ep3.僕はアサシンちゃんに狙われたい。

「僕と付き合う? どっちなんだい?」

「頭に虫でも湧いているのか」

「冷たい反応だね。僕がこうして――」


 ザクリ。


「バカめ……」


 フリッツは首を横一文字に切り裂かれる。

 血が赤い花のように噴き出し倒れた。


「隙を見せるからだ」


 女暗殺者はクールに去るぜ、と言わんばかりに部屋の窓から飛び出した。

 今夜の仕事は完了。これでまた必殺仕事人に近付けたと思った。

 そして、スタリと地面に降り立つと――


「月がとっても青いから♪」

「な、何イイイィィィ!?」


 殺したはずのフリッツは、目の前でおどけていた。


「確実に私は……」

「君はだよ。都合のよい暗殺対象を脳内で作り一人踊ってたのさ♡」

「どういうことだ」

「催眠術を使用した」

(厄介だな……)


 こいつはどこかのドリアンな武闘家か。

 女暗殺者は心の中で、そう突っ込みながら構え直す。

 魔術師という話は聞いていたが想像以上の強敵。

 自分にこいつを殺せるか……少し不安な気持ちになる。


「まだまだ未熟だね。ジニア・アーカロイド」

「えっ?」

「んっ?」

「何故……」

「フフッ……」


 女暗殺者こと、ジニアは驚きの顔を隠せなかった。

 何故、フリッツは自分の名前を知っているのかと。


「私の名前を……」

「今回の仕事の依頼人は僕自身だからだよ」

「はっ?」

「フリッツ・パウルゼンを殺すよう依頼したのは、このフリッツ・パウルゼン自身さ」


 ジニアは頭を抱えた。

 この男は一体何を言っているんだ。

 自分を殺すように依頼する意味が分からなかった。


「ジニアという美しい暗殺者がいるという噂は本当だった。闇ギルドに高額の指名料を支払ってよかった」

「なっ……」

「もう一度言うよ――


 ジニアはハッと気づいた。

 会話中に奥さんだの彼氏だの、やたらと自分の個人情報を訊いていた。

 こいつは暗殺を婚活に利用したのか。

 全裸になったのもワザとに違いない。そう思うと怒りが湧く。


「断る!」


 横一文字に再び切り裂いたが……。


「フッ……残像だ」

「ま、また!?」

「安心して下さい、はいてますよ」


 フリッツは裸になっていた。ただし上半身のみでセーフ。

 しかし、うら若き乙女に裸体を晒す姿は立派な変質者。

 終いには次のようなセクハラ発言をする。


「一緒に愛の既成事実を作りましょう」

「こ、このケダモノめ!」

「可愛げのない子だ。僕の研究した闇魔法で操作してやる――」


 フリッツが何やら呪文を唱えた。黒い渦がジニアを覆う。

 ジニアは自分の意識が遠くなることを理解した。


「な、何を……」

「魔法さ。君を永遠に僕のものにするためのね」


 ピンチ!

 ジニアはこのまま薄い本のような展開に――


 バカッ。


 ――なりません!


 フリッツは後ろから棍棒で殴られ意識はブラックアウト。

 ジニアが見ると革鎧レザーアーマーの男がいた。

 髪は黒く、年齢は20代前半くらいか。


「裸の男が女性を襲っているという通報が入ったかと思うと――」


 どうやらゾリゲン王国の兵士のようだ。


***


 フリッツは気を失い縄で縛られている。

 残ったジニアは兵士に何やら注意されていた。


「こんな夜に女性が一人でいるのは危険ですよ」

「すみません」

「その小刀は?」

「これは護身用で……」

「なるほどね。次からは気を付けるように」

「は、はい」


 ジニアは暗殺者としての未熟さを痛感した。

 自分の姿をあの兵士に見られた。

 まさか無関係な人間を殺すことになろうとは。


(すまないな)


 ジニアはそう思い闇へと消えた。

 それを見た兵士は歪んだ笑みをこぼす。


「これでジニアは僕を殺しに来てくれる」


 手には何やら女性が描かれた羊皮紙を持っている。

 そこにはジニアの顔が精密に描かれていた。


「彼女を追いかけ続けた甲斐があった」


 これは闇で出回る美人女暗殺者の似顔絵。

 ここにもジニアに会いたい男がいた。

 そう己の命を捧げてまで……。



 一方的な人の想い――これほど恐ろしいものはない。

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僕はアサシンちゃんに狙われたい。 理乃碧王 @soria_0223

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