルシオンをこうして、この処刑台に連れて来ることができたからだ!」
そう言ってガストンは騎士に命じさせ、一人の男を自分の元へと連れて来させた。
そして、その男……ギルベルトを自分の傍に膝ま付かせると、彼の頭を踏みつけ、民衆に向けて口を開いた。
「見よ! かつて王国最強だと謳われた騎士も、余の手にかかればこんなものだ! 余はガストン! この国を統べる次期騎士王である! 余に不可能など、何もない!
余に歯向かう者には死を! 余に服従を示すものには永遠の安寧を与えてやろう! さぁ、跪け! 頭を垂れよ! 王国の民ども! フ……フハハハハハハハハハハハハハ!!!!」
ガストンのその言葉に、一切にして頭を下げる王国の民たち。
しかし、一人、頭を下げない者がいた。
それは、小さな子供であった。
子供の隣にいた母親は、慌てて息子の頭を掴み、跪かせる。
だが、ガストンはそれを見逃さなかった。
「衛兵! 何をしておる! その子供の首を刎ねよ!」
「し、しかし、ガストン様、相手はまだ年端もいかない子供! ですから――」
「もう良い。アルフォンス、その衛兵と子供を殺せ」
「……!」
ガストンの背後に立っていたアルフォンスは、その言葉に、下唇を噛み締める。
「何をしておる、殺せ、アルフォンス。貴様は余の剣なのであろう?」
「……承知、致しました」
アルフォンスは処刑台を降り、そのまま、民衆の元へと向かっていった。
その光景を見て、ギルベルトは咆哮を上げた。
「アルフォンスッッ!! 貴様、罪もない人間を殺す気かッッ!!」
「……ッッ!!」
祖父のその言葉に、足を止めるアルフォンス。彼の下唇からは、血が滲んでいた。
「黙れ、過去の亡霊が。貴様はそこで惨めに這いつくばっていろ」
そう言ってガストンはギルベルトの後頭部を強く踏みつける。
するとギルベルトは、ガストンに怒りの声を上げた。
「アグランテ家の醜き悪魔め!! 陛下を殺し、殿下に濡れぎぬを着せたのは貴様であろう!! 貴様のような醜悪な男に、騎士王などが務まるか!!」
「負け犬が、よく吠える。……良いか、民ども! 余はいずれこの世界の全てを手に入れてみせる! この大陸全土を、ランベール……いや、アグランテ家の旗で覆い尽くすのだ! 余は、この世界で初めて誕生する統一国家の覇王となる! 全ての国を我が支配下におくのだ! この戦乱の世を、王国の支配によって終わらせる!!」
「なっ……! それは、侵略戦争に加担するということだぞ、ガストン! 貴様、陛下が築いた不戦の契りを破る気か! 三国が築いた平和の礎を……壊す気か!!」
「ギルベルト、ガイゼリオン派である貴様の考え方はもう古いのだ。余は、全てを手に入れる。女も、金も、酒も、領土も、全てだ。余は、覇王となる」
ガストンのその言葉に、ギルベルトは眉間に皺を寄せる。
民衆も、ガストンの言葉に、唖然としている様子だった。
「何をしている、アルフォンス。殺せ! 衛兵と子供を処刑した後は、次はお前の祖父と旧友たちだ! 見事処刑し終えることができたら、貴様が望む四聖剣の称号を与えてやろう! 我が覇道を歩む剣となり、余に忠誠を示せ、裏切りの騎士アルフォンス!!」
アルフォンスはガストンのその言葉に頷き、子供を庇う衛兵の前に立つ。
衛兵はアルフォンスに、怯えながら声を掛けた。
「や、やめろ……この子はまだ、子供なんだぞ? たった一度、頭を下げなかっただけなんだぞ?」
「…………すまない。これも、グレイスくんとの夢を叶えるため」
「やめろ……やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
――――――ザシュ。衛兵は肩から胸を斬り裂かれ、血を噴き出し、その場に前のめりになって倒れ伏した。
倒れた衛兵の背後にいるのは、母親に抱かれる、男の子の姿。
母親は恐怖に顔を引きつらせ、息子を守るようにして、後ろにやった。
「お、お助けください……どうか……どうか……っ!」
