2 暴力・破壊・ディザスター

 アメリカ異世界進駐軍は、まだ軍用PAを装備していない。

 進駐軍もアメリカ製PAを配備したいのだろうが、政治や軍事予算の事情から未だ現実になっていない。


 ジェニファーは社のPA部隊を招集した。

 アメリカ軍と連携し、アメリカがアルグ大陸に打ち上げた偵察衛星で確認した統一戦線のアジトを攻撃する、そんな内容のブリーフィングを終えた。

 格納庫内で、整備兵が出撃前点検を行う。

 彼女が乗るのは指揮官機。


 旧統一連邦製パワードアーマー、フルングニル。

 中でも03型の強襲作戦モデルをジェニファー達、狼風公社ウルフウインズ・カンパニーは、改修・修繕しながら使い倒している。

 中にはフレームごと、日本などで作り直したものもある。

 自由民主主義陣営である彼女達は、日本やアメリカから部品や弾薬を補充することが可能だ。


 全高は約3mほど、幅は2m程だが、左右アームを広げると5m程になる。

 搭乗員は一名だが小回りが効き、戦車以上の機動力と、一、二度程度なら対戦車火器の直撃にも耐え得る装甲性能を併せ持つ。


 アメリカ異世界進駐軍の司令官であるブライアン少将は、このパワードアーマー部隊による敵の防衛線突破をジェニファーの傭兵会社に"外注"しているという訳だ。


 量産化されたPAを自国製の戦車や歩兵戦闘車両、野戦砲やドローンと併用することで、統一連邦はかつて現世の列強国家を相手取りながら、地上戦で圧倒した。

 その残党であるジェニファー達も、統一戦線も、未だ脅威視されている。


 PAを点検していると、ふとジェニファーの網膜に、20年前の戦場の景色が閃く。

 今ではもういちいち驚いたり、嘔吐することも無くなった。

 ジェニファーは、こみ上げて来た胃液を無理矢理に嚥下した。

 ふつふつと冷たい汗が滲む。


 統一政府軍の兵士達は、誰も彼も前線に突撃して死んだ。

『大総統閣下万歳!!!』

『統一連邦万歳!!!』


 ジェニファーの頭の中に、20年前の戦場の音が鳴り響く。

 敵味方の砲撃音。銃声、PAのレールキャノンが大気を切り裂く音、ドローンの飛来音。

 それを上書きする、ジェニファーが率いた部隊の戦友達の言葉。

『死にたくねえ……』

『大尉……助けてください……』


 ジェニファーの眼前、格納庫内に20年前の戦場の景色がまるで実体化したかの様に蘇る。

 炎、空に走る弾丸の軌跡、爆走する機体と戦車の残骸。

 原型を留めていない死体、肉片。瓦礫の山。


 ジェニファーはかつて統一政府軍を離反し、祖国、アルグ大陸統一連邦を裏切った。

 それは全ての異世界転生を根絶し、現世勢力の支配と侵略を打ち破るという祖国の戦争目標に正義がないと確信したからだ。

 傭兵を営むのは、日米から異世界に輸入された自由民主主義というイデオロギーこそが、この荒れ果てた黄昏の世界にいつか必ず正義と秩序、そして平和をもたらすと信じたからだ。


 この地獄の底で、誰もが武器を手にしなくて済む平和な時代が訪れる。

 絵空事だと頭では理解しながら、今なお戦い続けている。

 少将に揶揄されるのも仕方ないのかもしれないと、ジェニファーは自嘲した。


『お前がこれを引き継ぐと言う事だ。武力による秩序をな』


 心的外傷となってフラッシュバックする20年前の戦争の景色の締め括りは、ジェニファーがこの手で倒した父の遺言。

 

 今なお、彼女の人生を縛る呪縛。


 ジェニファーは、つまらない考えを振り切るように点検を終えたパワードアーマーに乗り込んで、ジェネレータを作動させる。


「行くぞ!アメリカ軍と合流する!」


「了解!」


 ジェニファーは、会社のPA部隊を引き連れて、ブライアン少将から指定された作戦領域へ向かう。


*


 砂塵が吹き荒ぶ。

 後方にはアメリカ軍、前方には統一戦線のアジト。

 自由主義陣営によって築かれた、自由で開かれた世界の秩序を乱す者は、排除されなくてはならない。


 かつてこの世界で行われた、魔法動員。

 魔法的素養のある者を老若男女問わず集め、教育し、軍隊化するプログラム。

 当時まだ10歳だったジェニファーはこれを受けて、それから軍に入った。

 12歳、半年に及ぶ統一政府軍の兵科課程、首席で修了した。

 15歳、軍で推薦を受けた、黒服部隊に相応しい者を選抜する特務課程、ここでもまた首席を取った。

 統一連邦の最高指導者だった大総統メイヴァーチルに忠誠を誓い、名誉エルフとしての洗礼を受けた。

 黒服部隊に配属されてから、士官学校に推薦され18歳で大尉になった。

 

