異世界テロリスト

うゆちゃん

SANDSTORM RISING

1 傭兵業@異世界植民地

 現世資本が支配する異世界には死が溢れていた。

 兵士の、それに倍する民の死に満ちている。

 テロ、飢餓、疫病、レイプ、強制労働、捕虜や民間人への虐待。

 全ての戦争犯罪と虐殺は、正義の名の下に行われる。


『速報です。過激派武装組織"アルグ大陸統一戦線"は新型ミサイル・ドローン約50発を、アメリカ占領区のニューテキサス基地に向かって発射しました。アメリカ駐留軍は迎撃に成功したと発表しましたが、この攻撃により、基地に居たアメリカ軍の兵士18名及び基地労働者15名が死傷したとのことです』


 意識の覚醒。

 ラジオニュースが誰かの死を告げている。


『米・英異世界駐留軍は統一戦線に対して報復攻撃を実行、空爆により統一戦線の軍用パワード・アーマーや輸送ドローンなど数十機を破壊し、戦闘員50名強を殺害したと発表しました』


 ジェニファー・C・ブランフォードは眼を開いた。

 ラジオが、報復の成功を誇らしげに伝えている。

 ジェニファーは"残っている"左手を伸ばしてチャンネルを変えた。

 走るノイズ、無機質な死を告げるニュースは続く。


『国連管轄区では国連所属の平和維持軍が統一戦線の奇襲攻撃を受けました。この攻撃で平和維持活動中だった兵士約32名が死傷したとのことです』


 うんざりして、チャンネルを変える。


『中華開発区で爆発事故が発生しました。当局によると、統一戦線による爆破テロとの見方が強まっています』


『ロシア開発区で武装勢力による人質……』


『EU総議会では異世界からの撤退が可決された一方、国内の残置ポータルを使った異世界貿易によって利益を得ているドイツ連邦はこれに反対しており……』


 ジェニファーはチャンネルを変え続ける。


『日本統治下の帰還区で、日本人の会社員男性が何者かに殺害される事件が発生しました。日本当局の異世界庁は帰還区自治政府に対し、犯人の引き渡しを要求しています』


「……」


 仕方がなくなって、ジェニファーは仮眠から目を覚ました。

 目覚ましにはアラームよりもラジオが相応しい。

 身体を起こし、右肩の接続部に機械で出来た義肢を取り付けた。

 今ではもう、機械で出来た右腕との付き合いの方が長くなった。


 彼女の右肩から先は、比喩でなく燃え尽きた。

 先の大戦における名誉の負傷、自らの信念に捧げたのだ。


 メールチェック。

 大量に届いている統一戦線の全体的なサイバー攻撃、好待遇、高給求人、10名限定……など。

 誤ってメールを開くと、通信回線を辿られる危険性がある。

 その他、統一戦線の兵士勧誘案内などを迷惑メールに放り込んで、ジェニファーは取引先からの着信に目を通した。


「ゲリラ掃討作戦……?アドラメレク、アメリカ軍から何か聞いている?」


 ジェニファーは、旧軍時代からの腹心であるアドラメレクに尋ねる。

 彼はアルグ大陸出身のリサール人、筋肉質な大男だ。

 会社として見るならジェニファーの秘書であり、軍隊としてなら副官だ。


「大尉、今起こそうとしたところでした。アメリカ異世界駐留軍のブライアン少将から緊急で仕事の依頼があるとの事です」


「繋いで頂戴」


「はい」


 アドラメレクが回線を繋ぐ。

 同じくアルグ大陸のアメリカ占領地区ニューテキサス、同米進駐軍基地。


『ハロー、キャプテン・ジェニファー。急で悪いが仕事だ、統一戦線のテロリスト共を炙ってバーベキューにしてもらいたい』


 相手はアメリカ進駐軍、最高司令官、ブライアン・B・アークライ少将。

 アメリカ軍の将官クラスがわざわざ連絡を取ろうとする程度には、ジェニファーの会社には戦略的な価値がある事の証明でもある。


「幾ら仕事でも、同胞殺しは気が乗らないわね」


 ジェニファーは敢えてそう言った。

 如何に得意先のアメリカ軍だろうと、いつでもへいこら従っている訳ではないという事を示しておかないと、とことん足元を見られるのが傭兵という仕事だ。

 それが、現地・異世界人の経営する現地企業なら尚更のこと。


