3 資本、暴力、レイプ!

 ゲリラ掃討作戦が終結し、ジェニファー率いる狼風公社のパワードアーマー部隊は、ひとまずニューテキサス基地に帰投し整備支援を受けた。

 米軍基地ではPAの本格的な分解整備、例えば破損した装甲の取り換え等は不可能、関節部に入り込んだ砂塵の除去や、弾薬の補給に留まる。


 旧統一連邦がアメリカや日本を主に技術窃取の対象とした事で、PA03フルングニルの搭載火器の一部は、NATOと弾薬の口径などの規格を共有している。

 旧統一連邦は現世侵攻を仕掛けるかなり前段階から西側兵器を鹵獲し、技術窃取対象としたためだ。


 そのお陰で今現在、狼風公社ウルフウインズ・カンパニーがアメリカ軍基地で問題なく補給を受けられるというのは、皮肉なことである。


 ジェニファーは部下に整備や補給を任せている間、ブライアン少将以下駐留軍米司令部のフィードバック・ブリーフィングに参加していた。要するに、作戦の反省会だ。


*


 アメリカ軍のブリーフィングから解放されたジェニファーは、さっさと帰還区へ帰ろうと思った。

 現地異世界、アルグ大陸にてアメリカや日本最大の軍事的協力者は狼風公社である事に疑いの余地はない。

 だからと言って自分達が米軍基地内をうろついて、良かった事があったためしはない。


 言った側から鎖が軋む音、最初は、米兵が余暇にボクシングなどしているのかと思った。


 違った、すぐにそんな発想を上塗りする悲鳴と喘き声。

 英語ではない、現地語、つまりリサール語やエルマ語だった。

 恐らく、統一戦線の兵士。


「取調室」という英語を読み取った。

 嗅ぎ慣れた血の臭い、狼は嗅ぎ分ける。

 嗅ぎ分けてなお言うならばこれは戦場じゃなく、虐殺や拷問の臭いだ。

 何事かと思ってジェニファーは目をやった。


 衣服を剥ぎ取られた解放戦線の女性兵士、その上にのしかかったアメリカ人の男が、腰を振っている。

 鎖で吊るされた統一戦線の兵士が、Tシャツ姿のアメリカ人に殴られている。

 文字通り、嬲りもの。


 ジェニファーは心底驚いた、見た所アメリカ軍ではなさそうだ。

 それを言うなら"まともな"正規軍のやり方ではない。


 アメリカの人権とは、人道とは、正義とは。

 目の前の光景はいったいなんだ。

 ジェニファーが信じた自由民主主義が、正義が、武力による秩序が、ただ純然たる暴力によって揺らぐ。


 ぐにゃりと視界が歪む。

 頭がおかしくなりそうだった。

 統一連邦に反旗を翻したあの時から、自分はとっくに狂ってるのかもしれない。


 だからと言ってジェニファーは、アメリカ軍の全てが無法者だと断ずるつもりもない。飽くまで一部の規律違反者が捕虜を虐待、レイプしているのだろう。


 雇い主が何をしていようと、傭兵には関係ない。

 ジェニファーは目を背け、暴行の現場と化した取調室から立ち去ろうとした。


「おい、貸せ。次は私が楽しむ番だといっただろう!」


「駄目だ駄目だ駄目だ!お前はすぐ皮を剥いで血管を剥き出しにしたり、子宮摘出したりするだろ!?この子は俺の子を産むんだあぁ!!うひひっ!!」


「おいおい壊すんじゃねーよ、向こうに持って帰って"商品"にするんだぞ」


「異世界なら盗み放題、女もやりたい放題、最高だぜぇ~~!!」


 気が付くと、ジェニファーは我も忘れて部屋に殴り込んでいた。

 いい年こいて、何をやっている。

 米兵達も、こんな辺鄙な砂漠で娯楽に飢えている。

 統一戦線の捕虜が何人死んだところで、誰も何も……


「やめろ!」


 だからと言って、捕虜を虐殺・レイプしていい理由にはならない。

