第2話 自由気ままな鬼の青年

「でさあー、北の通りで移民追放運動やってたから、やべってなって。バレるかと思ってヒヤヒヤした。」


「正式に移民として手続きしてきたらどうかな。きちんと審査が通れば移住権だけでも得られると思う。私が力になれれば良いんだけど。」


「いやーまあ、いいよ。今のところ捕まらない限り問題ないし。ハイドラのやっさんも良くしてくれてるし。今はまだこののらりくらり生活を楽しみたいっていうか。」


目の前にいる”鬼”の青年は、グラスに注がれたアグラスベリーの炭酸割をぐいっとあおったのち、静かに首を降った。

”鬼”とは、東洋の国に住む、額から生えた角と尖った牙、そして他種族を凌駕する物理的な力を持つ破壊を得意とする種族だ。今から数百年前、東洋の国から鬼の一族が移住しこの地に根付いた子孫がほとんどだが、稀にこの彼、セイさんのような者も存在する。


俗にいう『違法移民』だ。


正式な永住手続き、移住権、旅行権を持つ者もいるが、セイさんは数十年前に船の荷物に紛れてこの地に来たらしい。

セイさんは気だるげな雰囲気と言動とは裏腹に、人懐っこくやるときはやる男と聞いた。基本的にその日暮らしをしているため、普段は友人の家や懇意にしているギルドで生活している。先日うちに来たハイドラさんとリィサさんのギルドは、そんな彼の生活拠点の一部となっている。鬼がもつ腕力は獣やモンスターを狩るためには重宝されるのだ。


「あ~そういえば~。リィサが今日ここに来ると思う。何だっけ、頼んでいた傷薬を引き取りに来るって。」


言いながら彼は、空になったグラスに2杯目の催促をしてきた。投げられた言葉の内容を咀嚼しながら、アグラスベリーの炭酸割の用意する。アグラスベリーのジャムの蓋を開けると、ベリー特有の酸味と甘味の風味が私の周りに広がった。


「ああ、その通り。もうすぐ来るはず。というかセイさん、リィサさんともう会っているんだね。リィサさんは最近ギルドに入ったって聞いたけど。」


彼曰く、数日前ギルドに顔を出したそうだ。何でも、近いうちに大型草食獣の集団討伐があるから、討伐メンバーとして参加するためのミーティングに顔を出したとか。その時にハイドラさんからリィサさんを紹介され、顔見知りになったそうだ。当店に初めて顔を出した日の私への対応と同じように、セイさんは質問攻めにあったそうな。


質問攻めにされた時のことを思い出したのか、机に肘をつきながら遠い目をしている彼に完成したアグラスベリーの炭酸割を差し出す。


「いや~もうびっくりするくらい色々聞かれた。鬼って何~!?とか、私が読んだ本の鬼は着物って服着てたのにあなたは違う!とか、角触りたいとか、最後には怪力を見てみたいとか。何でも聞きたがる年齢の子供より色々聞いてきた。」


「容易に想像できるね。…角を触らせてあげたの?」


「それは断った。さすがに角はね~。俺のパーソナルスペースっていうか?代わりに硬い殻の木の実を素手で潰してあげたら喜んでた。」


セイさんはやれやれ、と肩をすくめた。無理やり何かしてこないから害はないけど好奇心が旺盛なのも困りものだね、と軽口をたたいている。

そんな噂をすれはなんとか。店の前を見慣れた赤髪の少女が通り過ぎていくのが見える。少女は店内の私とセイさんに気が付き、ぱあっと笑顔になって窓越しに手を振ってきた。2人の視線が自分に向けられたことを確認したのち、ドアを勢いよくあけた。


「マスターこんにちは!セイもこんにちは!」


「はいはいどーもこんにちは~。」


「こんにちは。頼まれていた傷薬、作っておいたよ。」


リィサさんはニコニコしながら「ありがとう!!」と言い、セイさんの隣に座った。疑っていたわけではないが、2人が顔見知りなのは本当のようだ。見るところ、親友とまではいかないが、それなりに親しい知人同士くらいの間柄に見える。リィサさんはセイさんの飲んでいるベリーの炭酸割に興味を示しているが、セイさんはどこ吹く風な態度でスルーしている。


「それ、この前お店に来た時マスターがハイドラさんに勧めていたやつだよね!今度お給料が入ったら飲みに来るね!」


「ああ、待っているよ。アグラスベリーはこれからが旬なんだ。しばらくは仕入れる予定があるから、いつでも来てくれると嬉しい。」


メニューの宣伝をしながら、私は頼まれていた傷薬をまとめた木箱を取り出す。緑、赤、青、透明と色とりどりの瓶が、木箱の中でひしめいている。お金は先に貰っていたから、リィサさんから受け取るものはなく、頼まれていた商品を渡すだけだ。


