第34話 行賞
つい先程まで、この場所では一学年の教官が集まり、先の殲滅作戦について、斑鳩一尉のもと会議が行われていた。
議題は主に
論功についてはさほど時間は掛からなかった。
ほとんどのボディカメラが破損なく回収できたため、各々のチームの討伐数もはっきりしている。そもそも、行賞とはいっても普段の探索実績に泊をつけるようなものではある。本質は別にあった。
振り返りについては、第一拠点と第二拠点で様相が異なる。
まず、甚大な被害を被った第二中隊だが、目標拠点の構造上、入口の迅速な制圧に失敗した場合、殲滅が困難であろうことは、
だから、初動に失敗した場合、「殲滅」から「
マナという強大な力を手に入れ、自分たちの力を過信し、功を焦ってしまった。
作戦指導をした
もちろん、学校としても、防衛省としても、限られた戦力を無駄にはできない。毎年の男子生徒の
だが、性欲という厄介な副作用抜きにしても、男子の序列争いは熾烈だ。
命懸けの対価として、褒賞も出し惜しみはできない。
つまるところ、第二中隊に関しては想定内の現象原因ではあり、それ以上語られることもなかった。
問題なのは第一中隊の側だ。
一次職に至る近衛兵階級が三十九体。そして二次職、狂戦士の
分析の結果、間違いないことが判明している。
これほどの敵戦力に対して、三十四名で突撃し、見事討伐を果たし、全員が軽症以下で帰還を果たしている。
あり得ないことだ。
例年ならば一年生の半ばで、ようやく作戦を思索する水準の敵戦力だ。
そしてそれを成したのが……。
モニターを見る。
回収したボディカメラで撮られた戦闘映像が繰り返し再生されている。
短槍を持った少年が、相対する
バラバラだった部隊が、ある生徒の意思に沿うかのように、連携して拠点の王と戦っていた。
この時期に、急造の合同チームがまとまることは例を見ない。
おそらく全員が、巨大な敵に危機を感じ、最善と認めた彼の意図に沿う連携を無意識に選択したのだ。
「パンゲア世代……か」
声に出して呟くことで特別な響きに聞こえた。
頼もしくはある。だが、優秀だと思っていた探索者がコロッと死んでしまう。それがダンジョンというものだった。
それから、拠点の奥から見つかった、大量の武器装備……。
それらを捨ててきたのはいい判断だった。
我々は敵拠点を落としたからといって、駐留軍など置く余裕はない。放置すれば奪回されてしまう。
過剰とも言える戦力と、装備類。一体それを、どちらに向けるつもりだったのか。
斑鳩一恵はもうしばらく思索に耽っていた。
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多聞先輩の取材から週が開けて、月曜日に、掲示板の前に人溜まりができていた。
聞こえ漏れるところによると、今作戦における論功行賞の結果が張り出されているらしい。
こういった掲示物は学内ウェブからも見ることができるが、
「コグゥウウウウッ……ウゥッ、ウゥッ、ご、ごめんよ椎名ちゃん……コグゥウ……守ってあげられなくて……ゴグッ」
「なんたる屈辱……グズッ、彼女の純潔が、あんな……あんなヤツに汚されるなんて、フッ、椎名ッ、ボ、ボクが弱いばかりに……」
掲示板の前で二人の男子がガチ泣きしていた。掲示板を見に来た生徒たちがドン引きしている。
俺もドン引きした。関わりたくないので回れ右して立ち去った。
仕方ないので携帯端末から確認する。
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七級
本作戦において目覚ましい活躍をした者。
一人当たり八十万円を褒賞金とする。
井上和也チーム以下五名
坂本清チーム以下五名
六級銅鵄功
本作戦において、強敵の撃破、もしくは難敵の撃破に関与し、大きな役割を果たした者。
一人当たり九十万円を褒賞金とする。
美細津匡チーム以下四名
小太刀章チーム以下五名
茶山直哉チーム以下五名
子熊大喜チーム以下六名
弓木隼輔チーム以下五名
五級銅鵄功
本作戦において、強敵の撃破、もしくは難敵の撃破に多大な貢献をし、作戦成功に甚大な役割を担った者。
一人当たり百万円を褒賞金とする。
香取純チーム以下五名
勇気豊成チーム以下四名
その他、作戦参加者に二十万円を褒章金とする。
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第一中隊における行賞はこんな感じだった。
第二中隊に関しては、六級銅鵄功を二チーム、七級銅鵄功を二チームが受功していた。
作戦の成否と論功にはそれほど大きな差はないのかもしれない。
「ハッハー、やったな! 百万円だってよォ! 太っ腹だなァ!」
「すごいよね! これで新しい弓が買えるよ!」
