14歳ーリリエット警護任務編 第20話 レイスの剣


 野営地。そこでは騎士たちによって縄で縛られた烏の爪の一団が、一か所に集められ、座っていた。


 そんな彼らの前に、警護の騎士たちの間を割って、アルフォンスが姿を現す。


「まさか君たちが『烏の爪』に所属しているとは思わなかったよ、ガウェイン、モニカ」


 そう言ってアルフォンスは、ガウェインとモニカに声を掛けた。


 するとガウェインはハッと鼻を鳴らし、笑みを浮かべ、開口する。


「誰かと思ったら泣き虫アルフォンスじゃないか。あの頃は王子のケツにひっついてただけの腰巾着だったってのに、随分と出世したようだな」


「四年だ。僕も変わるさ」


「悪い方向に、だろ? 聞いた話じゃガストンの騎士になったそうじゃないか。あんなに慕っていたグレイス殿下を裏切っておいて、よくそんな堂々としていられるぜ」


 ガウェインの言葉に同調するように、モニカも頷いた。


「ガウェインの言う通りです。私の家とガウェインの家、ルキナの家は、騎士王ガイゼリオン様とグレイス殿下に忠誠を誓い、最後までアグランテ家と戦いました。結果父上たちは処刑され、私たちは孤児の身となりましたが……私は、亡き父上たちの行動を誇りに思っています。悔いなどありません。ですが、殿下の一番の親友だった貴方がアグランテ家側に付いたことだけは、どうしても許せないです……!!」


 モニカのその言葉に、アルフォンスの隣に立っていた金髪の少女は、不愉快そうに眉間に皺を寄せる。


 そして彼女はモニカへと近付くと、モニカの頬をパシンと平手打ちした。


「黙りなさい、モニカ!! アルフォンス隊長がどんな思いで親衛隊騎士をやっているのか分かっているのですか!!」


 フゥーフゥーと鼻息を荒くして、瞳の端に涙を浮かべる少女騎士。


 そんな彼女を、モニカは頬を赤く腫らしながら、睨み付けた。


「分かりませんね。ユースディア家で唯一、アグランテ家に早々に降伏の意を示した、裏切者のサリアお姉さまの気持ちも、殿下を裏切ったアルフォンス殿も気持ちも。分かるわけがない。分かりたくもない」


「モニカっっ!! 私は何度も父上と貴方に言いましたよね!! まずは生きることが重要だと!! それなのに、父上と貴方は―――」


「サリア、久しぶりに妹と再会した君の気持ちは分かるが、少し落ち着け」


「……申し訳ございませんでした、アルフォンス様」


 サリアは頭を下げると、アルフォンスの背後へと戻る。


 アルフォンスは小さくため息を吐くと、再びガウェインとモニカに顔を向けた。


「確かに君たちから見たら僕は裏切者にしか見えないのだろう。だけど僕も、アグランテ家の好きにさせようとは思っていない。僕は、グレイス君の意志を継ぐに相応しい、次代の騎士王候補を既に見つけている。そしていずれその方を王にしようと考えている」


「次代の騎士王候補、だと?」


「そうだ、ガウェイン。僕は一応アグランテ家親衛隊の一部隊を任せられているが、その隊に所属しているのは、僕と志を同じにしている者たちだ。ここにいる皆は親衛隊の名を名乗ってるだけで、実は―――アリア様の騎士なんだ」


 ガウェインとモニカはその言葉に目を丸くさせる。


 マリーゴールドとジェイク、アビゲイルは話についていけていないのか首を傾げていた。


 しかしルーカスだけは話を理解しており、彼はアルフォンスに疑問の声を投げた。


「アリアってのは……もしかしてグレイス王子の妹、か?」


「その通りだ。僕たちはアグランテ家に気付かれないように、密かにアリア様を次代の王に推している者たちなんだ。彼女なら、グレイス君の思いを遂げるのに相応しい存在だと、僕たちは踏んでいるからね」


