14歳ーリリエット警護任務編 第21話 故郷への帰還
「おい、レイス。迷いなく進んでいるが……本当にこっちで合っているのか?」
俺が草木をかき分けて森の中を進んでいると、ルキナが背後からそう声を掛けてきた。
俺は肩越しに振り返り、ルキナに声を返す。
「王都周辺にあるこの森は、一度、通ったことがあるんだ。だから何となく道は覚えている」
「それって、アンバーランドに来る時か? お前ってもしかして、王都出身?」
「そんなところだ」
森を進んでいくと、開けた場所に出る。
そこは……王宮から逃げた際に、俺とハンナがガストンに追い詰められた場所、そして……ハンナが魔物に喰われた場所だった。
俺は奥へと進み、木の傍にある、小石が積まれただけの簡素な墓の前に立つ。
俺は森を出て行く前に、ここに、獣に喰われたハンナの遺骨を埋葬した。
まさか、またここに戻って来ることになるとはな。
俺はハンナの墓を見下ろし、小声で声を掛けた。
「……俺はやるぞ、ハンナ。だからそこで見守っていてくれ」
「レイス……?」
「何でもない。行くぞ」
「あ、あぁ……」
俺は困惑するルキナそう声を掛け、墓を通り過ぎ、森の奥へと進んで行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おいー!! オイラたちを出せー!!」
王宮の地下牢獄。
そこには烏の爪の団員たち六名の姿があった。
鉄格子を握り、ガンガンと揺らすジェイクに、マリーゴールドは口を開く。
「ちょっと、ジェイク! 静かにしてよ! そんなことをしても出られるわけないでしょ!!」
「だって、オイラたち、何もしてないじゃないか!! ただお嬢様を護衛していただけなのに、何で……こんなことに……!」
眉間に皺を寄せ、泣きそうな顔を見せるジェイク。
そんな彼に、壁に背を付けて立っているルーカスは静かに声を掛ける。
「んなことは、アグランテ家もブランシェット伯爵も勿論知っているさ。嵌められたんだよ、俺たちはな」
「ど、どうして王族と伯爵が私たちを嵌めるのよ!? ただの傭兵団じゃない、私たち!」
「お前ら、頭お花畑かよ。良いか、俺たちが最初に倒した盗賊団の首魁エイリークは、アグランテ家と繋がってたんだ。アグランテ家は盗賊どもの麻薬販売や奴隷売買を許す代わりに、そのアガリをゴロツキどもから押収していた。不自然だとは思わなかったのか? 鳶の連中が何故アンバーランドであんなにでかい顔をしていられたのかをな」
「と、ということは……アグランテ家は、政府は、犯罪を容認しているってこと? 何よそれ……私たち、悪い人たちを倒しただけなのに! 何も悪いことしていないじゃない……!」
「アグランテ家を怒らした要因は、まだあるぜ。レイスの狙う仕事は、主にアグランテ家との繋がりのありそうな奴に限定した犯罪者狩りだった。そのことについては、オレと……そこの騎士出身の二人は、既に気が付いてたんだろ?」
ルーカスの言葉に、ガウェインとモニカはコクリと頷く。
その姿を見て、ルーカスはマントのポケットに手を突っ込んだ。
「気付いてねぇのは、ジェイク、マリーゴールド、アビゲイル、お前たちだけだ。いや……ルキナの馬鹿も気付いてはいなさそうだな。とにかく、レイスの奴は相当アグランテ家に恨みがあったんだろうよ。でなきゃ真っ向から喧嘩なんて売らねぇだろ? ……これで分かったか? 今の俺たちの立場を」
ルーカスのその言葉に、マリーゴールドは悔しそうに下唇を噛む。
「言いたくはないんだけど……これってレイスくんの……」
マリーゴールドの呟きをモニカは遮り、口を開いた。
「彼を責めるのはお門違いですよ、マリー。私たちは彼の導きが無ければスラムで窃盗をしていた孤児のままでした。彼のおかげで私たちは傭兵として成り上がり、金銭を得ることができたのです。レイス殿の指揮が無ければ、私たちは生きていくこともままなりませんでしたよ」