何か気になることがあるのか、リィサさんはきょとんとしながら木箱の中を隅々まで覗いている。何かミスがあったのかと思い、彼女に声をかけてみたが、どうやら違うらしい。


どうやら、カラフルな傷薬を眺めて好奇心を掻き立てられたらしい。私はどこから話すべきか考え、あまりまとまりがないながらも知識を紡いだ。


傷薬の種類は主に5つあるが、今回は頼まれていた4つの傷薬について話すことにした。


①メディション…メディと略される。ベースとなるシンプルな液体傷薬の1つ。一番安価で手に入りやすいが、治せる怪我の範囲が狭く体力回復効果も少し。持っておくと安心かも、くらいのもの。幹部に吹きかけるスプレー式のものと飲むタイプのものがある。透明の液体で、ぱっと見は水と変わらないため保存、所持の際は容器への明記が必須。呼ばれ方はメディ、ベース傷薬、液体傷薬など人により様々だ。


②ベルディメディ…ベルディと略される緑の傷薬。メディと比べて回復量が少し多い初級傷薬。


③ロホィメディ…ロホィと略される赤の傷薬。ベルディと比べて平均的な回復量の中級傷薬。


④アスリィメディ…アスリィと略される青の傷薬。ロホィと比べて回復量が多い上級傷薬。


メディ、ベルディ、ロホィ、アスリィ全てをまとめてメディ、傷薬と呼ぶこともある。更にこの上に満足回復薬、完全回復薬、状態異常薬もあるが、今回は依頼されていないため説明は割愛した。


私は木箱の中に入っている傷薬を1種類ずつ取り出し、彼女に説明した。リィサさんは眉間に皺を寄せながらも、話についてきた様子だった。調合についての詳細や専門的な技術はさておき、この世界で生きていくためには必要な知識だから、可能な限り丁寧に解説した。獣やモンスターの討伐を生業にしているギルドに所属している彼女なら、この先これらの傷薬にお世話になる機会があるだろう。使っていくうちに理解できるから心配はないと付け加える。


「最初はどれがどれだか分からないけど、いつか慣れるからまあ大丈夫っしょ。」


「へー。セイもチンプンカンプンな時があったんだね!私も早く覚えなきゃ!あ、マスターの話聞いてて思ったんだけど、私でも傷薬みたいなの作れますか?」


「作ること自体はできるけど、調合師の資格と知識が必要だ。だから、普通の人は誰かに提供することは不可能なんだ。」


探求心を隠せていないリィサさんと話半分に聞いているセイさんを横に、掻い摘んで話す。


傷薬の調合の上で、最低限必要な材料は3つ。


1つ目はベースとなる液体の傷薬。多くの場合はメディが使用される。私のこの調合屋ではオーダーによって別の液体傷薬を使うこともあるが、基本的にはメディを使用する。

2つ目は粉薬。主に葉っぱ、木の実などの植物を干して乾かし、粉にしたものが使用される。

3つ目は生薬。植物以外にも動物の体の一部を加工し調合することがある。有名なのは草食獣の角、爬虫獣のしっぽなど。


「けものやモンスターのしっぽ…」


「その辺は本とかでも知ることができる簡単な調合の知識だよね。俺でも知ってる~。ほらリィサ、今度ギルドで大型草食獣の集団討伐あるじゃん?あれで捕まえた草食獣の体の一部は生薬の一部として売ったりするんだよ。」


「へえー!じゃあ、草食獣にも感謝しながら捕まえなきゃね。私たちの生活に欠かせないし。」


リィサさんは何かに納得したように、うんうんと頷いている。そんな彼女には目もくれず、セイさんはソーダ割りを一気飲みし、代金をカウンターに置いた。席を立ち去ろうとする彼を見て、彼女はあっ!!と大きな声を出したかと思うと腕をつかんだ。

何でも、草食獣の集団討伐の件で確認したいことがあるから、ギルドに来てほしいとのことだった。最初は面倒そうに話を聞いていたセイさんだったが、話の中身を聞いて気を取り直したらしい。


「じゃあ、俺らはこれで。マスター、また来るね~。」


「傷薬ありがとうございました!またよろしくです!」


「またのご来店をお持ちしているよ。ハイドラさんにもよろしく。」


2人分の足音が、ドアの隙間から駆け抜けていくのを感じ、私は軽く背を伸ばした。時計を見ると、お昼になる少し前だった。


まだまだ1日は終わらない。



_________________


【キャラクター解説】

名前:セイ

年齢:見た目は17~18歳くらい

身長:175㎝前後

種族:鬼


【セイについて】

数十年前に東洋の地から来た鬼の青年。この地に根付いている鬼一族とは関係なく、密航で来た違法移民。フリーランスのハンターといえば聞こえはいいが、特定のギルドに所属するでもなくのらりくらりと暮らしている。気だるげで取っ付きにくい印象とは裏腹に、人懐っこく好かれやすいため普段は友人の家や懇意にしているギルドを転々とする日々を送っている。

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異世界喫茶「調合屋」の日常 思案中 @siantyuu

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