第16話


統合失調症妻の事件簿 第十六話 〜事件の解決〜

僕は恐る恐る家の中を進んでいった。薄暗い部屋の中で、微かに聞こえる声に耳を澄ませる。あの声は確かに助けを求めるものだった。どこから聞こえてくるのかを確かめるために、足音を忍ばせてその方向へと向かう。


「誰か…いるのか?」僕は声をかけながら、慎重に進んだ。


部屋の奥にある小さな物置のようなスペースから、またその声が聞こえた。「助けて…お願い…」


その声がかすかな震えを帯びているのがわかり、僕の胸が締めつけられた。僕はその物置の扉をそっと開けた。


そこには、一人の男性が座り込んでいた。服は汚れ、顔は青白く、疲れきっている様子だった。その目は不安と恐怖でいっぱいだったが、僕に気づくと、驚いたように振り向いた。


「だ、誰だ…?」彼はかすれた声で言った。


「僕の名前は大輝。君、どうしてこんなところに…?」僕は優しく話しかけた。


その男性は、少し戸惑いながらも口を開いた。「俺…実は、この家を数ヶ月前から住みついていたんだ…でも、最初は隠れるためだったんだ。仕事もなくて、居場所がなかったから、ここで…。」


「それで、どうしてこんなことに?」僕はさらに聞いた。


「俺、火事を起こしたんだ…あの家の中で…」彼は目を伏せた。「でも、最初は本当に事故だったんだ。電気系統が壊れていて、それが原因で火が出て…でも、その後、怖くて誰にも言えなくて。」


その言葉を聞いて、僕は少し冷静になった。やはり、あの火事は偶然ではなく、彼が原因だったようだ。しかし、その後の彼の行動が問題だった。隠れていたことが、さらに事態を複雑にしてしまっていた。


「でも、君が隠れていたことで、他の人々にも危険を及ぼしたんだ。火事だけじゃなく、近くの人たちに迷惑をかけてしまった。」僕は厳しく言ったが、声のトーンには怒りを込めず、ただ事実として伝えた。


「分かってる…俺、怖くて…何もできなかったんだ…。」彼は涙をこぼしながら、震える手で顔を覆った。


その時、玲奈の声が後ろから聞こえてきた。「大輝さん、大丈夫?」


僕は振り返り、玲奈が玄関で立っているのを見つけた。彼女は心配そうに、でも勇気を出して歩み寄ってきた。


「玲奈…君も来たのか。」僕は驚きつつも、彼女がここまで来る勇気を持っていたことに少し驚きと感謝を感じていた。


「誰かが助けを求めているなら、私も行かなきゃって思って…。」玲奈はそっと僕に寄り添い、そして、物置にいる男性を見た。「あなた、大丈夫?」


男性は顔を上げ、玲奈を見て少し驚いた様子だったが、彼女の優しさに触れると、涙を流しながら深くうなずいた。「ごめん…本当に…」


僕はその場の雰囲気を見て、これ以上は無理に問い詰めることはせず、彼の話を受け入れようと決めた。


警察の到着と解決

その後、警察が到着し、男性はすぐに事情を聞かれることになった。火事を起こしたことは間違いなく、管理不行き届きな家に住み着いていたことも判明した。しかし、彼はこれ以上の罪を犯していないと判断され、治療を受けることになった。


「僕たちができることは、彼を助けることだ。」僕は玲奈に静かに言った。


「うん…怖かったけど、でも、少しだけほっとした。」玲奈は僕の肩に顔を寄せて、深いため息をついた。


その日、警察は男性を病院に送り、彼が精神的に落ち着くまでケアをすることになった。玲奈と僕は、少しほっとした気持ちを抱えながら家へと帰った。


日常へと戻る

数週間後、男性は治療を受け、少しずつ元気を取り戻し、住む場所も確保された。火事の件については、彼が責任を取る形で解決し、周囲に対して謝罪も行われた。僕と玲奈は、普段通りの生活を取り戻したものの、この事件が僕たちにとって一つの大きな教訓となった。


「毎日が、当たり前じゃないんだね。」玲奈が静かに言った。


「そうだね。だからこそ、僕たちはお互いを大切にしなきゃいけない。」僕は微笑みながら、玲奈を見つめた。


この事件を通じて、僕たちの絆は深まった。何が起きても、共に歩んでいけるという信頼が生まれたのだった。


そして、再び静かな日常が戻り、僕たちの日々は少しずつ穏やかに、そして大切に過ぎていった。


おわり

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統合失調症妻の事件簿 高見もや @takashiba335

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