 アルフォンスのその言葉に、馬車から飛び降りたリリエットが、大きく口を開いた。


「アルフォンス。貴方それ、アリアからちゃんと理解を得ているの? あの子、王様をやれるようなたまじゃないでしょ?」


「お、お嬢様! 勝手に馬車から出ては……」


「黙っていなさい、エリーゼ。あたしは……アルフォンスに怒っているのよ!」


 そう言ってリリエットはスカートの端を両手で掴んでズンズンと歩いて行くと……アルフォンスの前に立ち、彼の顔に指を突き付けた。


「あたし、さっき言ったわよね。烏の爪の人たちはあたしを護送するためにお父様が雇っただけのただの傭兵団だって。あたしは彼らに誘拐なんてされていないわ。あんた、ガストンかお父様に騙されているのよ」


「だが……烏の爪の首魁、レイスは実際に君を人質にしてみせたじゃないか。彼は本気で僕と君に殺意を向けていた。そしてここにいる烏の爪の団員には、反アグランテ家出身のガウェインとモニカがいる。レイスを連れて逃げたのも、ガイゼリオン親衛隊隊長の娘、ルキナだ。この一団には、王国に反旗を翻す要因が多く残っている」


「あーもう、話を聞かない奴ね!! あの状況じゃ彼もああするしかなかったんでしょう!? あたしは人質になんてされてないわ!! なんべん言えば分かるのよ、この馬鹿アルフォンスは!!」


 リリエットの様子を見て、モニカは驚きの声を上げる。


「な、なんというか……リリエットさんって想像以上に……元気な人、だったんですね?」


 その言葉にビクリと肩を震わせると、リリエットはコホンと咳払いをした。


「……とにかく。アルフォンス隊長。彼ら『烏の爪』の拘束を解いてください」


「それはできない。君の話が本当だったとしても、まずは彼らを王国へと連行する」


「こんの、泣き虫アルフォンスが……! 今すぐ殴ってやろうかしら――じゃなかった。こ、こほん。じゃあ、話を戻すわ。貴方、アリアを王にするというのは、本気なの?」


「本気だ」


「それをアリアは、ちゃんと理解しているの?」


「していない。今のところ僕が彼女を勝手に王候補にしているだけだ。だけど必ず、彼女には同意を得るつもりでいる」


「あんた……それ、本気なの? それってつまり、アリアをアグランテ家と戦わせるということよ? 権力闘争の道具に使うってこと、ちゃんと理解している?」


「だったら君に―――これ以外の方法でグレイス君の夢を叶えるやり方があるっていうのか!!!!」


 怒鳴り声を上げるアルフォンス。


 そんな初めて見る彼の様子に、リリエットは目を見開いて動揺する。


 アルフォンスは眉間に皺を寄せ、続けて口を開いた。


「君はグレイス君が亡くなったと聞いて今まで何をしていた!? ガストンとの婚約を解消し、ただ、家に引きこもっていただけだろう!? 僕は彼が亡くなってから、悲しむ余裕も無くなるくらいに、ずっと考えていたんだ!! 彼との夢の果たし方を!!」


「夢の……果たし方……?」


「そうだ。僕が……僕だけが、グレイス君と共に夢を追いかけることを許された。あの日、カトレア様が眠る、あの丘の上で。僕たちは誓い合った。この世界を救ってみせると」


「それって……あたしとグレイスの婚約が発表される前の……あの時の……」


「僕はきっと彼に託されたんだ。だったら……どんな手を使ってでも、この国を変えてみせなければならない。グレイス君が見たがっていた世界を、彼の親友である僕が創ってみせる。それが僕の責務だ」


「ま、待って、アルフォンス。グレイスは多分、生きていると思うわ。あたし、さっきのレイスって人、もしかしてグレイスなんじゃないかって―――」


「何を馬鹿なことを言っているんだ? 彼は死んだ。あのレイスという男がグレイス君なわけがないだろ。グレイス君が僕と君に、殺意を向けるはずがない。ふざけたことを言うな、リリエット。流石の僕でもその言葉は許すことができない」


