綴り書き 弐ノ九

 天頂部分に赤。左側に黒。左斜め下に白。右斜め下には黄色。そして中心には反転している陰陽玉が置いてある。


「このお守り……ママと私、パパと海影のだ。どうしてここに? これも、ママが作ってくれたやつだよ」

「なんかの宗教か?」

「いいえ、奥様は宗教にハマったりはなさっていませんよ」

「この並びと色……もしかして。潮さん。スケッチブックを貸していただけませんか?」


 曇天の言葉に海影がスケッチブックとペンを差し出す。曇天はなにかの表を思い出しながら、天頂部、右側、左側。左斜め下、右斜め下に丸を書いて、それ同士を繋ぐように半円で線を引き、真ん中にも線を引いた。真ん中は星の形になっている。その丸に曇天は各色のお守りを置いていく。


「やはり。陰陽五行ですね。一つ空白のようですが。先ほど非常持ち出し用のリュックを一つ借りて来ました。避難用に地図が入っていると思います」

「お前、それは勝手に盗ったんじゃ……せめて嬢ちゃんに許可取れよ」

「忘れてました。ベルさん。リュックをお借りして開けてみても?」

「え? う、うん。いいよ」


 事後報告の問い掛けに僅か戸惑いながらもベルは了承の意を示す。


「今取りました。これで開けて構いませんよね?」

「おぉいっ!」


 曇天は開けたリュックの中身を確認し、この港村の地図を眺める。地図は水の事故に備えてなのか、透明なプラスチック製の紙にカラー印刷されているようだ。


「ベルさん。このお守りは、何色が誰のでしょうか?」

「えっと、黒いのがママ、赤いのがパパ。白いのがベル。黄色は海影のだよ」

「青人なのに赤色なのか? 奥さん相当青が好きそうなのになんか変だな?」

「そうですね。足りない色も青なんです。緑でもいいんですが……」


 ベルとヨウムの言葉を聞きながら、黒を左側。赤を右側。左斜め下には白、右斜め下へは黄色を置いた。天頂部にあるはずのお守りは見当たらない。


「陰陽五行説とはあらゆる事柄や事象は陰陽の二気から成り、各自然物同士の相生相克の関係から天災や吉凶を占う古代中国から伝わった自然哲学的な思想です。それぞれの自然物の力のバランスが取れている事が最良とされ、そのバランスが崩れることで不都合が起きてしまうという考え方に基づき、バランスを取る方法を陰陽五行表から考えるんです」


 表の半円部分を指差しながら、曇天は各色とそれが現す性質を空白の天頂部から説明していく。


「木は青や緑。木があることで火は燃え上がる。火を表す色は赤。木と火は陽に属し、身体を表すといわれています。土は黄。火が燃え尽きて出る灰は土を肥やし、金を育む。金は白。金属のことです。金の表面には水が生じる。水は黒。木に栄養を与え成長させます。水と金は陰に属し、魂を表します。土は陰陽中間の性質を持っており、中心に据えられる土王説も多いです。こちらが相生の関係です」


 今度は星の部分を指差し、話を続ける。


「次に相克ですが、木は土の栄養を奪い、土を枯らす。火はその熱で金属を溶かしてしまう。土は水を汚す。金属は木を切り倒す。水は火を消してしまう。となります。また、助け合うはずの相生ですが、やり過ぎると逆に助けるはずの相手へ不都合を生じさせてしまうという事態もあり得ます。このバランスの崩れた状態の影響で負の循環に入り、あらゆることが上手くいかなくなると言われています」

