5 砂嵐作戦

 佐藤明理さとうあかりはCEOとして、ELF社の今期営業目標達成に向け着実に邁進する。

 社の目標は、アルグ大陸に進出した全ての現世勢力の殲滅、及び支配地域の奪還。

 砂嵐作戦の完遂コンプリート


 経営者を殺害もしくは人質を取る事でM&Aを進め、国内工場を手に入れた佐藤明理は、かねてより日本人労働者を使ってミサイル・ドローンを始めとする兵器の大量生産を行って来たのはこのためだった。


 明理は考える。

 日本人、労働者としてこの上なく優秀な連中だ。

 日本に居ながらして、彼等を有効活用しない手はない。


 金は、力だ。

 差し当たりELFの子会社、ELFインダストリでは労働者求人の給与設定を、トミタ自動車の倍にした。

 光に集まる虫の様に飛び付いて来た、誰も彼も目の色を変えて働いている。

 生産目標が達成できない労働者は、職業訓練センターで"再教育"した。


 更にELF本社、巨大貨物エレベータ併設の地下15階の作戦倉庫にて、自社管理するポータルを統一戦線の地下軍事基地へ接続、補給ラインを完成させた。


 これは先日、現地アメリカ軍達に捨て駒のアジトとは訳が違う。

 ELF社がわざわざ現地に技術者を派遣して設計・建設したもの。

 アメリカ軍が仮に戦術核やバンカー・バスターを叩き込んだ所でびくともしない。


 日本国内、ELF社の浸食が進む。

 政権与党、自民党総裁、議論している。

 目先に迫る脅威に対し、積み上がった問題に対し、議論を続ける。

 明理の息が掛かった自民党議員はもはや両手では数えられない。


 野党、佐藤明理の支持政党「日本エルフの声」

 国会を妨害、対異世界政策について、与党の足を引っ張り続ける。

 マスコミ、ELF社の企業犯罪を決して報道しない、代わりに著名人の下半身事情を公共の電波で報道する。

 ジャーナリスト、ELF社を嗅ぎ回る鼠野郎は拷問して殺した。

 明理が手を下す必要すらない、マキアヴェーア率いる統一戦線という荒事専門の"部署"がある。


 政治官僚、警察官僚、非合法な手段で黙らせた。

 誰だって家に帰ったら、家族の写真がびっしりと貼ってあれば驚く。

「仕事と家族、どっちが大事?」家族の血文字でそう書いた。


 公安警察、ゴキブリの様に這いずり回っているが、ELF社に直接手出しできない。

 日本共産党や、日本赤軍や中核派を野放しにしているのと同じ原理。


 自衛隊を前身とした日本国防軍、シビリアン・コントロール下にある軍隊は、政治家を買収すれば動けない。

 それは東京都知事であり、国防軍最高司令官である総理大臣もそうだ。


 まして、ELF社は日本人が経営する日本企業──日本の法律上そうなっている。

 時価総額はアメリカのトップ企業に並ぶほど。

 トミタ自動車の倍の給料を払っているのは、それだけの体力があってのもの。

 つまり、下手な国より稼いでいる会社という事になる。


 ELF社にカチ込んで来た半グレ共、半殺しにして首輪爆弾を付けて人間ドローンに改造し、ケツ持ちのヤクザ事務所諸共爆破した。

 余った"弾"は職業訓練センターで"再教育"した。

 ELF社のために働けることが人間にとって至上の「報酬」であり「幸福」なのだ。

 佐藤明理には、人間と虫けらの区別がつかない。


 ELF社にカチ込んで来た傭兵共、全員捕らえ、半殺しにして職業訓練センター送りにした。

 脳に電極を刺して全身の神経を焼いてやれば、どんな屈強な兵士でも奴隷になる。

 彼等は、解放戦線の戦士として再利用する。

 ELF社はSDGsに参画している、持続可能な戦争、自由で開かれた全ての世界との戦い。


 アメリカ合衆国。

 佐藤明理の宿敵。

 唯一の超大国にして現世、世界秩序の根幹。自由民主主義勢力の盟主。


 現世の豚共に見せてやる。

 超限戦限度を超えた戦争を、我々の力を。


 佐藤明理達は生まれや人種、種族は違えども、亡き祖国、アルグ大陸統一連邦の復讐を誓った同志。

 ELF社は今、一丸となって超限戦に臨まんとしていた。


「マキアヴェーア、ファノン、チェン


 明理の鈴の様な声、冷然と響いた。

 作戦開始前の幹部点呼。


「はッ!」


 マキアヴェーア、元黒服部隊の女士官。旧軍の階級は中尉。

 アルグ大陸統一戦線の司令官と、ELF社のチーフ・タクティカル・オフィサーを兼任。


 現役テロリストが仮にも日本企業の役員、何も不思議なことはない。

 彼女の日本名は牧原優香まきはらゆうか、れっきとした日本人として日本国の戸籍を持っている。


 彼女が身に纏う、ゴシック・ロリータ風の漆黒の軍服には、細緻な金糸による刺繍が施されている。

 彼女は、給料のほとんどを自分の衣装に費やしている。

 そして45歳、エルフではなく人間なので立派な中年だ。