『今、同胞と言ったのか?統一連邦を真っ先に裏切って日本やアメリカに付いた女の台詞とは思えんな』


 電話の向こうでアメリカ軍の歴戦の闘将がけたたましく笑っている。

 かねてより、ジェニファーはアメリカ人の高いテンションと皮肉には辟易とさせられているが、ここで文句を言っても始まらない。

 だからと言ってブライアン少将の指揮官としての能力に疑問符を付けるつもりもない。


「私はアメリカの小間使いになったつもりはなくてよ。我々は飽くまで、この世界の自由と民主主義の為に戦っているのだから」


 ジェニファーはきっぱり言ってやった、彼女も社長、商売には駆け引きがある。

 日本人には日本の、アメリカ人にはアメリカの流儀がある。


『ハハハ!そいつは異世界ジョークって奴か、大尉キャプテン。この黄昏の世界の何処に自由と民主主義があるってんだ?』


「あら少将、狼風公社ウチの主力商品にケチをつけるおつもりかしら」


 ばちん、と機械で出来た指を弾いて火を起こす。

 ジェニファーは咥えた煙草に火を点けた。

 

『……悪かったよ。こっちは今朝、目覚まし代わりにミサイルを撃ち込まれて気が立ってる……!ゲリラ掃討作戦にはおたくのPAが必要だ、弾代はこっちで見る。参加してくれるよな?大尉キャプテン


 PA、軍用パワードアーマー。

 早い話、歩兵を軽戦車化させる兵器だ。

 どんな屈強な人間でも、異世界人で魔法が使えても、ミサイルランチャーやガトリングガンを担いで前線を走り回るのは不可能。

 だが、パワードアーマーにマウントされているなら話は別である。


「ええ、アメリカ軍はお得意様だから。すぐに向かうわ」


『頼むぞ。大尉』


 ちっ、食えん女だ。

 ブライアンから捨て台詞を投げ込まれたが、ジェニファーは気にもしなかった。


「行くわよ、アドラメレク。部隊を招集して」


「了解しました!」


 ジェニファーはサングラスを掛けた、強烈な紫外線や破片から眼を保護するほか、防塵・防眩効果もある。

 そして旧軍の、真っ黒な将校コートを羽織って外に出た。

 勲章は全て捥ぎ取って投げ捨てたが、かつての階級章だけはそのままだ。


 うす汚れた事務所を出ると、外ではいつもの様に砂塵が吹き荒んでいる。

 元々あった廃墟と、日本の開発支援によって建てられた鉄筋コンクリート造のビル群が織り成すアンバランスな街並み。


 此処はアルグ大陸日本保護領、帰還区。

 主に、日本で捕虜になった統一政府軍の兵士達が送還され、彼等と異世界に進出した日本人によって建設された地域だ。

 廃墟同然となった異世界からは、ポータルを通じて再び日本に不法入国する者が後を絶たなかった為、日本政府は重い腰を上げて異世界開発支援に踏み切ったのだ。


 まず国防軍の異世界派遣軍が地均しをして、次に日本の大手企業が進出した。

 後は、例によって道路や水道、電気や通信などのインフラを敷き、荒廃した砂漠の農地化を行い、学校や病院を建設した。


 ジェニファーが経営する狼風公社ウルフ・ウインズ・カンパニーは、帰還区に本拠を構える数少ない"現地"企業の一つ。


 所謂PMSCsであり、民間軍事・警備を生業とする。

 対テロ、対異世界戦のエキスパート集団であり、アメリカ軍の異世界駐留軍や日本国防軍の帰還区駐留軍、帰還区臨時政府などと関係が深い。

 傭兵でありながらも数少ない、異世界アルグ大陸の自由民主主義陣営勢力である。


 若かりし日のジェニファーは、元統一政府軍の中でも、黒服部隊と呼ばれる精鋭部隊の士官だった。

 かつてを知る者達からは"大尉"とあだ名されているが、その事はなんの名誉も、意味も持たない。


 彼女は、名誉もキャリアも任務も全てを捨てて統一政府軍を離反し、現世侵攻計画"黄昏作戦"を指導した実父──カゼル・R・ブランフォードを討ち取った。

 同時に、自由民主主義を掲げて日米同盟に味方した彼女は、異世界人でありながらほとんどの異世界人を敵に回したのだ。

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