「そうだよね。ごめん、モニカ。私、レイスくんのせいにして楽になろうとしてた。私が選んで彼についていったんだもん。こうなった責任は、自分にあるよね」
沈痛そうな様子を見せるマリーゴールド。
そんな彼女の横顔を見つめた後。ガウェインは肩を竦め、皆に向けて声を掛ける。
「まっ、アグランテ家の奴らが腐っているのは百も承知だったが、まさかブランシェット伯爵までもがアグランテ家の言いなりになっていたのは正直驚いたな。流石にお嬢様の護衛任務でアグランテ家の罠が張られていたとは、誰も気付くことができなかっただろう。大将だけの責任じゃないと思うぜ」
「そうですね。しかし、リリエット様の様子を見るに、彼女はこの件に加担してはいない様子でした。リリエット様のご助力で、どうにかこの牢から出ることはできないでしょうか……?」
モニカのその疑問に、ガウェインは首を横に振る。
「モニカ、それは難しいと思うぞ。俺やお前、ルキナは、元々は反アグランテ家の騎士の出身。ガストンは反意を抱いた家の者を絶対に容赦しないだろう。間違いなく処刑される」
ガウェインのその言葉に、隅で三角座りをしていたアビゲイルは「ヒィ」と悲鳴を上げた。
「しょ……処刑……嫌です……私、死にたくないです……!」
「ア、アビゲイル、落ち着いて! ね!」
マリーゴールドはアビゲイルの傍に近寄り、彼女の背中を摩った。
その様子を見てモニカは小さくため息を吐くと、正面にある牢へと視線を向ける。
そこには鎖で両腕を縛られた……正座をして座っている一人の男の姿があった。
彼の様子を見てゴクリと唾を飲み込むと、モニカは口を開いた。
「あの……貴方はもしかして、元騎士団長の……ギルベルト・ライゼフ・ファルシオン様ではないですか?」
その問いに、男は目を開き、鋭い眼光をモニカへと向ける。
「いかにも。私はギルベルトだが……その顔、もしや、ユースディア家の娘か?」
「は、はい! その通りです!」
モニカの明るい返事に、ギルベルトはフッと鼻を鳴らす。
「ガイゼリオン様とグレイス殿下に忠誠を誓った家の者は、その殆どが皆殺しにされたと聞いたが……まだランベール王家に忠義を誓った騎士の血族が生きていたとはな。しかし、その血を引く者もどんどんと数を減らしている。私も反抗し続けた結果、このザマだ。王国最強の騎士と呼ばれた私も、どうやら歳には勝てなかったようだ」
そう口にして、ゴホッゴホッと咳をするギルベルト。
そんな彼の姿を見て、モニカは心配そうに声を掛けた。
「ギルベルト様は、やはり、アグランテ家とずっと戦ってきたのですね? グレイス殿下が陛下を殺すはずがないと……信じ続けてきたのですね?」
「当然だ。私はグレイス様のことを自分の孫のように、幼い頃からお傍でお見守りしてきた。お優しいあの御方が陛下を殺すわけがない。あり得ない。ファルシオン家は建国時から【剣聖】の名を戴き、長年ランベール王家を守護してきた御家。我が身は王国の剣である。ランベール王家を疑うことなどあるはずがない。―――それだというのに」
ギルベルトは「はぁ」と大きくため息を吐き、再度、口を開く。
「我が孫、アルフォンスめ。アグランテ家の騎士なんぞになりおって……殿下が生きていたら、さぞ、お悲しみになられたことだろう」
落胆した様子を見せたギルベルトに対して、モニカはゴクリと唾を飲み込み、口を開いた。
「ギルベルト様。もし……もしもですよ? グレイス殿下が生きておられたら……どういたしますか?」
「? いったい何を言っておる? ユースディアの娘?」
「もしもの……仮定の話です」