「すまない。僕は君たちの犠牲をもってして、この国に平和を創る」
アルフォンスは剣を上段に構える。
そして、親子に向けて、剣を降り下ろそうとした――――その時だった。
「ふざけたこと……言ってんじゃねぇ――――――っっ!!」
アルフォンスの前に、フードマントを被った少女が姿を現し、横にした剣によってその斬撃を受け止めた。
親子を守った少女。それは、『烏の爪』の団員……ルキナだった。
「なっ……!」
アルフォンスは一度後方へと飛び退き、体勢を整える。
ルキナは剣を中段に構え、親子を守るようにしてアルフォンスを睨み付けた。
「おい! 早くガキを連れて逃げろ! 王都の外に行け!」
「は、はい!」
子供を抱きかかえて、母親は街へと向かって、走って行った。
その光景を見て、ガストンは叫び声を上げる。
「曲者だ! 恐らくは『烏の爪』の残党だろう! ひっ捕らえよ!」
ガストンのその命令に、騎士たちが集まり、ルキナを取り囲んだ。
そんなルキナを見て、アルフォンスは無表情で口を開く。
「いったい、君は何をしにきたんだ? こうなるのは目に見えていたはずだろう?」
「ふざけたこと抜かしてんじゃねぇ! お前たち騎士は、本当にこの状況を受け入れているのかよ!? 罪のない衛兵を殺して、母親と子供を殺して……それで良いと思っているのか!! こんなの……アタシが目指していた騎士なんかじゃねぇ!!」
「君が所属していたのはガイゼリオン陛下の時代だろう。今は違う。今は、ガストン様の時代だ」
「だったらアタシは騎士になんかならなくて良い! ガストンなんてクソ喰らえだ!」
ルキナのその発言に、民衆たちは「ヒィ」と怯えた声を漏らし、恐慌した様子を見せる。
ルキナのその発言に、ガストンは大きな笑い声を上げた。
「はっはっはっはっはっ! 生きのいい賊だ! クソ喰らえ、か。だったら……貴様は、窒息するまで口に人糞を詰め込み、殺してやろう!! 騎士ども、その女を生かしてひっ捕らえよ!! そやつは地獄の苦しみを味合わせてから余が自ら殺してくれる!」
ルキナへと、じりじりとにじり寄ってくる周囲の騎士たち。
そんな彼らにルキナが剣を構えて緊張した面持ちを浮かべていると――――広場に、ある男の声が轟いた。
「――――――――クククク。相も変わらず品性下劣な男のようだな、ガストンよ」
その声が聞こえてきたのは、付近にあった建物の上だった。
民家のルーフバルコニーの上には、黒いマントを風に靡かせた……仮面の男が立っていた。
その男の姿を見て、処刑台の上にいたマリーゴールドとジェイク、アビゲイルは、同時に歓声を上げる。
「レイスくん!」「レイス!」「レイスさん!」
先ほどまで絶望の表情を浮かべていた三人だったが、仮面の少年……レイスの登場に、顔の色が明るくなる。
しかし、モニカとガウェインは、何故か首を傾げていた。
「あれ……? 声が……?」「あぁ、モニカ。オレも同じ感想だ」
アルフォンスも同様に、建物の上にいるレイスの姿を見て、疑問の声を上げる。
「あれは、レイス? しかし彼の仮面は―――」
「おら、よそ見してんじゃねぇぞ、優男!」
ルキナはアルフォンスに斬り掛かる。だが、彼はその剣を寸前で避けてみせる。
その後、何かに気が付いたアルフォンスは、ガストンへと顔を向けた。
「ガストン様……!! あれは――――」
「おらおら、あんたの相手はアタシだって言ってんだろ!」
「くっ!」
連続して剣を振り、襲い掛かるルキナ。そんな彼女の猛攻を躱しつつ、アルフォンスは苦悶の表情を浮かべた。
建物の上にいる仮面の男。その姿を見て、ガストンはフンと鼻を鳴らした。
「アルフォンスが報告していた仮面の男、か。なるほど。どうやら、まんまと『烏の爪』の団長レイスが釣れたようだな。初めまして、愚かな傭兵団の長よ。よくも、余の事業を悉く潰してくれたな」
「ククク。裏稼業の犯罪者どもから金を吸い取るあれが、事業だと? 笑わせてくれる」
