14歳ーリリエット警護任務編 第22話 作戦会議と再会


「―――果実水を二つ頼む」


 王都にある酒場。俺はカウンターに立ち、そう店主に声を掛ける。


 店主はコクリと頷くと、慣れた手つきで柑橘系の果実を処理し、ドリンクを作っていった。


 そして俺はカウンターの上に銅貨を二枚置き、店主から出されたコップを手に取って、片方を背後にいるルキナへと手渡した。


「ルキナ、受け取れ」


 ドリンクを受け取ったルキナは、何処か不安そうな表情を浮かべていた。


「なぁ、レイス。アタシたち酒場になんて来ていて良いのか?」


「まずは情報収集だ。現状、王宮に入る手立てはない。俺たち二人では、アルフォンスにも勝てないだろうからな」


 俺はそう言って、席を探すべく、酒場の中を歩いて行った。


 時刻は午後六時ということもあって、酒場には、仕事終わりの冒険者や傭兵たちがジョッキ片手に騒いでいる姿が多く見て取れる。


 こちらとしても喧騒は好都合だ。こちらの会話を聞かれる心配がないからな。


「アルフォンスに勝てないなら……アタシたち、どうやってみんなを助けるんだよ?」


 背後からついてくるルキナがそう声を掛けてくる。


 俺はそんな彼女に、言葉を返した。


「純粋な力だけで奴に勝負を挑めば、現状の戦力では敗北するのは必至。だが、勝利とは力だけで叶えるものではない。例えばアルフォンス、あの男は敵の命か民の命か天秤に掛けなければならない時が来たならば、迷いなく民の命を取るだろう。リリエットを人質に取った時、その甘さだけは変わってはいなかった」


「? 変わってはいなかった? 随分とあいつのことをよく知っている感じなんだな、レイスは?」


「そこは今は気にしなくても良い。問題は、奴は人質さえいれば止まる、ということだ」


 俺は手ごろな席を見つけて座る。すると向かいの席に、ルキナは腰掛けた。


「アルフォンスを抑えるのなら、人質が必要ってことか。元騎士家出身としては、そういう卑怯な手使うの嫌なんだけど……みんなを助けるためには仕方ない、か。で? 人質を使ってアルフォンスを止める策は理解したが、どうやって助ける気だよ?」


「今のところ、二つの策を思い付いている。一つは、公開処刑を見に来た群衆の前で、その群衆自体を人質に取る作戦だ。しかしこれには大規模な脅しの道具がいる。例えば……爆薬とかをな。現実的に考えれば、なかなかに達成難易度が高く、リスクが大きい策だ。確実に騎士たちを抑止できる一手ではあるのだけれどな。アグランテ家に効果があるかと言われると、微妙なところだ」


「アグランテ家は民を見捨てる可能性もあるから、か。だったら、もう一つの策は?」


「もう一つは―――」


 その時。俺たちの背後の席に、三人組が座った。


 俺はシーッと黙るようルキナにジェスチャーを向け、背後に耳を傾ける。


「くそ! ギルベルト様が捕まるなんて……!」


 バンと席に拳を叩きつける音が聞こえてくる。


 俺はギルベルトというその言葉に、肩越しに背後を振り返った。


 そこに居たのは―――見覚えのある顔だった。


(何……!? サイラス、だと……!?)


 サイラス。彼は、俺とハンナを森に苦し、騎士たちに捕まったはずの男だった。


 現在、彼は騎士の鎧を身に付けていなかった。


 以前見たときは精悍そうな顔付きをしていた若者だったというのに、今の彼は何処か痩せこけて見える。


 髭も伸び放題で、目の下には大きなクマもあった。


「この窮地……どう乗り越えるのか、お知恵を貸していただけるとありがたい。お二人方とも」


 そう彼が声を掛けた向かいの席に座るのは、フードを深く被った二人の人物。


 長い金髪を垂らした長身の女性と、背の低い髭の生えた男。


 その内の長い金髪の少女は、大きくため息を吐き、サイラスに向けて口を開いた。


「ギルベルト様が王家の者に捕まった現状を見るに、最早同盟関係は難しくなったと見て良いでしょう。わたくしどもはこれを機に妖精郷国エルフヘイムへと帰らせていただきます。近頃は我が国も王国による略奪の被害に遭っていますので。自国の防衛に努めなければ」


