綴り書き 参ノ壱拾参

「あの家族。ちょっとアイツらに似てるもんな。なんだよ曇天。もしかして嬢ちゃんと会えなくなったのが寂しいのか?」

「……今回はありがとうございました。僕。貴方のことは、嫌いではありませんよ。これからもよろしくお願いします」


 ――――ペシャッ。


 いつもなら即答のはずなのに、ヨウムの揶揄いに曇天が答えず、素直に自分の思いを口にし、礼まで言ったという衝撃に固まったヨウムが地面へと落っこちた。


「何やってるんです?」


 ジト目で不思議そうにヨウムを見つめ、眉間に皺を寄せて振り返る曇天。


「こ、腰抜けた……」

「どういう意味ですか? さ、ピィちゃん。帰りますよ」


 動けなくなったヨウムを曇天が抱えるという珍しい光景。もう一度漁師一家と海を振り返って一つ息を吐き、軽く一礼した曇天。最初の一歩を踏みしめて歩き出した。


 こうして、怪異からの抽選券に端を発した人魚伝説はアンドレアルフスの存在を一抹の不安材料として残しながらの幕引きとなった――。


 ――数日後。


 曇天とヨウムの姿はショッピングモール内へ間借りしている自宅兼事務所内にあった。と、いうのも数日前の不審火で安アパートが燃えてしまったからだ。


 火災の原因は分からないが、黒いフードの若い男が目撃されているそうだ。捜査は警察へ任せ、曇天とヨウムは以前の事件で知り合ったこのモールの孫娘の厚意で、モール内の一室を自宅兼事務所として仮住まいをさせて貰うことになったのだった。


 曇天が転がるソファーベッドの周りは相変わらずの散らかりっぷりだ。ベッドに転がりながら曇天が読んでいるのは珍しく童話集で、散らかりまくった部屋をヨウムが甲斐甲斐しく片付けている。


「青人さんの身体へ刃を向けてたのって、ヴェパルさんとヴィオラさんのどちらだったんでしょうね……」

「さあな。案外本物の海影だったりしてな。急にどうしたよ」

「感情の持つ複雑さに頭が痛くなってきました。ですが、触れることが悪ではないのかもしれないと思う自分に少し戸惑いを感じたものですから」


 曇天の言葉に目を丸くして、ヨウムは豪快に笑った。


「ぷっ……あはははっ! お前の口からそんな言葉が出て来るようになろうとは。散々な旅行だったが、悪くなかったのかもな!」


 曇天は、胸元へ本を置き、枕元に放置していた木製の看板を拾い上げて軽く拭いて眺める。


「結局。怪異の便利屋続けることにしたんだな?」

「はい。取材にもなりますしね。それに、貴方と二人だと案外楽しいものですよ」

「き、気色悪ぃ……なんか変なモン食ったんじゃねぇだろうな?」

「どうでしょう?」


 看板を眺める曇天へヨウムが問い掛けると、返って来たのは意外な言葉だった。


「マジかよ!? 怖っ! 天変地異でも起こんじゃねぇだろうなっ!?」

「……それはそれで面白いかもしれませんよ? さあ、そろそろ開けましょうか」


 冗談めかして微笑んだ曇天は、本を閉じて気怠げに身体を起こした。扉に提げた看板をひっくり返して室内へと戻る。


『貴方の怪異のご相談承ります ~青空モール 怪異相談室~』


 静かになった廊下、一人の人物が看板を見つめて立ち止まる。しばらく躊躇い、扉を開けた。


「あ、あのっ。すみません……」

 

「ようこそ。青空モール 怪異相談室へ。どんな怪異でお困りですか――――」

「コイツと、その相棒のオレ様が、そのお悩みちゃちゃっと解決してやんぜ!」

「お話を聞かせて頂けますか?」


「実は――――」



 ――――青空モール 怪異相談室(特別編)人魚伝説の怪 了――――


 

 ★読了ありがとうございました! Ⓒいろは えふ★

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【完結】青空モール 怪異相談室(特別編)~相棒ピィちゃんの綴り書き~ いろは えふ @NiziTama_168

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