第8話 決闘



 竜舎から飛び出したライドは、校庭を歩いていた。胸中には渦巻くような感情が広がっている。


「なんでだよ……竜と共に歩むためにここに来たのに、竜にすら嫌われるなんて……」


 拳を握りしめ、苛立ちを押し殺そうとするが、どうしても頭の中で先ほどのドラゴンたちの怯えた表情が蘇ってしまう。竜の視線の冷たさと、背を向けられた瞬間の孤独感は、彼の心に深い傷を刻んでいた。


「俺の何がいけねえんだ……」


 ため息をつきながら校庭を抜け、いつもの中庭に向かおうとしたその時、何か騒がしい声が耳に届いた。足を止め、声のする方を窺うと、そこには不良生徒たち三人に腕を掴まれているミアの姿があった。


「おいおい、そんなに冷たくすんなよ。一緒に楽しく遊ぼうぜ」 「なぁ、少しくらい愛想よくしろよ。俺たちA組の貴族様なんだからさ」


 軽口を叩きながらも、男たちの手つきは強引で、ミアの細い腕を乱暴に引っ張っている。ミアは無表情のまま彼らを見上げるが、その瞳には明らかな不快感が滲んでいる。


「やめろよ……」


 最初は低く呟くような声だった。しかし、ライドの中で沸き上がる怒りが、その声を徐々に大きくしていく。


「おい、やめろって言ってんだろ!!」


 はっきりとした声が中庭に響き渡った。不良たちは驚いたようにライドの方を振り返る。


「なんだてめえ。口を挟むんじゃねえよ」


 腕を掴んでいた男が、不機嫌そうにライドを睨みつける。しかし、ライドは怯むことなく彼らに歩み寄った。


「離せよ。こいつが嫌がってるのがわからねえのか?」


「はっ、誰に向かってそんな口を利いてるんだ?」


 一人が鼻で笑いながら答える。もう一人の手下と思われる生徒がライドを指差しながら言った。


「こいつ、竜将軍の息子とか言われてたのにD組に行ったやつですぜ」


 その言葉に、不良たちは一斉に笑い声を上げた。


「なんだ、ホラ吹き野郎じゃねえか」


「……なんだと?」


 その一言に、ライドの怒りが頂点に達する。彼は男の胸ぐらを掴み、力強く引き寄せた。


「てめえ、もう一回言ってみろ」


「おいおい、竜将軍だろうが、平民の成り上がりじゃねえかよ。所詮、俺ら貴族の駒だろうが!」


「お前らみたいな奴が……!」


 拳を振り上げようとした瞬間、冷たい声が割って入った。


「やめなさい」


 静かだが威厳に満ちた声だった。不良たちもライドもその場で動きを止め、声の主を振り返る。


 そこには、王女アリシアが立っていた。その凛とした佇まいに、中庭の空気が一瞬で張り詰めた。


「ミアさん、こちらに」


 アリシアの側に控えていた従者の女生徒が、ミアの手を取り、不良たちから引き離した。無事を確認すると、アリシアはライドと不良たちに向き直る。


「王女様……これは、その、平民がつけあがっていたので、身の程を教えていたのです」


 不良の一人が、慌てて言い訳を始める。しかし、アリシアは冷たく彼を見据えた。


「同じ学園の生徒である以上、貴族も平民も関係ありません。同じ学友として助け合い、敬うのがこの学園の方針です」


「ちっ、おい、王女に助けられて良かったな、ホラ吹き野郎」


 不良が捨て台詞を吐きながら立ち去ろうとしたその時、ライドは鋭い声で呼び止めた。


「待てよ。ミアに謝れよ」


「……はぁ?誰がそんなことするかよ」


 不良は鼻で笑いながら言い捨てる。


 その瞬間、静かだったミアが一言呟いた。


「決闘」


「……なんだと?」


 その言葉に、不良だけでなく、ライドやアリシアも目を丸くした。


「決闘を申し込む」


 ミアは毅然とした態度で不良たちを指差し、その言葉を叩きつけた。


「お、おい、ちょっと待て!決闘って何の話だよ!?」


 混乱するライドをよそに、ミアと不良たちの間で話がどんどん進んでいく。


「おいおい、マジかよ。女子が俺に決闘?お前竜を連れてるのかよ?」


 不良が嘲笑する。


「必要ない。代理で……彼が出る」


 ミアは迷いなくライドを指差した。


「何勝手に決めてるんだよ!」


 ライドは慌てて突っ込むが、ミアは全く意に介さない。


「ははっ、いいぜ。条件を立てな。そっちが勝てるとは思えないがな」


 不良は楽しげに言う。


「私が勝ったら、謝ってもらいます。負けたら……その人が学園を辞めます」


「……ちょっと待て!」


 ライドの抗議も虚しく、不良たちは笑いながら言った。


「面白ぇ。2時間後に訓練場で待ってるぜ」


 そう言い残し、不良たちはその場を去っていった。


「ミアさん、私がいるからと図りましたね」

 アリシア王女は少し苛立った様子でミアに向かって言った。ミアは無言のまま、王女に向けてピースサインを送る。


「ちょっと待ってください! これ、どういう状況ですか?」

 ようやく事態を把握し始めたライドが、王女に問いかけた。


「申し訳ありません。ミアさんが突然『決闘』を宣言したため、私も対応せざるを得ませんでした」

 王女は静かに説明を始めた。


「決闘はこの学園において特別な校則で認められています。王家の者が立ち会っている場合、その場で宣言が認められ、決闘が成立します。そして勝利者の言い分が、王家の名のもとに正式に認められるのです」