「じゃあ、その力のバランスを元に戻せばこの村本来の姿に戻って、オレ等生者は脱出成功。万々歳ってことだな」

「そう簡単にはいかないかもしれませんが、理屈ではそうなりますね。では、本題の身体の場所の割り出しに戻りましょう」


 曇天は陰陽五行表と地図に向き直り。五行表の上に透明の地図を重ねた。それぞれの人物に対応するお守りの色と、施設が重なる。


「この色と対応する人物に深く関係しそうな施設が重なっていそうなのですが……」

「青がねぇんだよなあ……」


 嘴でお守りを全色掴みぶんぶんと振り回すぴぃちゃん。黒と赤が嘴から滑り宙を舞う。


「わわわっ! や、やめてください~! 折角ヴィーが作ってくれた大切なものなんです~」


 慌ててぬいぐるみから飛び出した青人が黒いお守りをキャッチして顔からすっ転ぶ。間に合わず、赤色は地面に落ちてしまった。


「パパ! 大丈夫? あれ? このお守りなんだかごろっとしてる?」

「こっちも他のお守りよりも少し厚みがあるように感じますよ」


 赤のお守りを拾い上げたベル、青人を助け起こし、黒のお守りを受け取った海影が同意を示す。


 曇天へ二人がお守りを差し出すと、青人とお守りを見比べた曇天が全てのお守りの厚みを確認し、赤と黒を開けだした。


「おぉい! 曇天。お守りって開けるとマズいんじゃねぇか? ってコイツ聞いてねぇな……」


 曇天はお守りの中身を取り出し、護符を開き、真剣な表情で中身を確認していた。赤のお守りからは青い小さなお守り。青いお守りの裏には黒の勾玉が描かれている。


 黒のお守りからは勾玉を模した小さな鏡が出て来た。鏡の裏側は赤色だ。鏡は青のお守りの裏の黒い勾玉と綺麗に重なる。


「青色がありました。勾玉の鏡とこの青のお守りはなにか関係がありそうですが、とりあえず、陰陽五行説の絵図に則り並べておきます」


 並べた中心へ反転した勾玉を載せると、勾玉が吸い込まれ、星座盤のように地図と二重に重なった陰陽五行表が出来上がった。


 それぞれの色へ方角を示す、青には東。白には西。赤には南。黒には北の文字も浮かび上がっている。


「すごいね。これ!」

「わあ~曇天さん。魔法使いみたいですね~」


 ベルと青人が驚きの声を上げる。ピィちゃんも拍手をしていた。


「奥様のお守りの配置では赤が上方ではなかったですか?」

「ええ。だから。四つ分右へ回すんです」


 赤を天頂にすると左側は青。右は黄。左斜め下は黒。右斜め下は白になる。


「でも、これだと本来陰の気に属する金属を表す白が陽側となってしまうんです」


 曇天は真ん中の陰陽玉を指差して首を傾げる。


「でも、それぞれの色がこの村の施設へと丁度重なっているように私には見えますけどね」


 確かに海影の言葉通り、地図の真ん中の灯台を囲むように並んだ各色と施設がうまい具合に重なっているようにも見える。が、それぞれが少しづつズレているように見える。


 天頂部。赤色の下には土産物街。右側の黄色の下には山。右斜め下白色の下には棺の小屋。左斜め下黒色の下には夢人魚の像。左側青色の下には波止場の洞窟。各施設の地図の位置だ。


「私の色に関係ありそうなのは波止場の洞窟ですね~。なにも覚えていませんが、向かいましょう!」


 突っ走ろうとする青人をヨウムがひっ捕まえて、波止場の洞窟へと面々は向かった。紅目の小鳥がその行方をじっと見守っている。


「はぁい♡ また会ったわね。哀れな小鳥ちゃん♡ ん~。参謀ボウヤの方がらしいかしら? 邪魔な身体の場所を割り出してくれてありがと♡ それと、おまけのバカインコ?」

「誰がおまけのバカインコだ! このド派手変態鳥。曇天には関わんなって毎回言ってんだろうが!」

「失礼ね。この美しさが分からないなんてやっぱりアンタはバカインコよ。それにその呼び方って語呂が悪くなぁい?」


 頬に指先を当て、身体をくねらせながら首を傾げるアンドレアルフス。睨みつけるヨウムとの間に険悪な空気が流れる。



 ――――16――――

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