終活をエルフとともに

富永 牧

エルフと幸子


「これでよし」


 幸子はオリーブの苗を植木鉢に埋めて言った。

『あなたの願い事が叶う』という言葉に惹かれ、つい買ったのだ。

 三十五歳、恋人無し。仕事は充実してるし、それで満足だけど。


「結婚はしたくありません。けど最期はイケメンに看取られたい、なーんて……」


「その願い叶えてやる」


 幸子の独り言に、どこからか声が聞こえ、オリーブの木が輝きだす。

 幸子は鉢植えから慌てて離れる。光が消えると見知らぬ人物が立っていた。背中まである金髪、尖った耳、色白の肌。長いローブのようなものを着ている。体つきは華奢で少年にも少女にも見えた。しかし、不審人物には違いない。

 幸子は叫び、持っていたスコップをその人物に投げる。


「どっから現れた、この不審者!」


「いたっ! お前が呼んだだろ!」


「なに言ってんだっ!」 


 幸子は謎の人物に蹴りを入れる。それが幸子とオリーの最初の出会いだった。


 ピピピッ。アラームが鳴る。幸子が目を開けると、誰かが見下ろしている。


「なんだ、まだ生きてたのか」


 その人物はがっかりしたように言った。幸子はイライラしながら言い返す。


「朝は、おはよう。何度言ったらわかるのよ」


 注意すると、その人物は無視してオリーブの植木鉢に向かう。

 突然現れた人物、オリーと暮らして一週間過ぎた。本人曰く、自分はエルフであり、幸子の願い『イケメンに看取られたい』を叶えに来た、と言い張っている。

 確かにオリーはイケメンではある。でも。


「性格もイケメンでって言っときゃよかった」


 幸子は呟きテレビをつけた。海が映し出される。すると、オリーの目はくぎ付けになる。


「海好き?」


「別に。ちょっと、故郷に似てただけ」


 幸子が問うと、オリーは慌てて首をふる。

 しかしじっと見つけているオリーに、幸子は罪悪感を覚えた。


「私のことはいいから、帰りたかったら帰りな」


「お前を看取るまで帰れない」


「悪いけど、アンタのために今すぐ死ぬ気はないから」


「わかってる」


 オリーは言った。全てを諦めた目だった。

 ああ、嫌だ。イライラが増してくる。


「言っとくけど、アンタがここにいる間は私が保護者だからね。私の言う事聞いてもらうよ」


 幸子はにやりと笑った。帰れないなら、ここにいる間は、楽しい思い出を作ればいいだけのことだ。


「今から海に行くよ!」

 

 携帯の電子音が鳴る。幸子は目を覚ますと、笑顔のオリーと目が合った。

 オリーは笑顔でベットに飛び乗り、幸子をせっつく。

「やっと起きたか、幸子! 早く旅行に行くぞ!」


「わかったわかった。今起きる」


 幸子は苦笑し重い体を起こす。

 オリーと幸子が出会って二十五年が過ぎた。最初のぎこちなかった二人の関係は、今となっては笑い話だ。

 幸子は退職すると、退職金でキャンピンクカーを買い、今日から最大の思い出作り、日本一周旅行を始める。


「ねえ、私も運転してもいい?」


「運転席は譲らないよ。というか、なんでオリーに免許が取れたのか、未だに謎なんだけど」


 オリーの面差しは、出会ったと全く変わっていない。反対に幸子は、年相応に体力の低下と、目尻と口元に皺ができている。


「免許だけじゃないよ。介護士も行政書士も他にもいろいろ資格を取ったんだから」


「日本の行政、エルフに甘すぎ。まあ、私も安心して死ねるのはいいけどさ」


「やめて、縁起が悪い。どうせ死ぬなら、旅行が終わってからにして!」


 幸子とオリーは互いにげらげらと笑った。


 オリーは暗い森を歩く。その腕に、オリーブの鉢植えを抱えていた。


「戻ってきたのか」


 どこからともなく、ローブを身にまとった髭の長い老人が姿を現す。


「お前が戻ってきたということは死んだのか。魔王の娘は」


「はい」

 オリーは頷いた。


「お前が殺したのか」


「いいえ」

 オリーは首を振る。


「なぜ殺さなかった。その者は、お前の両親を殺した憎き仇の娘だぞ!」


 老人の背後からもう一人現れ、オリーをなじる。


「幸子は普通の人間でした。父親のことを知らずに生きたんです。病に侵されていても、私と一緒に思い出を作ってくれる、優しい人間だった」


「たかだか数十年一緒にいただけで、絆されよったか。お前を魔王の娘の監視にやったのは、間違いだったな」


「裏切者!」


「汚らわしい!」


「ここから立ち去れ!」


 次々とエルフが現れ、オリーを激しく罵る。


「こちらには報告に上がっただけ。戻る気などこれっぽっちも無い」


 オリーは憐れんだ目をエルフ達に向け、去っていった。


 オリーは森を出た後、小高い丘につく。そこから美しい湖が見渡せた。穴を掘り、オリーブの木と、鉢に隠してあった幸子の遺骨を埋める。


「昔、私が住んでたんだ。幸子に見せたかった」

 オリーは木に話しかける。


「幸子にもし魔王の力が目覚めた時、すぐに殺すために私が送られてきたんだ」

 ザラリとした木肌を撫でた。


「幸子と一緒にいれて楽しかった。私、幸子の願い叶えられたかな」

 オリーは最期の幸子の笑顔を思い出した。


「生まれ変わっても、ちゃんと起こしに行くから。それまでおやすみ。いい夢を」


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