モニカのその言葉に、ギルベルトは訝しげに眉を顰めるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アンバーランドに侵入した時と同じように、行商人の馬車の影に隠れ、門を通り王都アルビオンへと入ることに成功する。
現在、俺とルキナはマントのフードを深く被り、顔を隠していた。
烏の爪の団員が着用しているマントが黒い色で助かったな。
目立つ色のマントをしていては、即座に騎士団全体に通達され、警戒の目が厳しくなっていたことだろう。
その点、黒いマントは旅人が多く着用しているものであり、こうして違和感なく民衆に紛れることができる。
だが、巡回の騎士の目に入らないよう極力、気を付けて動いた方が良さそうだな。
烏の爪の団員を助けるためにも、ここからは一つのミスも許されない。
「ルキナ、俺の傍から離れるな。それと――」
「分かってる。目立つ行動は避けろ、だろ?」
そう言って隣に立ち、フードの中からニコリと笑みを見せるルキナ。
俺は微笑を浮かべ頷くと、多くの人々が行き交う大通りを見据え、歩みを進めた。
ルキナも遅れずに背後からついてくる。
「――――聞きました、奥さん? 二日後、王都の中央広場でまた公開処刑をやるそうよ?」
その時。道端で会話をしている二人の婦人の会話が聞こえてきた。
俺はそちらに耳を傾けながら、歩幅を小さくし、群衆の中をゆっくりと歩いて行く。
「ええ、そうねぇ。本当、アグランテ家が国の主権を握ってからというものの、公開処刑が増えたわよねぇ」
「何でも、反アグランテ家の騎士家の嫡子が所属している反政府組織と、元騎士団長ギルベルト様が処刑されるそうよ?」
俺はその言葉に、思わず足を止めてしまう。
突如足を止めた俺の背中に、ルキナが「うわっ」と言って額をぶつけてきた。
「いきなりどうしたんだよ?」と声を掛けてくるルキナを無視して、俺は婦人たちの会話に再び耳を傾ける。
「え? ギルベルト様は王宮を追放された後、アグランテ家を倒すために各地で反乱軍を募っていたって聞いたけれど?」
「やっぱり、難しかったんじゃない? これで完全に先代ランベール王家の勢力も終わりを迎えるわね。これからこの王国もどうなっていくのかしら……」
ギルベルトが……烏の爪の団員たちと一緒に捕まっている、だと……?
俺とアルフォンスの剣の稽古を付けてくれていた、四聖剣を束ねる元騎士団長であり、王家の懐刀。王国最強の騎士、ギルベルト・ライゼフ・ファルシオン。
俺が四年前に地下牢獄に入れられたのと同時に、王宮から追放されたと聞いていたが……捕まっていたのか?
俺が動揺していると、婦人たちの前に、巡回の騎士が現れた。
「おい、お前ら! 今、アグランテ家への不満を口にしていたのか!? 死罪になるぞ!?」
「あ、も、申し訳ございませんでした!」
そう謝罪して、婦人たちはその場を後にした。
俺も不審がられないように、ルキナと共に道を進んでいく。
「レイス。いきなり立ち止まって、どうしたんだよ?」
「二日後、中央広場で烏の爪の団員たちが処刑されると耳にした」
「え……? ふ、二日後!? 早すぎじゃないか!? ど、どうするんだよ、レイス!? このままだとみんなが……」
「どうにかするさ。俺はもう、奪われるだけの弱者じゃない。団員たちは全員、この手で絶対に救い出してみせる」
俺はそう言って力強い足取りで道を歩いて行く。
ルキナは一度立ち止まると、そんな俺の後ろ姿を見て、クスリと笑みを溢した。
「すっかり元通りになったな。それでこそお前だよ、レイス」
「? ルキナ?」
「何でもない。さっ、今度はどんな策を見せてくれるんだ? 期待しているぜ、リーダー」
そう言ってルキナは俺の元まで駆け寄ってくると、ポンと、肩を叩いてくるのだった。
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