君のいない明日


***



 湊斗が亡くなって五日が経った。未だに信じられないけれど、この五日間に家のチャイムが鳴っても立っていることはないしスマホが通知で震えても湊斗からのメッセージは来ない。こうした一つ一つがもう湊斗はいないのだと現実を突き付けてくる。スマホを起動してどのアプリを起動しても湊斗のいた形跡がなく、本当に何も残さなかったのだと思い知らされた。

 湊斗が亡くなった日の夜、悠真くんからメッセージが来ていた。二人で夏祭りに行った次の日の明け方に容態が急変し、朝方に息を引き取ったのだと。お通夜の日程を送るからできるようなら来てほしいと。それに私は返信することしかできなかった。

 五日が経った今日、私は湊斗の家に足を運んでいる。悠真くん伝てで湊斗のご両親に連絡を取り、遅くなったがお線香をあげさせてもらうためだ。湊斗は何回も私の家に来てお母さんとも話すことがあったのに、私は湊斗の家も知らなければ家族も知らない。悠真くんに湊斗の家まで案内してもらい、チャイムを鳴らす。

 五秒ほどで鍵が開く音がし開いたドアからはどこか湊斗に似た雰囲気を持つお母さんが顔を出した。


「あなたが紬ちゃんよね」

「はい。遅くなってごめんなさい」


 悠真くんは「それじゃあ、ここで」と帰っていき、私は湊斗のお母さんに招かれ家に入る。家にはお母さん一人でお父さんは仕事らしく、「息子が亡くなったというのに私たちは当たり前の生活を取り戻さないといけないのよね」と悲しそうに笑った。


「ちょっと、お話ししない?」


 湊斗にお線香をあげ終わり立ち上がるとリビングで座っていたお母さんに声をかけられる。


「はい」

「お話って言っても堅くならないでね」


 「ここにどうぞ」とお茶を置かれた向かい側の椅子に腰かけ、お礼を言い一口お茶を飲む。顔を出すのが遅くなったこと、湊斗を連れ回したことを責められると思い肩をすくめる。


「紬ちゃん、ありがとね」

「え……」

「あの子のために色々やってくれたんでしょ?」


 湊斗のお母さんは少し目を伏せて話始める。湊斗の病気のこと、余命宣告された日からのこと。湊斗の病気が見つかったのはちょうど一年前、高校一年の夏だったそうだ。それからしばらくは自暴自棄になっていたが十月のある日から病気になんか負けないとまた今まで通りに強く頑張ってて、そんな中余命宣告されたのが今年の七月のこと。「私たちも信じられないのにあの子はつらい様子を一切見せずに、笑ってばかりだったのよ」と乾いた笑いを溢した。私が頷いたのを見て話を続ける。


「わがまま一つ言わずに私たちの心配ばかりして、私はあの子が一人で壊れちゃいそうで不安だったの」


 話しながら鼻をすすり徐々に涙を溢すお母さんにつられるように私も涙が流れる。


「でも紬ちゃんのおかげで、あの子はちゃんと心から笑えた。毎日楽しそうに出かけるんだもの」


 「だから、ありがとね」と涙を流しながら笑ってくれた。そんなことない、私こそ湊斗のおかげで笑えたのだと伝えたいのに一度流れ始めた涙は止まることなく、上手く言葉を紡げない。

 しばらく二人して泣き続けると湊斗のお母さんは一冊のノートを差し出す。


「これって」

「あなたが持っておくべきだと思うの」


 差し出されたノートはいつの日か湊斗が教室で開いていたものだ。きっと湊斗が遺した数少ないもの。


「こんな大事なもの……」

「あなたに持っていてほしいんだ」


 まっすぐな目で言われ、断ることもできずに受け取る。あの日はほぼ新品の姿をしていたノートも今は所々折り目があり時間の経過を感じる。「良かったら家で見てくれる?」という言葉に頷き、ノートを胸に抱え家に帰った。


***



・夏の海辺で花火をしたい

 紬のおかげで叶えられた。みんなとする花火はすごく楽しくて、山ほどあった花火が一瞬にしてなくなったのには驚いたなー。線香花火が終わったらもうみんなと花火することはないんだと思うとずっと続けばいいのにって思った。