 日本に攻め入った父親を殺した時もそうだった。

 考える必要はなかった。

 父、カゼル・R・ブランフォードは、自由で開かれた世界の敵だったから殺した。

 そして、アルグ大陸に帰ったジェニファーは父カゼルや、大総統メイヴァーチルの遺志を継いだ統一連邦の残党達を殺して殺して殺しまくった。


 若い頃はそれでもよかった、他を圧倒する己の力と才覚に酔い知れていた。

 だが43歳になった今、殺して来た者達の人生の重みに、奪って来た命の重みに、ジェニファーの心は圧し潰されそうだった。


『裏切り者の貴様が、今更被害者面するのか……?』

 燃え尽きた骸骨が、ジェニファーの肩に焼け爛れた手骨を置いた。


 幻影。

 消えろ。


『お前も俺と同じだ、もう何処にも帰る場所などない』

 ジェニファーの心に突き刺さったままの父の言葉。


 幻聴。

 黙れ。


 統一連邦を倒してジェニファーは自由になった。

 多くの人民は自由になった。

 ただ、人民の飼い主が独裁者から、アメリカ合衆国などに変わっただけ。

 戦いは終わらなかった。


*


 アメリカ軍の偵察部隊がドローンが帰投した。

 情報が共有された。

 敵の数と配置を確認し、アメリカ軍が砲撃を開始した。

 ジェニファー達は突っ込んだその後を、アメリカ軍の装甲車が続く。


 アルグ大陸統一戦線のパワードアーマー。

 20年前の大戦で用いられたものだが、統一連邦が崩壊した事で、整備不足で劣化が著しい。

 スクラップや廃材で装甲を補修され、雑多な手製の重火器をマウントしており、決して侮れない──こちらが装甲車や戦車なら、の話。


 ジェニファー率いる狼風公社のパワードアーマー。

 日本やアメリカ企業で整備・改修され、型式こそ20年前の物だが状態は最高だ。


 突貫する狼風公社のPA部隊。

 応戦する統一戦線の手製ロケット・ランチャー、闇市場に出回っている榴弾砲などが次々と火を吹いた。


 当たれば洒落にならない。

 だが、砂上を高速で滑走するPAに当たる事はまずない。

 ジェニファー達のPAに搭載されているような照準補助システムなどが機能していれば、話は別なのだが。


「撃て!!」


 ジェニファー達がPAにマウントしているのは、20mm機関砲などが基本。

 PAどころか、下手な軽戦車なら破壊できる火力。


 傭兵が最前線に立つ。

 現世も異世界も変わらぬ不変の法則。


 しかし、こちらにはアメリカ軍砲兵隊の火力支援もある。

 砂嵐が止んだ今なら、アメリカ軍に航空支援を頼むことだってできる。

 最初から、統一戦線側に勝ち目はない。

 故にこれは戦いですらなく、ただの鏖殺だ。

 無論それが、掃討作戦としては何も間違っちゃいない事をジェニファーは理解している。


 ジェニファーの心が一瞬だけ引金を引く事を躊躇ったが、心とは全く別の部分が統一戦線のPAが照準に入った瞬間、引金を引いた。


 指揮官機の肩部にマウントされている20mm機関砲が吠える。

 自動小銃を手に突っ込んで来た統一戦線の戦闘員達を、ひき肉に変えていく。


 アルグ大陸統一戦線。

 彼等の多くは、統一連邦が崩壊した後、離散し、食い詰めた元軍人達。

 この世界に吹き荒ぶ砂塵が白いのは、こんな風に誰も彼もが死んで、その骨が砂漠へ還っていったからだとまことしやかに噂されている。


 味方に一人の犠牲も無く任務ミッション完遂コンプリートした筈のジェニファーの顔は、どこか暗かった。

 この戦いに、正義はあるのだろうか。

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