14歳ーリリエット警護任務編 第19話 元親友との邂逅


「ブランシェット伯爵から話は聞いている! リリエット様を誘拐した『烏の爪』の長よ!! 尋常に縄につくが良い!!」


 そう言って、白銀の鎧甲冑を着たアルフォンスは、俺に剣を構えた。


 俺はその光景を見て……思わず笑い声を上げてしまう。


「フ……フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!! なるほど、また・・俺を裏切ったということか、リリエット……!! 実にくだらない三文芝居だった。ブランシェット伯爵と共謀し、この俺を罠に嵌めたということだな?」


「わ、罠? 私にはいったい何がなんだか……!」


「考えられるケースとして一番可能性が高いのは、領内で裏稼業を次々と潰していく我ら『烏の爪』を邪魔に思ったガストンが、ブランシェット伯爵と共謀し、俺たちを消すために動いたという線か。ククク。誰を相手にしているかも知らず、浅はかな真似をする男だ」


 俺はそう口にした後、リリエットの手を引っ張り、彼女を前に立たせると……リリエットの首元に剣を当てた。


 するとアルフォンスが眉間に皺を寄せ、こちらを睨み付けてくる。


「リリエット様を離せ。今大人しく彼女を開放するのなら、君を傷付けたりはしない」


「ククククク。アルフォンス・ベルク・ファルシオン。いつも泣いてばかりだった貴様が、随分と勇ましくなったものだな。友を裏切って簒奪者に忠誠を誓う騎士となった気分はどうだ? よくものうのうと生きていられる」


「……? 君はいったい何を言っている? 君と僕は初対面のはずだ」


「そうだな。私とお前は初対面だ。だが、私はお前がどういう人間なのかを知っている。お前は王子グレイスを裏切り、ガストンへと寝返った裏切りの騎士。薄汚い反逆の徒め。今すぐリリエット共々殺してやりたいところだ」


「もしかして君は、先代騎士王家に忠誠を誓ったガイゼリオン派の騎士、なのか? ガイゼリオン派の嫡子はスラムに捨てられ皆孤児になったと聞いたが……」


「さて、な。ただ私は貴様に憎悪を抱く者、ということには間違いない」


 俺はリリエットの首に当てた剣を強く押し当てる。すると、彼女の首に浅い斬り傷ができ、そこから血液が滴った。


「貴様……!!」


「クク、この女がそんなに大事か? 予定とは些か異なるが……ここで貴様の首を刎ねてやるのもまた一興だな」


 俺はリリエットの背中を押して地面へと倒し、剣をまっすぐとアルフォンスに向ける。


「私と決闘をしないか、アルフォンス。私が勝利すれば君を人質にする。そして、後ろの部下たちには君の身柄と引き換えに私の安全を保障していただこう。君が勝てばリリエットを開放し、私の身柄を差しだす。どうかね? 今考えられる最善の策だと私は思うが?」


「ま、待ってください、レイスさん! アルフォンス、あたしの話を聞いて! 彼はあたしの護衛をしていたただの傭兵で……お父様からも雇われていたのよ!? 誘拐というのは、何かの間違いだわ!」


「雇われていた、傭兵……? リリエット、いったい何を言って―――」


「黙っていろ、リリエット・フォン・ブランシェット。次余計なことを口にすれば、貴様の手足のいずれかを即座に斬り飛ばしてやろう」


 俺はそう言って背後にいるリリエットを睨み付ける。

 

 そして俺は、アルフォンスへと視線を戻した。


「さて、どうする、アルフォンス。私と決闘をしないか?」


「隊長! 敵の甘言に乗ってはいけません! 今すぐ全員であの仮面の男を叩いて、リリエット様を助け出しましょう!」


 アルフォンスにそう声を掛ける、少女騎士。


 アルフォンスは数秒程思考すると、再び口を開いた。


「いいだろう。僕が勝てば、リリエットを開放してくれるのだな?」


「あぁ、勿論だ」


 クク。お前がこの決闘に乗るということは、読めていたぞ、アルフォンス。


 お前の思考は、誰よりも理解している。


「隊長!」


 声を張り上げる部下を無視して、アルフォンスは俺の前に立つ。


 俺は剣でヒュンと風を切ってみせると、仮面の奥でニヤリと笑みを浮かべた。


「懐かしいな。こうして貴様と向かい合うのは」


「僕のことを知っているのか? 騎士の一族の出なのかな、君は?」


「一応、騎士の礼儀として名を名乗らせてもらおう。我が名は『烏の爪』団長、レイスだ」


「僕の名前はアルフォンス・ベルク・ファルシオン。先代騎士団長ギルベルトの孫にして、ガストン親衛隊の一人だ」


「クク。ガストン親衛隊、か」


 俺はそう口にすると、地面を蹴り上げ、アルフォンスへと斬り掛かった。


 アルフォンスはその斬撃を剣で防ぐと、交差した剣の向こうで、こちらを睨み付けてくる。


 俺はそんな彼に笑みを浮かべ、剣を弾くと、再度剣を振り、口を開いた。


「アルフォンス。君はアグランテ家の思想に心から共感を覚えているのか? かの一族は犯罪者に手を貸し、スラムに薬物をバラ撒き、自分に異を唱える者がいたら子供がいようが即死刑。王国で親の居ない孤児を増やし続けている悪鬼外道の類だ。奴らは自分の益のためならば弱者を平気で斬り捨てる。お前はそんなやり方で苦しみを強いられる民が可哀想だとは思わないのか?」