「!? お、お待ちください、ラスティナ様!」


「……ギルベルト様であれば反乱軍を率いる才があると思いましたが、彼がいないのであれば、同盟関係を続けるのは厳しい。率いる者が居なければ、異種族の反乱軍などすぐに瓦解するだけ。所詮、我らと人族ヒュームが分かり合えることなど、ないのですから」


 そう口にして、フードを被った長身の女性は席を立つと、カツカツと革靴を鳴らしてその場を去って行った。


 その姿を見て、サイラスは悔しそうに下唇を噛んだ。


「く、くそ……! せっかくギルベルト様が妖精郷国エルフヘイムに赴き同盟を結ばれたというのに……! 俺には何もできないというのか……!」


 そんな彼の呻き声に、もう一人のフードの人物はため息を吐いた。


「見限られるのも当然だと思うがのう。1年前まで反乱軍に大勢居た親ランベール王家派の騎士家の者は殆どが処刑され、最早残った反乱軍は数名だけ。現状、アグランテ家に対してできる手立てなど殆ど残ってはおらん」


「だとしても、このまま諦めては……殿下の無念が……っ!!」


「ワシは……正直、もう無理なのではないかと思うぞ。今後は拠点を他国へと移し、そこで王国の手から免れて生きるのが賢明じゃ。一応、鉱山国アイアンランドの者にも反乱軍のことは伝えておこう」


 そう口にして、もう一人のフードの男も席を立ち、その場を後にした。


 残されたサイラスは拳を握り、一人、悔しそうな様子を見せる。


「……おい、レイス。そんなに後ろを気にして……どうしたんだよ?」


 ルキナのその声に、俺は前を振り向く。


「いや、何でもない。とりあえず今日はこの酒場に併設されている宿に泊まるぞ」


「はぁ……本当に大丈夫なのかよ、このままで。あと二日しかないんだぞ?」


「焦りは禁物だ、ルキナ。これからはもうミスは一つも許されないのだからな」


 俺はそう言うと、席を立ち、宿を取るべくカウンターへと向かった。







 ―――深夜。


 サイラスは王都の路地裏を一人、とぼとぼと歩いていた。


「くそ……ギルベルト様……私はどうしたら……」


 悔しそうに眉間に皺を寄せるサイラス。


 そんな彼の前に―――仮面を被った一人の少年が姿を現した。


「ククク……随分とやつれた顔になったな、サイラスよ」


「!? 何奴!?」


 サイラスは鞘から剣を抜き、仮面の少年へと構える。


 仮面の少年はそんな彼の姿に恐れることはなく、悠然と前へと進んで行った。


「貴様に聞きたいことがある、サイラス。何故、貴様は……生きている? グレイス王子を逃がし、騎士に殺されたはずではなかったのか?」


「!? な、何故、そのことを……!? な、何者だ、お前は!!」


「聞いているのはこちらだ。返答次第によっては貴様はこの場で殺してやる。もし、我が身大事さにグレイス王子とメイドのハンナをガストンに売ったのだとすれば……その時は……」


「そんなわけがないだろう!! 私は、奴らに殿下を売ってなどいない!! 私はただ、ガストンに王子を捜索中の騎士だと勘違いされ、見逃されただけだ!! ……そう……王子の囮にもなることができなかったのだ……私は……っ!!」


 サイラスは地面に膝を付き、ボロボロと涙を溢す。


 その姿を見て、仮面の少年は……静かに息を飲むのであった。






      ◇  ◇  ◇  ◇  ◇






 目の前で地面に膝を付いて、俯き、涙を流すサイラス。


 その姿を見た俺は、彼が俺とハンナを裏切ったわけではないことを知る。


「もう……疲れた……ガストンに仕えるだけの騎士とった我が命など、最早意味もない……殺したければ殺すが良い、仮面の者よ……」


 俺はそんな彼に向けて、声を掛ける。


「貴様は未だにランベール王家に忠義を誓っているのだな、サイラス」


 俺はそう言って、彼の前で仮面を―――外した。


「であるならば、俺に従え。貴様の命は今日より俺のものだ。貴様の生き死には俺が決める。その命に俺が意味を与えよう、サイラスよ」


「……ぇ? で、殿、下……?」


「ギルベルトを救いたいのであろう? ならばこの俺に策がある。この手を取り、ついてこい」


 そう言って俺は彼に、手を差し伸べるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る