 乱暴狼藉を働いていたアメリカ人の内、一人を左拳で殴り倒していた。


「お前達、駐留軍じゃないな?」


 ジェニファーの声は怒りで震えていた。


「なんだてめェ?」


「邪魔すんじゃねーよクソアマが、テメェもボコボコにしちまうぞ」


「待て。こいつ、狼風公社ウルフウインズ・カンパニーとかいう現地人の傭兵だ」


「お前等が何処のどいつか知らないが、私はアメリカ駐留軍と正式に契約を結んでいるPMSCsだ」


「"我々"の捕虜に対する人権侵害は一切認めない」


「……」


「人権侵害だと?これは適切な尋問だ、野蛮人」


「そうか?お前等の上層部に聞いてみてもいいんだぞ?捕虜をサンドバッグの代わりにしたり、女の捕虜をレイプするのがお前等のやり方なのかとな」


 ジェニファーは毅然とした態度で、ぎゅう、と左拳を堅く握り締めた。

 チキチキ、と右腕義手が出力を上げていく、右手マニピュレーターが鉄拳を形どる。

 半分ははったりだが、半分は本気でこの無法者共の手足を捥ぎ取ってやるつもりだった。


「……」


「チッ、行くぞ」


 最後までジェニファーの方を睨みつけながらアメリカ人達は立ち去って行った。


 ジェニファーが魔法兵として司る属性は炎だ。

 それはまさにジェニファーの気性を現している、ちろちろと燻っている小さな火でも、燃料があれば一気に大火へと燃え上がる。


 よっぽど、暴行を働いていたアメリカ人達を機械義手の右腕の方で殴ってやろうかと思ったところだったが、それは問題になる。

 40歳を過ぎたというのに、怒りを抑える事に随分とエネルギーを使うものだとジェニファーは自省した。


──落ち着け、アメリカとやり合う為に傭兵になったのではない。


「大尉、感謝する」


 ジェニファーは、一部始終を見ていた米兵の士官から礼を言われた。

 思ってもみないことだった。


「……アイツ等のやり方が気に入らなかっただけよ。何者なの?」


 荒れた気を落ち着ける為、ジェニファーは煙草をくわえて右手の親指を弾いて火を点けた。


「あいつ等はCIAだ、アメリカ軍じゃない」


 CIAと聞いてジェニファーはピンと来たアメリカ中央情報局、要するにスパイだ。

 連中は異世界でも利権作りに勤しんでいる、というのは邪推が過ぎるだろうか。


「CIAが進駐軍の基地で好き勝手してるのを、貴方達は見逃しているの?」


 じろ、と目をやりながらジェニファーは士官に言った、意図した以上に詰問じみた口調になってしまった。


「……」


 それを誤魔化す様に、ジェニファーはいたたまれなさそうにしたアメリカ軍士官の男に煙草を差し出し、右手を弾いて火を点けてやった。


 たとえ世界の兄貴ヅラが気に入らなくても、アメリカの力は強大だ。

 そしてこの荒廃した黄昏の世界、アルグ大陸に自由民主主義と平和をもたらす為には、アメリカや日本の力を借りるのが最も手っ取り早い。


 ジェニファーは、この世界に自由民主主義と平和をもたらす為に必要とあれば、アメリカ大統領の靴でも尻でも舐めるつもりだ。

 だが、先程CIAに喰って掛かったこととそれは矛盾しない。

 先程の彼等の行動に、一切正義はないと断言できる。


「アンタはアメリカ人じゃないが、俺達駐留軍にとっちゃ味方だ。逆に、同じアメリカ人でもあいつ等は違うってことさ」


「複雑なのね、アメリカは」


 じりじりと、煙草が燃え上がりそうな勢いで吸い込んで、ジェニファーは紫煙を吐き出した。


*


 作者のひとこと

 参考資料 アブグレイブ収容所における捕虜虐待など

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