お昼休みにカフェテリアでご飯を食べながら、話題はその話でもちきりだった。
というか、教室でもその話ばかりだった。なにせ、参加者全員が最低二十万円は貰えるのだ。
先週の葬儀からの、どこか湿った空気が少し晴れたようだった。
「記事も出ているよ。『第一中隊が攻め落とした拠点Aは、最初の殲滅戦としては過去に例を見ないほど大きな敵戦力を有していた。この時期の一年生が、狂戦士の
杵鞭さんが端末から記事を読み上げてくれた。
「ホントに二次職持ちがいたのね……偵察と教官は何してたのよ……」
栗林さんは怒り顔だ。
「第一中隊と第二中隊の明暗を分けたのは、入口の制圧の成否と、不利な細道を突破するために掛けた時間、と書かれているわ」
園美が補足してくれる。
「それはそうかも……純くんがどんどん前線を押し上げてくれたから、戦力を全く失わずにすんだよね」
「あんな細道、デキる槍使いがいなきゃ詰んでるじゃねェか。刀剣で突っ込んだら串刺しだぜェ」
「他に方法はなかったのかな……」
たしかに、あそこの
「密集した敵を殲滅するのは、二次職、『魔法使い《ウィザード》』や『
園美が感心している。さすが多聞先輩だ。
「ああ、でも小太郎。褒章金は全部使ってはいけないよ」
「え、どうして? 舞ちゃん」
「記憶石を買わなければいけないだろう?」
「……あ」
そういえばそうだ。俺もすっかり忘れていた。
第二層に潜るためには記憶石がいる。しかも、あのアイテムはかなり高価だ。たしか――。
「いくらすンだァ? それ」
「五十万円よ、仁」
「おえええええっ! ってことは、実質半分じゃねェか!! 高すぎだろォオオオオ!」
「ちょっと、仁、落ち着きなさいって。理由があるのよ」
栗林さんが仁をなだめて小声で話しだした。
「記憶石が高価なのはね、もともと希少なものではあるのだけれど、あえて高くして、実力がない生徒が第二層に進むのを防いでるからなのよ」
はえー。そういう理由があったのか。
そういえば、栗林さんは親族に軍関係者がいるって言ってたな。
「第二層に進む実力が備わっているか、それを確かめるのが駆除戦でもあるわけ。だから、
「……そういえば、五級から七級銅鵄功まで、褒賞金の差がやけに小さかったね。逆に、七級銅鵄功と参加褒章の差はいくらなんでも大きすぎだよね」
碇が感心している。
たしかにそうだ。五級銅鵄功が百万円、六級が九十万円、七級が八十万円。で、それ以外が二十万円だ。理由がわからなければ、なんて歪な褒賞額だと思うだろう。
「でも、それは彼らを守るためでもあるわけ。だからね、高く設定した記憶石を買えるように、褒賞金も高く設定されている……っていうのが本来なのよ」
この学校、先日聞いた人質の件といい、なんかめちゃくちゃ腹黒いんだよな。隅々まで隙がないというか。
まるで誰かの手のひらで踊らされているような感覚になる。
「つまりオレらはネクストステージへ行っていいってことだよなァ? オッシャァ! ヤル気が出てきたぜェ」
「まあそうなんだけど……いい? これは兄がこぼしていたのだけれど、ダンジョンは第二層からが本番だって。第一層とは明確な壁があるらしいわ」
栗林さんから十分に気をつけるようにと念を押された。
作戦終了から土日を挟んで四日も探索を休んでしまった。
でも装備の整備は必要だったし、普通の高校生らしく過ごすことも必要だろう。
で、どうせだからこのタイミングで装備を新調したいという話になった。
いいタイミングだと思う。大きな作戦の前だとどうしても躊躇してしまうし、第二層に挑む上で、少しでも装備をアップグレードしておきたい。
記憶石分の費用を除いても、五十万円は自由に使えるわけだし、五人で放課後に見繕うかという話になった。
ちなみに、夢見と五木も正式にチームに加入することになった。今までは暫定的にチームを組んでいたが、正式に組もうと言ったら快諾してくれた。
一応、作戦前にチームとして申請はしていたから、二人とも褒賞金は受け取っている。
「みたか俺の
「それさ、全然、韻踏めてないじゃん。ラップになってないじゃん」
いつもより控え目だなと思ってツッコんだのがよくなかった。
「チッチッチ」俺の眼前で指を振ってくる。鬱陶しいので振り払う。
「力、火、禍、歌……どうだ? わからねーか?」
なんだ? 力、火、禍、歌……。
「……カ?」
自信なさげに答える。
ていうかいいかげんやめろ、このっ。指チッチをやめろ。
「せいかーい! っだいっせいかーい! さすが俺の力を認めし者。わかってるじゃねーか!」
音読みで「カ」ってことか。いやいや……。
「ダメだろそれ、ルール違反だから。文字にしないと理解できないとか、高度過ぎるわ」
ラップってそういうものじゃなくね?