「ほう? どうやら、分かっていて余に喧嘩を売っていたようだな。偶然だとしたら単なる処刑で済ませてやったものの……貴様には余すことなく地獄の苦しみを与えてくれよう。騎士ども! 奴は袋の鼠だ! あの建物を包囲し、逃走経路を塞げ!」
ルキナを囲んでいた騎士たちは、今度はレイスのいる建物へと向かっていく。
その光景を見て、レイスは静かに笑い声を溢した。
「お前は失策を犯した、ガストン。一つ目、騎士たちを自身の警備に回さず、この俺を捕らえるために大多数をこちらに寄越したこと。二つ目、厄介なアルフォンスを自身の傍から離したこと。三つ目は―――」
「―――――俺が近付いてきていることに、気が付かなかったことだ」
ガストンの背後から、仮面を付けた少年が姿を現す。
ガストンの周囲を警備していた二人の騎士が仮面の少年に斬り掛かるが……少年はその剣を難なく回避し、一瞬で二人を斬り裂いて、殺して見せた。
その姿を見て、ガストンは驚きの声を上げる。
「なっ……! な、何故、仮面の軍師レイスが二人おる!? どういうことだ、これは!?」
「クククク。お前がアルフォンスの報告をよく聞かない愚図な男で助かったぞ。おかげで、お前は、俺の仮面が割れていることに違和感を抱くことはなかったのだからな」
そう言って、レイスは、目元だけを覆っている自身の仮面を撫でる。
そして彼はヒュンと剣で空を斬ると、彼に向けて口を開いた。
「あの建物の上に居るのは俺ではない。俺の配下が変装した偽物だ」
「へ、変装、だと!?」
「本来はお前からアルフォンスを引き離すために、ルキナが無礼な行動をして、一芝居を打つ計画だったが……お前は子供の命を奪うことに躍起になり、わざわざアルフォンスを民衆の元へと向かわせた。実に好都合だったよ。この計画で一番の邪魔者は、アルフォンスだったわけだからな」
「な、何を言うておる……!! 計画、だと……!!」
「そうだ。その計画……それは、俺の大事な配下たちを取り戻すこと。さて、そろそろ返してもらおうか、ガストン。俺の仲間たちを」
レイスのその言葉に、背後にいる『烏の爪』の団員たちは、嬉しそうに喜びの声を上げる。
その光景を見て、ガストンは、ハンと鼻を鳴らした。
「どうやってここから貴様は仲間を助けるというのだ? 確かに、護衛がいない今のこの状況では、余の命は貴様に握られたといっても良いだろう。だが、余を殺せば、貴様はすぐに騎士たちに取り押さえられて終わりだ。余が死んでも、父上がいる。アグランテ家の支配は終わらない」
「そうだろうな。貴様をここで殺しても、意味がないのは俺も理解している。そして、貴様を人質にしても―――」
「あぁ。余を人質に取った瞬間、余は、命を賭けて騎士に命じる。こやつをひっ捕らえよ、と。命に代えても、貴様に一矢報いてやるぞ。人質に取られた以上、余の命の勘定は無に帰ったといっても同義だからな」
ガストンのその覚悟のこもった表情を見て、レイスは「ククク」と笑い声を溢す。
「何も問題はない……想定通りの結果だ。ガストン、騎士ども、建物の上を見ろ」
そう言ってレイスはパチンと指を鳴らし、民家のルーフバルコニーへと手を伸ばす。
建物のいたもう一人の仮面の男は、ある少女の首元に剣の切っ先を当てていた。
その少女とは―――リリエットだった。
その光景を見て、ガストンと騎士たちは、動揺した様子を見せる。
「さて、取引といこうか、ガストン。俺の要求はひとつ。馬車を用意し、俺とルキナ、ギルベルト、そして『烏の爪』の団員を王都の外まで逃走することを見逃すこと。その取引が上手く済めば、リリエットは開放してやる。どうだ? 悪くない取引だろう?」
「レイスゥゥゥゥッッッ……!!」
ガストンは眉間に皺を寄せ、仮面の少年レイスを鋭く睨み付けるのだった。
全てを奪われた元王子、仮面の軍師となり、暗躍無双して復讐を誓う 三日月猫@剣聖メイド3巻12月25日発売 @mikatukineko
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