第4話 宇宙船の「七五三」
私の声は貴方に届いていますか?
今日は宇宙船の「七五三」についてお話します。
日本の文化について「いんたーねっと」発見までは光学観測に限られていたとお話していましたね。さて、宇宙船の地球光学観測は結構優れていまして、たとえば地球上の開けた場所で本を広げていたとしたら、その文面はほぼスキャンされていると思って間違いないです。1mmレベル以下の解像度で常時観測し情報収集され、特定のイベント条件に引っかかれば過去にさかのぼって解析されるため、外で行われている出来事についてはアリ一匹の動きまで詳細に観測記録が残ります。
あ、ちょっと怖いと思いましたか?私もちょっと思いますが、宇宙船ではプライベート空間以外は大体こんなレベルでどこも観測記録されているので今更ですね。ともかく、そんな光学観測により詳細がすでに判明している日本のイベントもかなりありまして「七五三」もほぼ日本と同じくらいの精度で、宇宙船で再現がされています。
「七五三」は、七歳、五歳、三歳の子供たちの成長を祝う、日本の伝統的な行事です。着物を着て神社に参拝し、千歳飴を手に家族写真を撮る──その1つ1つが成長の節目を祝う大切な風景です。ここ宇宙船でも、七五三は日本文化の代表的なイベントとしてよく知られています。私たちの公共区では神社を模した建物があり、着物姿の子供たちが家族と一緒に記念写真を撮っている様子を見ることができます。もちろん、宇宙船仕様のアレンジもあるんですよ?たとえば千歳飴は特殊加工された甘味料でできていて、口に含むまで溶けることがありません!
私はそんな千歳飴を口に含みながら、今日は1人で神社の境内を歩いています。のんびり散策はいいですよね。着物姿の子供たちを見ながら、このイベントに込められた「成長を祝う文化」を感じていました。
……ところが、様子のおかしい女の子がいます。1人でスタスタ歩いていますが大人が付いている様子はなし。ピンク色の着物に細かな花柄がゆらりゆらりと、歩くのに合わせてかわいく揺れています。手に持った小さなきんちゃく袋の中には千歳飴が入っているようで、時折手を入れては飴を口に運んでいました。
「千歳飴、美味しい?」
「あげないよ?」
あれ、残念……いえ、本当に欲しかったわけではないですよ?私は目線を女の子に合わせながら会話を続けます。
「1人なの?」
「お母さん、迷子なの。じっとしてなさいって言ったのにどっか行っちゃったの。」
「どっか行っちゃったかー。どこかに行く予定があったの?」
「写真を撮るって言ってた。どこかはわかんない。」
「そーかー。神社でお祈りは終わったかな?」
「えーと、ごしょごしょして、ぱっぱってした。あっちで。」
女の子が指さしたのは神社の方。お祓いは終わって写真を撮りに行く途中ではぐれたかな?あまり連れまわすのはよくないだろうし……。
「そっか。じゃあね、写真を撮る場所を一緒に探してみようか。お母さんもそこにいるかもしれないよ?」
「知らない人についていっちゃだめなんだよ?」
「あ、私はね、ぱるねっていうの。これで知ってる人!」
「そっか!えっとね、みろあは、みろあ。お母さん探すの手伝って?」
「いいよー。じゃあ、とりあえず境内の中を歩こうか。」
お母さんが戻ってる可能性も考え、まずは神社の方に向かいます。赤い柱の鳥居をいくつもくぐり、砂利道の参道を歩きました。みろあちゃんを見るときんちゃく袋をゴソゴソしながら悲しそうな眼をしています。
「お姉ちゃんも千歳飴持ってるんだよ。食べる?」
「うん!ちょうだい。でも、食べ過ぎたらお母さんが怒るの。」
「じゃあ、ゆっくり食べようね。あ、亀の模様だ。これ上げるね。」
境内には他にも七五三の和装をした親子が何組か歩いていました。ただ、慌てた様子の人は見えません。この辺りにはいないようです。私たちは写真撮影エリアらしき場所に向かってみました。
「みろあちゃん、お母さんってどんな服を着てるのかな?」
「赤いの!」
「赤い着物……、の人は結構いるねえ。これはすぐには見つかりそうにないぞ。」
「お母さんには困ったねえ。」
「!あはは、こまった、こまった。あ、写真スポットはあのあたりかな。」
みろあちゃんは将来大物になりますね。さて写真撮影エリアですが、小さな池の水面に赤い鳥居から続く参道と奥に見える神社の境内が上下対称に映し出されていました。池のほとりを囲んでいるモミジの木は紅葉に照らされ、いくつもの葉が水面に揺れていて幻想的です。カメラマンの人が大きく手を振ると、池のほとりに立つ親子が笑顔になってポーズを決めます。その一瞬を、シャッター音が切り取りました。
「へえ、ここ綺麗だねえ……。」
「池がキラキラしてるねー。」
「すみません、写真撮らせてもらいますぅ~。(パシャ!)」
あれ?情景に見とれていたら、私たちを撮ってる女の人がいます。赤い着物……、あれってもしかして、みろあちゃんのお母さん?女の人は遠慮なく何枚か写真を撮ると、こちらのほうに歩いてきました。
「ごめんねー、みろあ!あんまり風景が綺麗だから、あちこち撮影してたら迷っちゃって……。」
「もー、ダメだよ、お母さん!写真撮りながら歩いたら迷子になるって、いつも言ってるよ!」
「みろあちゃんのお母さんですか?あの、写真撮る人なんですか?」
「あの、すみません。みろあの面倒見てもらったようで……。はい、風景写真家やってます。今日も娘の七五三がてら、境内の写真を撮っていました。お祓いまではちゃんと済ませたんですが、つい風景に夢中になってしまって。本当にありがとうございました。」
「記念撮影がまだだよ!」
「あ、そうねえ、……あの、すみません。みろあと一緒に写りたいので、シャッター押してもらっても良いですか?」
お母さんは、池のほとりの一番きれいなところまで歩き、みろあちゃんと向かい合いました。背景には赤い鳥居と、紅葉したモミジが水面に映り込んでいます。お母さんがみろあちゃんの肩にそっと手を置いて、優しく微笑みました。
「2人とも、こっちみてー、はい、笑ってー!」
パシャリ。切り取った四角い風景には、柔らかく笑うお母さんと、ちょっと得意げに、にーっとしているみろあちゃんが、楽しそうに並んでいました。子供の成長を願い、祝う七五三の情景が、優しくそこにありました。
さて、今日はお時間となりました。いんたーねっとの情報で知りましたが、昔の日本では子供の成長は、本当に貴重で、神様に感謝すべき出来事だったようですね。今の日本に住む貴方には、成長を見守り、応援している誰かが居ますか?どうかその成長や幸せを、大切に見守ってあげてくださいね。――それでは、また。
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