 そう言ってアルフォンスはその場を離れると、部下の騎士たちに『烏の爪』の団員たちを馬車に乗せるように命令を出す。


 リリエットはアルフォンスに何か叫びながら、エリーゼによってもう一台の馬車へと連れていかれた。


 その光景を見て、モニカは静かに思考する。


「……レイス殿とグレイス殿下……やはり……」






      ◇  ◇  ◇  ◇  ◇





「―――――ここは……どこだ……?」


 目が覚めると、そこは、洞窟の中だった。

 

 横たわっている俺の上には獣の毛皮が被せられており、傍には焚火があった。


 その光景をぼんやりと見つめていると、洞窟の入り口から声が聞こえてきた。


「レイス! 目が覚めたのか!」


 そこにいたのは、木の枝を両手いっぱいに持っていたルキナだった。


 彼女は木の枝を地面に落とすと、傍へと近寄り、俺の額に手を当ててくる。


「熱は……まだ熱いけど、さっきよりは下がったな。まったく、一時はどうなるかと思って心配したんだぞ」


「ルキナ。俺はあれからいったい、どれくらい眠っていたんだ?」


 俺は上体を起こし、ルキナにそう声を掛ける。


 するとルキナはふぅと短く息を吐き、口を開いた。


「騎士どもから逃げて丸一日だ。アタシは意識を失ったお前を、この洞窟の中でずっと看病していたんだ。熱も出るし、苦しそうに呻き声を上げるしで……大変だったんだぞ? 感謝しろよ」


「そうだったのか。ありがとう、ルキナ。あのままでは俺はアルフォンスに敗北し、騎士たちに捕らえられていただろう。そうなったら……俺の秘密が白日の元に晒され、野望はそこで潰えていた。お前には感謝しかない」


「……ふ、ふん。まぁ、普段完璧なお前に借りを作ってやったのは悪くない気分だぜ。で、これからどうする、リーダー? 烏の爪の仲間たちを助けに行くか? 多分みんな、騎士どもの手によって捕まったと見て良いよな?」


「あぁ、恐らく皆、騎士に捕まったと推測して良いだろう。さっそく助けに行きたいところではあるが、あのアルフォンスが相手では……」


「なんだよ? アタシとレイス二人で挑めば楽勝だろ? エイリークの時だってそうだったじゃねぇか?」


「確かにお前と俺であれば、奴の背後にいた雑兵の騎士五人などわけはない。だが、アルフォンスは……あれはレベルが違う。俺は奴の放った一撃だけで意識を失いかけ、一日眠りに就かなければならないほどのダメージを負った。ルキナ、お前は強いが、アルフォンスには勝てない。断言しよう」


「それほどまでに……アルフォンスは化け物だっていうのか?」


 俺はその言葉に頷いて同意を示す。


「あぁ。烏の爪の団員を奪われた今の状況では、俺とお前だけでアルフォンスに挑んでも返り討ちに逢うだけだ。正直、皆を救うための一手が、俺には思い付かない……」


 そう口にして、俺はギリッと歯を噛み締める。


 ルキナのことだから、てっきり情けないことを言った俺の姿に怒るのかと思ったが……彼女は想像よりも冷静だった。


「そうか。だったらさ、一緒に勝つ方法を考えようぜ、レイス」


「え……?」


「アタシさ、最初はお前のこと大嫌いだった。いきなりスラムに来てアタシと決闘して? 突然リーダーになって? 盗賊団を倒した後、みんなお前をすごい奴だって認めてさ。今までリーダーやってたアタシからしてみれば、本当面白くなかったよ」


