綴り書き 弐ノ壱〇
「ああ。ベル。心配したんだよ。さあ、佐藤様にご迷惑だからパパの方へおいで?」
どうやら監視用の紅目の小鳥からの情報を受け取り先回りされてしまっていたようだ。手を伸ばす紅人。ベルは身体を強張らせて曇天の陰へと隠れる。
「潮。これはどういうことだい? お前にはベルをちゃんと視ておくように言いつけてあったはずだよ?」
「っ……だ、旦那様。申し訳ありません。さ、お嬢様。海影と旦那様の元へ戻りましょう」
「い、いやっ!」
ベルの返事に紅人の瞳が冷たく凍ったかと思うと、ベルの声に溶け出したようにじんわりと潤む。
「ああ。ベル。やっぱりお前の声はとっても綺麗で美しい……さあ。パパにもっとその声を聞かせて?」
うっとりと頬を紅潮させ、潤んだ瞳で薄ら笑いを浮かべながらベルへと一歩近づく紅人。繋がれた海影の手を振り解いたベルは、青鬼のぬいぐるみを抱えて走り出した。
「あ、アイツ目がやべぇーぞ!」
「恐らく青人さんの身体はあの洞窟の中です。波止場のこちら側の入り口は塞がれていないようなのでそのまま入りましょう。あの二人を撒ける自信はありませんけど」
宝石の原石が埋まっている洞窟内部の死角や岩陰を利用しながらゆっくりと洞窟の奥へと進んで行く。
「オッサン。そろそろ何か感じたりしねぇか?」
「あっちです。なんだか呼ばれている気がします」
青人が指さす方へ曇天たちは向かっていく。
「行き止まりじゃねぇか! またポンコツ発揮してんじゃねぇぞオッサン!」
「ひ、ひぃぃ! す、すみませ~ん! た、確かにこっちからさっきまで声が聞こえていたんですけど~」
ずずいっと詰め寄るヨウムにミニマム支配人青人が情けない声を上げて涙目になる。青人の背の高さにも青色の原石が埋まっているようだ。
「ピィちゃん。その絵面だと、完全に貴方の方が悪役に見えますよ」
「う、うん。ピィちゃんお顔怖いよ?」
『ドウシテ……ドウシテイツモアオトバッカリ……オレダッテ……愛サレテ、イイハズ……ナノニ……』
「あらあ。追いかけっこはもうお終い? アタシ、まだ全然疲れてないわよ? ほら。みぃーつけた♡」
紅目の小鳥の群れが黒く集まり、人型を成す。狩りを楽しむようにアンドレアルフスは曇天たちへとじわじわと近付いて来る。アンドレアルフス後方の紅人の瞳が俯き加減で揺れていた。
「ほら。ベル。こっちへおいで? いい加減にしないとパパはベルをお仕置きしなくてはいけなくなるよ。悪い子のお風呂は長めにしないと」
「紅人。ベルは嫌がっているみたいだよ? 無理強いは良くないんじゃないかな? 私が先に死んじゃったから、一生懸命私の代わりにベルを育ててくれていたんだと思うんだけど……私が身体を取り戻せば、また四人で一緒に暮らせるようになるんだ。四人で楽しかっただろ?」
紅人の言葉に固まるベル。青人は小さな身体で、紅人を説得して震えるベルを庇おうとしているようだ。
「またか……また俺の邪魔をするんだなアオトォォ! 元々俺たちは三人だった。四人目なんて居ない。要らないんだよっ! この化け物がっ!」
青人の意図とは反対に突然逆上した紅人。口調は荒くなり、いつも穏やかを装っていた目元は釣り上がった。
「べ、紅人ぉ~。こ、怖いって~~!」
ぴぇっと固まった青人がベルの肩へと飛びついてしがみ付く。体勢を崩したベルが尻もちをつき、青人の頭突きが青い天然石の埋まった壁の一部を押す。
壁から弓矢と槍が飛び出し、ガッコンと大きな音がして、真下に大きく口を開けた落とし穴。
「あらぁん♡ ご愁傷様♡」
「こ、このどポンコツ~~~っ!」
「ひぃぃぃぃ! ほ、本当にすみませぇ~~~~んっ!」
壁から飛び出した武器を全部華麗に避けて笑顔で手を振るアンドレアルフス。ヨウムの悲痛な叫び声と共に三人は重力に強く引き寄せられてしまうのだった。
痛そうに顔を歪める面々。顔を上げた先の大岩の上には古びた棺が置いてある。