 俺はそう声を掛けながら、連続して剣を振っていく。


 それをアルフォンスは剣に当て、防衛しながら、俺に向けて声を返していった。


「だったら君はこの国をどう変えたいんだ? まさかガストンを……アグランテ家を滅ぼせば、この国が平和になるとでも言いたいのか?」 


「奴らは国の癌だ。あの簒奪者どもが消えれば、間違いなくこの国は平和になるだろう。結果、国力は低下しても、そこは次代の王の手腕に頼れば良い」


「君は……この国の王にでもなるつもりなのか?」


「相応しくない者が就くのならば……代わりにこの私が国を導いていくのもやぶさかではない」


「――――――傲慢だな。烏の王、レイス」


 その時。アルフォンスは剣を弾き、俺に向かって膝蹴りを放ってきた。


 俺はそれを後方に下がり回避してみせるが……次の瞬間、大振りの剣が放たれた。


 俺はそれを剣を盾にして防ごうとするが、想像よりも、アルフォンスの剣は重かった。


「な―――――――――――ッ!!」


 俺は吹き飛ばされ、奥にある大木に激突してしまう。


 その瞬間、カハッと血を吐き出し、俺はその場に横たわった。


(なんだ、今の一撃は……!! アルフォンスの奴め、想像していたよりも力を付けている……!! 奴は最早、王宮で剣を打ちあっていた、あの頃の泣き虫ではない……!!)


 俺は剣を杖代わりにして、膝立ちで、何とか起き上がる。


 するとアルフォンスはこちらに、冷たい視線を送ってきた。


「僕は確かに今はガストン様の剣だ。だけど、勿論、このままではいけないと思っている。僕は……グレイスくんの意志を継ぐ者を次の王にするつもりだ。断じて、暴力を良しとしている、君ではない」


「貴様ぁ!! アルフォンス……ッッ!!」


 その時。俺の仮面の下半分が割れ、地面へと落ちて行った。


 目元だけを仮面で隠している状態の俺を見て、リリエットは目を見開く。


「え……?」


 その瞬間、リリエットは身体を震わせ、再度、開口した。


「ち、違う……そんなはずはないわ……でも……この違和感は……」


「? どうしたんだ、リリエット?」


「わ、分からないわ……でも……でも……っ!!」


 何故か怯えるリリエット。


 その様子にアルフォンスが首を傾げた、その時。


 アルフォンスの背後から、声が聞こえてきた。


「レイス!!」


 そこに居たのは―――馬に乗ったルキナだった。


 ルキナは俺の姿を見ると、五人の騎士たちを蹴散らし、こちらに猛スピードで走って来る。


「レイスに何してんだ、てめぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」


「くっ!?」


 馬上から振られたルキナの剣をアルフォンスは剣を横にして防ぐが、よろめいてしまう。


 その後、ルキナは俺の傍まで近寄ると―――手を伸ばした。


「掴まれ!」


 俺はその言葉に頷き、ルキナの手を掴んで馬の上へと飛び乗った。


 その後、背中からリリエットの叫び声が聞こえてくる。


「待って!! 貴方は……貴方は……っ!!」


 リリエットから遠ざかることにより、その声も次第に聞こえなくなっていく。


 俺は意識を朦朧とさせながら、ルキナに声を掛けた。


「どうしてお前が、ここに……?」


「レイスとお嬢様が草原に行くのを、こっそりとついて行ったんだ。そしたら、騎士が現れたから……急いで馬車の馬を奪って、ここまで戻って来た」


「何故、俺を助けに来た、ルキナ。仲間と共に逃げれば良かっただろう?」


「馬鹿野郎! もうお前も……アタシの仲間だろっ! アタシは、あんたの剣、なんだからさっ!!」


 俺はその言葉に、ニコリと、笑みを浮かべしまう。


「あぁ、そうだな。そうだったな」

 

 意識を手放す間際。俺は、自問する。


 何故俺は、リリエットの前だと、自分の意志が揺らぐのか。


 俺は当初、リリエットの前では仮面を被り、自分の感情を出さないように決めていた。


 だけどいざリリエットを前にすると、俺は、彼女に殺意を向けてしまった。


 それなのに、矢が飛んできたあの瞬間。俺は彼女を身を挺して庇ってしまった。


 矛盾する感情。俺はあいつを……どうしたいんだ?


 殺したいのか、守りたいのか。


 あの女は俺を裏切った、ガストンの女だ。敵のはずだ。


 でも、何かが引っかかる。


 リリエットとの会話を思い返すと、何か、違和感を覚えてしまう。


「あのさ、レイス。お前、あのお嬢様のこと……」


 ルキナが何か口に仕掛けた時。俺の意識は、そこで途切れていった。

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