「それで代理で俺が巻き込まれた、と……ミア、なんてことしてくれるんだよ!」

 ライドがミアに詰め寄るが、彼女はどこ吹く風といった態度だ。


「勝てばいい。それに、あなたも納得しなかったでしょ?」


 ミアは静かに言い放ち、そのまま女子寮の方向へ去っていった。


 その様子を見たアリシアはため息をつきながらライドに近づき、小声で囁いた。


「申し訳ありません。彼らを止めるつもりだったのに、逆に巻き込んでしまって……」


「それより、あいつらのこと教えてくれませんか?」


 ライドが尋ねると、アリシアは頷きながら答えた。


「彼はガイア・リディル。リディル家は代々武闘派の貴族として有名で、腕も確かです。特に彼の相棒のドラゴンは、まだ若いながらも優れた攻撃力を持っています」


「そりゃあ、厄介だな……」


 ライドが苦笑いすると、アリシアは彼をじっと見つめた。


「それと……一つだけ伺ってもよろしいですか?あなたの名前を教えていただけますか?」


「ライド・エヴァンスです」


 その名を聞いたアリシアは、驚きと懐かしさが入り混じった表情を浮かべた。


「まさか……竜将軍の……」


「父を知ってるんですか?」


「ええ、幼い頃にお会いしたことがあります。とても優しくて、竜騎士の誇りそのもののような方でした」


 アリシアの言葉に、ライドは少しだけ顔を上げた。


「……父みたいにはなれないかもしれないけど、俺、やってみますよ」



 放課後、決闘の時刻まで時間が迫っていた。ライドは中庭を後にし、校内の廊下を歩いていると、息を切らしながら追いかけてきたフィーニスに声をかけられる。


「ライド!ちょっと待って!」


「おお、フィーニスか。悪い、急いでるんだ」


「急いでるって……まさか決闘を申し込んだって本当なの!?」


 フィーニスの言葉に、ライドは肩をすくめる。


「本当だよ。ってか、決闘申し込んだ奴は別で俺が代理で戦うことになった」


「えええ!?なんでそうなるの!?」


 フィーニスは目を丸くしながら驚愕している。


「俺だってわからねえよ。気づいたら話が進んでて、気づいたら相手は放課後に訓練場に来いって言ってた」


「……本当に君は、何を考えてるかわからない人だね」


 フィーニスは困惑しながらも、冷静に話を続けた。


「それにしても、決闘についてちゃんと知ってるの?一応ルールがあるんだよ」


「え、そうなのか?」


 ライドが立ち止まり、フィーニスの方を振り向く。


「決闘は魔法学院が開発した訓練用の結界の中で行われるんだ。その結界には特殊なバリアがあって、有る程度のダメージは防いでくれる。だから致命傷にはならないけど、ダメージが蓄積するか、即死級の一撃を受けると、そのバリアが破られて敗北が決まる仕組みになってる」


「……それじゃ、意外と安全なのか?」


「ううん、安全なんて言えないよ。訓練用とはいえ、相手の攻撃をまともに受け続けたらバリアが破られるだけじゃなく、相当な痛みがあるはずだし、精神的な負担も大きい」


 フィーニスの説明に、ライドは思わず額に手を当てた。


「……というと、竜無しの俺、完全に不利じゃねえか」


「そうなんだよ!決闘は基本的に、竜と竜騎士が連携して戦うのが前提なんだ。竜無しで戦うのは無謀と言ってもいいくらいだよ」


「……今更引き下がるわけにもいかねえだろ」


 ライドは苦笑しながら呟く。フィーニスは眉をひそめ、心配そうに彼を見つめた。


「でも、退学したらもう二度とこの学園に戻れないんだよ? 初日で竜無しだからといって焦る必要はないと思うけど……」


「いや、いずれは同じだろうな。今日の感じで竜無し状態じゃ、遅かれ早かれ追い出されるだけだ」


 ライドの言葉に、フィーニスは返す言葉を失った。


「それに……王命なんだろ?そういえば、それって俺にも何かメリットがあるのか?」


 フィーニスは少し考え込んだ後、校則が書かれたノートをめくりながら答えた。


「……一応、代理で戦う場合、勝利したら王家の者に願いを一つ申告できるって校則に書いてある」


「それだ!それが俺の狙いだ」


 ライドは突然笑みを浮かべた。その表情にフィーニスは驚く。


「……どういうこと?」


「もし勝てば、王女様に俺の願いを伝える。竜無しでも認められるように、なんとか手を打ってもらうんだ」


「そんな……でも、それほど簡単な相手じゃないよ。相手は武闘派で知られるリディル家のガイア・リディルだよ?」


「そいつがどんな奴だろうと関係ねえ。俺にはやるしかないんだ」


 ライドは決意を新たにし、再び足を進め始めた。その背中を見つめながら、フィーニスは小さく溜息をついた。


「……わかった。僕も何かできることを探してみるよ。でも、無理はしないでね」


「ありがとうな、フィーニス」

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竜に嫌われた俺が竜騎士学園に入学したら、竜人少女と運命を共にすることになった件 鬼の子マイク @Oninoko3

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