「痛ぅ……しかし、今回のやらかしはビンゴのようですよ」
「ううっ。実は曇天さんもやらかしだとずっと思っていたんですね? 酷いです……」
立ち上がって埃を払い、三人は棺の方へ歩を進めようとする。棺の横にゆらりと人影が揺れる。
「海影? さっき上に居たよね? 紅パパにお仕置きされてない? 大丈夫?」
「お嬢様。来てはなりませんっ!」
「えっ?」
勢いよく棺の蓋を開けた海影が、中の青人へナイフを向ける。
「旦那様……お嬢様……申し訳……ありません……」
「う、海影? ど、どうして?」
海影の声と手は震えていた。何度も青人へナイフを突き立てようとするが、出来ない。
「お、奥様に頼まれて……でも海影には……私には出来ま、せん……」
ナイフを取り落とした海影は泣きながら崩れ落ちた。
「奥様にも、旦那様にも可愛がり、育てて頂いた御恩があるのです」
「海影さん……」
海影に青人が近付くと、青人の身体は光り出し透けて、棺の中の身体へと吸い込まれていく。しばしの間の後、棺の青人が起き上がって座る。
「パパ!」
明るく弾んだ声を出したベルが、青人へと抱きついた。青人はベルを抱きしめ返す。
「潮っっ! お前! この、役立たずがっ!」
遅れて辿り着いた紅人がずかずかと海影へと近付き、髪を掴んで大岩から引きずり下ろして蹴り上げる。
「うっううっ……申し訳……申し訳ありませんっ……旦那様……」
「やめなさい紅人っ!」
鋭い声と共に青人が紅人を制すると、紅人は憎々し気に固まり手を離す。立ち上がった青人は海影に近付き彼女を優しく助け起こす。
「海影さん。苦労を掛けてしまってごめんね。ずっとヴィーとベルを守ってくれてありがとう」
「だ、旦那様。青人様……ずっとお戻りをお待ちしておりました。お会いしとうございました……それなのに……申し訳ありません……旦那様に刃を向けるなど……どうぞ海影を罰してください」
「ううん。そんなことはしないよ。海影も大切な家族だからね。家族を守れて良かった」
海影の言葉に首を振り、寄り添うベルの頭を撫でた青人は紅人へと向き直った。
「さあ。紅人。悪いことをしたらなんて言うんだっけ?」
紅人は無言で青人を睨みつけて動かない。一歩青人が足を踏み出すと、その足元に鱗が浮き上がり、あっという間に全身に広がった鱗からシュワシュワと溶け出して、泡へと変えていく。
瞬時に広がった泡は空中へと舞い上がり、鍵を包み込んだ一つの大きなしゃぼん玉になった。ヨウムが飛び上がり翼で引っ掻けようとするが間に合わず、しゃぼんは鍵ごと弾けてしまった。
「あ――はっはっは! やった! ついにやってやったぞアンドレアルフス! 邪魔者は消えた。俺のモノだ……。身体が無ければ復活は叶うまい! 全部。全部だ! この村も、地位も、富も皆の名声も! 不老不死ですらもこの俺のモノだ! 俺のになった!」
ふんぞり返って高笑いをする紅人。目の前に広がる海水溜まりを凝視しながらベルの瞳は色を失くしていく。
「まあ! 紅ちゃんおめでとう♡ さあ、可愛い金魚ちゃん。これでパパは一人しかいないわ。家族は一緒に暮らさないと、ね?」
海水溜まりがクラウンのようにポコポコと浮き上がり、その全てが紅人へと吸収される。動けないベルを抱えて、紅人は立ち去っていく。
「アンドレアルフス。佐藤様を丁重におもてなししてあげてください。この村での暮らしに早く慣れて頂かないと……」
「はぁ~い♡」
アンドレアルフスが曇天を見つめて微笑み、消える。なにが起こったのか分からず、曇天とヨウムは二人きりになってしまったその場に立ち尽くすしかなかった。
――――17――――
曇天の怪異伝奇 ~相棒ピィちゃんの綴り書き~ いろは えふ @NiziTama_168
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