 そう言った後。ルキナはしゃがみ込み、俺に顔を近づけると、ニコリと笑みを浮かべた。


「でも、お前はこの一か月、みんなを導いてここまでやって来た。アタシはこの一か月で、お前が誰よりも仲間を大事にしているのを知ることができた。伯爵の前では烏の爪の団員は友人ではないとか、モニカにはただ利用しているだけだとか、そんなことを言っていたけれど……本心は誰よりも近しい者を失うことに恐怖を覚えている。だから常に仲間を失わないように、リスクの低い策略を練っている。そうなんだろ? レイス」


「……」


「お前はさ、今まで一人で頑張りすぎてきたんだよ。ちょっとはさ、アタシにもその荷物、背負わせろよ。アタシはお前の剣、なんだからさ」


「…………ルキナ……」


 俺は思わず俯いてしまう。


 父上の死、そしてハンナの死から今までため込んでいたドロドロした感情が、涙と共に流れ落ちて行った。

 

 そうか。俺は一人じゃないのか。仲間が……いるのか……。


 そんな静かに涙を流す俺を、ルキナは、優しく抱きしめるのだった。





      ◇  ◇  ◇  ◇  ◇





 王都アルビオン ランベール王宮。

 

 玉座に座るガストンは、目の前で膝を付くアルフォンスに怒りの声を上げた。


「何!? 『烏の爪』の首魁を逃しただと!? この役立たずめ!!」


 酒の入った杯をぶつけられるアルフォンス。


 しかしアルフォンスは変わらない表情で、ガストンに向けて口を開いた。


「ガストン様。リリエット様は、『烏の爪』はただブランシェット伯爵に雇われただけの傭兵と申しておりました。かの一団は本当にリリエット様を誘拐し、王家に仇を成す者たちなのでしょうか?」


「黙れ、アルフォンス! 戴冠式を迎えてはいないが、余は次期ランベール王国の王であるぞ!! 騎士王ガストンを疑う気か、貴様!!」


「滅相もございません」


「だったら余計なことなど考えずに、お前は余の命令に素直に従っていろ!!」


そう叫ぶと、ガストンは玉座に座り直し、頬に手を突いた。


「烏の爪の連中は、オレが撒いた金のなる種を悉く潰しにかかってきておるのだ。今はアンバーランド周辺だけだが、その内他の領地でも同じようなことをしでかす可能性がある。正義気取りの偽善者どもめが。腹立たしくて仕方がないわい!」


 そう言って大きくため息を吐いた後。


 ガストンは再びアルフォンスに顔を向け、口を開いた。


「アルフォンス! 貴様に烏の爪の公開処刑を任せる!! それと……こいつも一緒にな!! 連れて来い!!」


 ガストンがそう命令を下すと、アルフォンスの背後にあった扉が開き、そこから―――――騎士に連れて来られた、鎖で拘束された一人の男が姿を現した。

 

 その男の姿を見て、アルフォンスは目を見開き、驚きの声を上げる。


「おじい……さま……?」


 玉座の間に連れて来られたのは、なんと、ボロボロの姿になったギルベルトだった。


 その光景を見て、ガストンは玉座から立ち上がり、声を張り上げる。


「アルフォンス、今こそ余に忠誠を見せる時だ! 祖父ギルベルトと、旧友であるガウェイン、モニカを、その手で持って民衆の前で処刑してみせよ!! その忠誠を見せた暁には……貴様が欲していた、四聖剣の座を与えてやっても構わない!!」


「――――――……!!」


 アルフォンスはガストンに見られないように俯きながら悔しそうに歯を噛み締めると、ギュッと、拳に力を入れるのだった。






      ◇  ◇  ◇  ◇  ◇





「行くぞ、ルキナ」


 俺は洞窟の外へと出て、遠くに見える王都の姿を睨み付ける。


 あそこに戻るのは久しぶりだな。


 父上、ハンナ……。


「見守っていてください」


 そう口にして、俺はギュッと拳を握る。


 もう、迷いはない。ルキナのおかげで心は晴れた。


 俺は烏の爪を救い出す。どんな手を使ってでも……!!


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

第20話を読んでくださって、ありがとうございました。

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