「あのな、常識を覆し俺たちがよー、そんな小さく纏まってどうする? さっさと上がってこいよ? 俺様のステージへ。ナ?」
くそ。やっぱうぜーわ。
購買部で思い思いの武器防具を購入し、実際に試着して問題がないか入念に確かめてから中央塔の扉へ向かった。
まず、五人全員が記憶石を購入した。五十万円だ。
記憶石は無色透明の直径一センチほどの球体だ。
これは、時を超える鳥、『グリーンバード』の体内から採取されるアイテムだ。
つまりダンジョン生物の体内器官なのだ。
体内から取り出して、初めにくぐった扉の世界が、起点として登録される。
登録するのはもちろんこの世界だ。
「みんな記憶石は身につけているな?」
大事なことなので四人の耳を確認する。
記憶石は肌身につけていなければ効果はない。なので、イヤリングとして耳に付けておくのが推奨されているそうだ。
ネックレスやブレスレットではダメなのか、と思うかもしれないが、万が一、ダン高の扉を起点とした記憶石が敵性生物の手に渡ると、防衛上の懸念が生じてしまう。
だから、紛失を防ぐという意味でも、外す機会の少ないイヤリング型が推奨されているし、万が一、敵地で仲間が死んだ際には、できる限り回収するように、努力義務が定められている。
購買部で購入時に、五名全員が耳にピアッサーで穴を開けてもらい装着した。今はまだ、全員の記憶石が”無色透明”だ。
「じゃあ、入るぞ」
扉をくぐると見慣れた第一層の入口に出た。
四人の耳を確認すると、無色透明だった記憶石が”灰色”に変化している。
そう。
記憶石は、現在いる階層によって色が変化する。そして、起点となる世界に戻ってきたときには、その色が記憶されている。
だから、探索者の耳に付いている記憶石を見れば、どの層を攻略しているのかがひと目でわかるようになっている。
つまり、記憶石はある種の
これは時を超える鳥『グリーンバード』が、世界を渡っても、元の世界に帰ってくる習性を利用したものらしい。
「なんだか不思議だね」
碇が俺の右耳を見つめて言った。
俺の記憶石も灰色に変化したのだろう。
「へへっ、色が変わったくらいでビビってんじゃねーよ。俺たちはこれから、何千何万回と色を変えていくんだゼ? これは始まりにすぎねー。俺様がダンジョンを
漆黒無音がビシッと碇に向けて指を差す。
「あれ、漆黒無音の記憶石、色が変わってないよ? 不良品なんじゃない?」
「えええええええええええっ! マジかよ、五十万円もしたのにそんなことあってたまるかボケェ! ちょっくら文句行ってくるっちゃ!」
漆黒無音が勢いよく扉に戻っていった。
碇がべっと舌を出す。
一応訂正するが、記憶石の色が何千何万回も変わっていくことはない。現在、ダンジョンの最深到達階数は十層にも満たないし、そもそも何層あるのかすら不明だ。
ダンジョンの扉が出現して十年経っているが、一つ一つの世界が広大過ぎるのと、扉をくぐるごとに敵が強くなっていくせいで、たいして攻略できていないのが実情だ。
漆黒無音が戻ってきた。
「おいおいおいおい! なぁああああにが不良品だっちゃ、ザ・シープ! どっからどーみても灰色だったわボケがぁ!」
「ごめん、見間違いだったみたい」
「ごめんで済むか、この羊! 子羊ヤローが!」
最近は俺たちも夢見の扱いに慣れてきた。まともに相手をしすぎるとよくないのだ。
「いいから行くぞ」
第二層への扉を目指す。
場所は入口から東へ、直線距離にして約二十キロの地点だ。
マップもあるし、十五キロ地点までは駆除戦で行っている。そう難しくはないだろう。