 紬が一緒にやりたいこと叶えようって言ってくれて本当に嬉しかった。ありがとう。



・一日中映画館で映画を観たい

 家じゃなくて映画館で一日中映画を観るなんて贅沢過ぎた!でも流石にちょっと疲れたから、二本くらいがちょうどいいかも。もっと紬と映画の話したかったな。ありがとう。



 あの日見たページをめくると毎日数行の日記が書かれている。聞いたこともなかった湊斗の苦しみが書き殴られていたり、親や友人への感謝の言葉が書かれていたりする。その中に、私と叶えたことも書かれていて私たちはこんなに一緒に過ごしたのだと実感する。

 さらにページをめくっていくと一番記憶に新しい単語が目に入る。



・好きな人と夏祭りに行きたい

 絶対に叶わないと思ってた。紬にも伝えてないのに悠真が仕組んだな。初めて見る浴衣姿も幸せそうにご飯頬張るところも、全部可愛かった。一緒に花火見れて良かった。ありがとう。俺もずっと好きだったよ。



 ページをめくっても残りは空白で、これが最後だったんだと主張する。もう枯れたと思っていた涙が零れ落ちる。今になってあの日の好きが届いていたことを知った。今になって湊斗の想いを知った。ノートを閉じようとすると後ろのページから四つ折りにされた破られたページが落ちてくる。それを拾うと片面に『紬へ』と書かれており息を吞む。ゆっくりとその紙を開くと丁寧な字で文章が綴られている。




紬へ

この手紙、紬に届いてるかな。正直届かないと思ってこれを書いてます。

何も残したくない、忘れてほしいとか言っておいてこんな手紙残す弱い俺でごめん。

この一か月間、俺の願いを叶えてくれてありがとう。

俺を何度も救ってくれてありがとう。

一年前、病気が見つかってからはしばらく全部がどうでもよくなったんだ。学校も好きなサッカーでさえ嫌になった。

でも十月の文化祭で一枚の絵を見てから変わった。人が少ない場所に行きたくて入った教室で展示されてた紬の絵を見て、本当に感動したんだ。

紹介文見たら、病気で亡くなったおじいちゃんの絵だって書いてあった。

おじいちゃんは強くまっすぐに生きてたんだって、上手く言葉にできないけど、この人の目にはどんな風にみんなが見えてるんだろうって描いた人が気になって、そしたら見に来てくれてありがとうって声かけられるから心臓止まるかと思ったよ。

二年になって同じクラスになったとき、紬は覚えていなかったけど嬉しかった。

仲良くなって、もっと毎日が楽しくなってたときに余命宣告されたんだ。

隠し通すつもりだったしずっと笑っていたかった。

死ぬときは一人でいいと思ってたけどやっぱり寂しくて、そんなとき、また紬に救われた。

紬のおかげで明日が来るのが怖くなくなった。

明日が早く来てほしいと思った。

本当にありがとう。

この先も笑って、幸せに生きてね。

紺野湊斗




 読み終わるころには紙は涙でびしょびしょになっていた。救っただなんて、そんな大層なことしていない。私の自分勝手で一緒にいたのに湊斗はありがとうと言ってくれた。私が覚えていないだけで一年のころに会っていたことも好きでいてくれたことも、もっと早く知りたかった。ありがとうを言いたいのは私の方だ。今、どれだけ思いを伝えようとしてももう湊斗に届くことはない。


 もう感じることができないと思っていた湊斗が生きた証をそっと机に置き私は部屋にあったキャンバスをセットする。コンクールの締め切りは明日。美術部顧問の先生に『明日の十三時までに学校に持ってくるのでコンクールの作品変更させてください』とメッセージを送り、そのまま電源を切る。

 何時間が経っても空腹を感じることもなく、私は無我夢中で筆を走らす。お母さんの呼ぶ声も無視してひたすらに、自分の記憶をなぞるよう丁寧に。気が付けば一睡もせず朝が来ていた。十二時を過ぎてようやく完成した作品を抱え学校に向かった。


***



 ハロウィンの余韻も薄れてきた十一月。コンクールの結果が知らされた。


作品名『明日を生きる』


 顔が見えない少年が描かれているその作品は、少年が生きるはずの明日を残している。最優秀賞とはならなかった作品だが、審査員の特別賞として多くの人の目に留まった。

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君のいない明日を君と生きる 羽澄ゆえ @yue_hasumi

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