 つまり思想的にも趣味的にも、行くところまで行った人間だということ。

 佐藤明理には、特に言及するつもりは無い。


「……」


 ファノン、ついさっき調整を終えたばかりの鬼札ジョーカー

 ELF社で、身体のほとんどを日米共同開発の軍用義体に改造した男。

 明理は、彼のボディ・メモリにフランツ・ファノンの『地に呪われたる者』をインストール、常時音読させ続けるという"再教育"を行った。

 その結果、彼は全ての現世勢力に対する、全ての戦闘行動は"聖戦"であるという思想を得た。


「聞こえてますよ、大姐ダージェ


 陳宇舜チェン・ウーシュン

 元中華マフィア、ELF社のチーフ・ファイナンシャル・オフィサー。

 ELF社の金融部門のトップとして、ELF社に巨額の投資を呼び込んだ。

 その金を湯水の様にだくだくと増やす事にも長けている。

 日本名、上野駿うえのしゅん


「現刻より、砂嵐サンドストーム作戦を開始する」


 明理は、幹部達に告げる。


「手始めに帰還区臨時政府を殲滅し、大統領バルラド・R・ブランフォードの身柄を確保しようか」


「了解!」

「了解です」


 マキアヴェーアと陳が鋭く応答した。

 と言っても陳の専門は金融、戦場に立つ事はない。

 彼に出来るのは池袋からドローンを遠隔操縦する程度だ。


「質問がある、佐藤明理サトー・ア、カリ


 不自由な日本語の発音。

 機械仕掛けの髑髏が喋る──ファノンが、剥き出しになった歯を鳴らす。

 まるで日本の蛍の様に、口から火の粉が飛び散った。


 火の粉、火。

 ──火炎魔法。

 ──ジェニファー、元黒服部隊、火炎魔法の使い手。


「なんだい?」


「帰還区にはあの女がいる筈だ、誰が相手をする?」


「ああ、そうだったね」


 ぶん、と佐藤明理は作戦内容を映し出したモニタに、ジェニファーの顔写真、所属組織、プロフィール等々のあらゆる個人情報を表示させた。


 ジェニファー・C・ブランフォード

 帰還区現地企業 狼風公社代表

 10月6日生まれ天秤座の43歳

 身長175㎝ 体重65㎏

 人種 リサール人/エルマ人のハーフ

 血液型 O型

 思想 自由民主主義

 会得魔法 火炎魔法、次元連結魔法


 輝く様な金髪、日焼けしてやや褐色になった白い肌、アッシュブルーの瞳。

 ファノンは獲物を見つけた狼の様に唸る。


「確かにジェニ……」

「ジェニファー・C・ブランフォード……!」


 ファノンは明理を遮った、目にも止まらぬ速度で機械の左腕をモニタに突きつけた。

 ファノンは残像が出る程のスピードで左前腕にマウントされたニードルガンに徹甲弾を装填し、セーフティを解除した。

 髑髏の眼窩内にある無数のカメラ・アイが近接射撃照準モードに入った。


「こら、ウチの備品を壊すなよ」


 咄嗟に、佐藤明理がファノンの軍用義体の管理者権限を発動させ、セーフティを掛け直した。

 ファノンのおいた、明理の想定の範囲内だ。


「八つ裂きにしてやる……!」


 彼の身体に仕込まれた液体窒素ガスが噴射され、ファノンの身体を冷却する。

 身体と言っても、ほとんど機械である。


「じゃ、ファノンが相手するってことでいいかな」


 彼の肉体は、重複した──それもかなり高練度の火炎魔法によって焼き尽くされている。

 明理が焼死体同然だった彼を回収し、ELF社のバイオテック部門で蘇生・治療を行った。

 そして先日、手に入った軍用義体を用いたサイボーグ化手術に成功したが、生きながら煉獄の炎に焼かれている男が一切正気である筈がない。


 否。

 我々は皆、同じだ。


 佐藤明理はそう考える。

 祖国を失ったまま生き永らえる事は、生きながら煉獄の炎に焼かれているのと同義だ。

 だから、ELF社の誰もがファノンの有様と狂気を否定しなかった。


「他に質問とか、意気込みはあるかい」


「ありません」


 アルマーニ・エクスチェンジ、厚みのある生地、漆黒のスーツ。

 左手には金のロレックス、首に巻かれた純金のチェーンネックレス。

 陳はこうしている間にも金を追いかけたい、そういう男だ。


「たとえこの命に代えても、任務を完遂します」


 マキアヴェーアは気を付けの姿勢のまま厳然とそう言った。

 彼女の鋼鉄よりも硬い意志が明理にも伝わって来た。


「ならよし、作戦開始だ」


 佐藤明理は、実に爽やかに笑った。

 私に任せておけば万事上手くいく、そういって契約を交わす営業マンの様に。


 そんなCEOの指示を受け、4人のテロリストが作戦を開始した。

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異世界テロリスト うゆちゃん @uyuchan

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