記憶石以外の装備だが、俺は、『赤珊瑚』という樹木からとれる繊維を編み込んで作られた防刃ベストを購入した。魔法耐性、とりわけ火属性耐性に優れたベストで、これから向かう第二層にもってこいだと考えた。
それからヘルメットを購入した。穴が空いていて通気性がよく、後頭部までカバーして、軽くてつけ心地のよい高級品だ。合わせて三十万円だ。
仁も、俺と同じベストとヘルメットを購入した。研ぎに出していた刀も戻ってきていた。
碇は、念願の弓を購入した。『コンパウンドボウ』という、弓の両端に滑車のような機構が備わっていて、少ない力で弓を引くことができるらしい。お値段、五十万円である。
夢見は、『フセット』という刺突性能の高い短剣を購入していた。マナ鉱石という、マナの通りを良くして性能を高める鉱物が混ざっているらしく、金属部分が少ないにも関わらず、四十万円もしたそうだ。防具はいいのかと聞いたら「現地を見て決める」だそうだ。
五木は、膝丈まである
あまり重すぎると大変だろうと思ったのだが、実際に持たせてもらったらそれほどでもなかった。チタンとアルミニウムと、ダウマス鋼という深層の鉱物の合金で、丈夫な割に軽い。展示されていた鉄製のものと比べてみたら、半分くらいの重さで驚いた。
それからリーダー権限で、ポーションを一つ購入した。ポーションは三十万円もするので、一人六万円徴収したが、新しい層に挑戦する以上、どんな危険があるかわからない。
俺の意見を押し通させてもらった。
新しい装備を慣らしながら、たまに見かけた村ゴブと戦ったが全く脅威にはならなかった。
途中で休憩を挟みながら、二十キロ以上の道のりを進んだ。
終着に差し掛かったあたりで、それは見えてきた。
そこは廃墟だった。
岩壁をくり抜くように、家と呼んでも差し支えないレベルの住居が、段々畑のように岩壁にずらりと造られていた。
今まで見てきた、小鬼の拠点とは全く違う。
「小鬼の……町だったのかァ……?」
わからない。
俺たちは小鬼の村拠点と基地しか見たことがない。他の場所には、このような小鬼の町並みがあるのかもしれない。
ただ、少なくともこの町は、なんらかの暴力によって破壊しつくされていた。滅んだ町だ。
「広いね、数千じゃきかないんじゃないかな……」
碇が言っているのは人口のことだろう。数千か、数万かそれくらいの規模でもおかしくはなさそうだ。
「そ、それに、かなり古いんじゃないかな……」
五木が廃墟となった壁を戦棍でつついた。つついた壁から破片がこぼれ落ちる。
少なくとも、打ち捨てられてから数年、十数年程度とは思えなかった。何十年か、何百年か、俺にはわからないが、それくらい朽ち果てていた。
小鬼と見られるしゃれこうべや骨がいたるところに散乱していた。
マップを見ながら廃墟を歩く。
道があって、そして広場があった。
そこに扉があった。
入口の扉と全く同じ、漆黒の球体。
この先が第二層だ。
「みんな、準備は良いか?」
「あァ」「うん」「ったりめーよ」「ぼ、ぼくも」
「よし、行こう」
扉に足を踏み入れた。
『神は言われた。光あれ……光あれ!
神はその光を見て、
一つ余計だったのだ
神は
長い昼と短い夜
神に見捨てられし、赫と魔の世界
金の糸、紡ぐなかれ』
『異界概論 第二章・赫の王国 ウツギ・カイト』より
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二章完
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