4 真世界転生

 20XX年、日本、東京池袋。

 日本に本拠地を置きながら、アメリカの巨大企業と真っ向から激突する国内メガベンチャーの奸雄がここに鎮座している。

 そのスケールたるや、仮に日本の大企業達を巨大鮫とするなら、太平洋を跨いで鯱同士が喰らい合っているようなもの。

 鯱にとって、鮫は餌にしか過ぎない。


 株式会社ELFコーポレーション。

 巨大な本社ビルは魔王城の様に、大都市東京に聳え立つ。

 硝子張りのビルが太陽の光を悉く弾き返し、池袋の街を行く人々の頭上に降り注がせる。


 現代の魔王城の最奥、最終戦争にも耐える設計の地下社長室は、巨大なサーバーとスーパーコンピュータを冷却する為に、真夏でも凍えるような寒さになる。


 ELF社の最高経営責任者CEOである佐藤明理さとうあかりは、スーパーコンピュータと接続された複数のモニタが放つ青白い光を浴びながら、マシンガンの様な音を立て、左右別々のキーボードをタイプし、夥しい情報群と格闘していた。


 上にある社長室は表の顔。

 言うなれば、佐藤明理の玉座。


 地下社長室こそが実態、世のブラック企業が裸足で逃げ出すELF社の本性。

 CEO、佐藤明理が素顔を露わにする場所だった。


 同社が、決して合法的な手段だけで成り上がった訳では無い事を物語るかのように、世界の全ての因果や絆を断ち切るが如く、戦略的にもサイバー的にも厳重なセキュリティが敷かれている。


 日本法人としての立場、日本人としての身分、日本の戸籍、日本のパスポート、そして日本のインフラを十二分に活用し、表も裏も問わず世界に接続する。

 佐藤明理は、インターネットを通じ、その日本人離れして白い手を世界に伸ばす。


 先月のアメリカ軍需企業に対する企業強盗タタキ

 これによって入手したミサイル・ドローンの自社開発・生産体制が整った。

 アルグ大陸統一戦線に対するミサイル・ドローンを始めとする大量の兵器供与。

 現世勢力を標的にしたテロ攻撃のオペレーション。

 すべては、日本を隠れ蓑にして行われていた。


 ELF社の闇バイト、企業強盗への応募者は、指示役のがスイッチを押すだけで、首に取り付けられた爆弾が炸裂し、頭と胴体が泣き別れする。

 粉々になった首輪の破片と、応募者の死体以外に証拠は残らない手筈。

 

 そんな悪逆の限りを尽くす佐藤明理が今最も関心を寄せているのは、先日、アメリカで日米共同開発が進められていた軍用義体を強盗し、自社で調整した件について。


 試作機の実戦テスト。

 結果次第で、対現世勢力との戦いに於ける切札足り得るとの目論見だ。


*


 本社地下戦闘訓練所にて、アルグ大陸統一戦線、マキアヴェーア隊が対米軍ニューテキサス基地への強襲作戦の仮想演習を終了、総合評価A。

 C評定以下は敗戦だ。


 6時間のインターバルを経て変数を加算し、再度演習を実施。

 変数、帰還区の傭兵会社「狼風公社ウルフウインズ・カンパニー」元黒服部隊、髑髏部隊だった者達。


 正義の味方気取りの傭兵クズ共が率いるPA大隊。

 裏切り者共、ただで殺さない。

 ELF社の地下には職業訓練センターを始め、人間を壊す施設は幾らでもある。


 アルグ大陸にて試作機軍用サイボーグ「ファノン」の試験運用結果。

 現地で確認された戦闘力評価Sの異世界転生者を殺害完了。

 脳へのアドレナリン供与量を下方修正、安定剤投与。

 両腕関節及び脚部を更に、「ファノン」が得意とする近接戦闘用に調整。

 異世界転生者というイレギュラー変数は、作戦決行以前に排除する。


 ドイツ・ミュンヘン。

 アメリカ・テキサス。

 日本・北海道、稚内。

 現世公式ポータルの警備情報、及び配置図を入手。

 先程、明理がハッキングを終えた。

 冷却装置を停止させてジェネレータをオーバーヒートさせても良いが、それでは時間が稼げない、現世とアルグ大陸の完全な断絶に不確実性が残る。

 此処はコストを抑えて良い場面ではない、社の特殊部隊による直接爆破を検討中。


 日本国内工場における地上兵器の近代化改修。

 国防軍基地や米軍基地周辺で反戦デモ、基地業務の妨害、馬鹿共のパレード。

 一人日当一万円、掛け捨ての保険と同じ様なものだ。


 一頻り業務を終えた佐藤明理は、スティール・ケース・ジャパンの高級ビジネスチェアに背中を預けた。


 モニタには、演習後にブレイク・ルームで寛ぐマキアヴェーア隊の姿。

 現地、アルグ大陸で戦闘を終えたファノン、異世界転生者の死体を滅多刺しにしている。

 陳宇舜チェン・ウーシュン、表の金融担当、彼に任せた株式と仮想通貨の含み益が増加していく。


 佐藤明理さとうあかりが身に纏うポロ・ラルフローレンのレディース・オーダースーツ。

 白磁染みて白い肌、そして真紅の瞳。

 肩まで伸ばされた光輝く様な白銀色の頭髪、側頭部からは長い耳が覗く。


 佐藤明理は日本人どころか、現世の人間ではなかった。

 所業の良し悪しに関わらず、比喩で無く、本当に人間ではない。

 彼女は、異世界、アルグ大陸に生き残った唯一のエルフ族だった。

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