綴り書き 弐ノ八

「オッサン! 袋は捨てろっ!」


 青鬼のぬいぐるみから上半身だけ出していた青人は、ヨウムの言葉に慌てて袋を投げ捨てた。


 森の地形を利用し隠れながら移動するも、主に青人のせいで鳥に見つかり、追い掛けられた。


 挙句、紙垂しでの下がるロープを張られた底なし沼に落ちた青人を救出する作業は思った以上に重労働だった。


 故に挑戦者(?)の面々は疲労困憊の表情を浮かべ、棺のある小屋へと戻って来ていた。


「なあ、これ。永遠に祠へ辿り着けねぇ気がしねぇか?」


 皆が避けていた言葉を、ヨウムはズバッと口に出す。当然流れるのは重苦しい空気だ。


「あわわっ。本当にすみませんっ! 私がもっとしっかりしていればっ!」

「いえ。青人さんが皆のために動こうとしてくださってるのは十二分に伝わっています。が、これから先は青鬼の中でゆっくり過ごされてください」

「とんでもありません! 自分の身体のことです。私にもお手伝い出来ることがあるはずです!」


 暗に『もう何もするな』という曇天からのメッセージだが、当の本人には伝わっていない。


 ヨウムが薪に火を貸して、ほんのりと浮かび上がる山小屋と、六人の面々の顔。曇天は眉間の皺を深くし、大きく息を吐き出す。


「地下牢の病室、人魚の保存庫、温泉水の張られた大型水槽がある真っ赤な床の部屋。紅人が隠したがっていそうな施設は全部地下にありました。紅人は、自分の理想郷の邪魔になりそうな不都合なものを全部地下に隠しているように思います。青人さんの身体も生き返られては困るから、地下に隠してあるのではないでしょうか?」


『イツマデ……?』


「ねえ。今、何か聞こえたよね?」

「いいえ。海影には何も……」


『イツ、マデ……?』


 動きを止め、海影に確認するベル。海影は首を振る。


「やっぱり……何か聞こえる、よ……?」


 振り向こうとしたベルを曇天が手を上げて制する。


「皆さん。振り向かないでください。そのまま焚き火を見ていて」


 そう言った曇天は焚き火から視線を逸らさず、視線だけで皆の足を数えだす。


『一、ニ、三、四、五、六、七、八、九、十……十一、十二……』


 繰り返し数えて動きを止めた曇天がピィちゃんへ耳打ちをする。


「何人いますか?」

「一、ニ、三……五人じゃねぇか?」

「貴方には見えませんか? ……招かれざる客が紛れ込んでいるようです」

「へっ?」


 キョロキョロと周りを見回すヨウム。一人一人を確認するように名前を小声で呼ぶ。


「曇天、オレ、嬢ちゃん、オッサン……潮……」


 首を傾げて羽根先を数える。何回数えても五人だ。


「オレには見えない……客?」


 頷く曇天。ベルも何かを感じているのか、不安げな表情で自身を抱きしめている。


「今日はもう遅いので、そろそろ寝ましょう」

「それでしたら、クローゼットにタオルケットや虫よけのランタンがあります」


 棺の小屋のクローゼットには大き目のタオルケットが三枚と非常用持ち出しリュックが三個。圧縮袋に入れてあったお陰で、中身は無事のようだ。


 ベルと青人がタオルケットを配っていく。枚数が足りないので、曇天とピィちゃん。ベルとミニマム支配人。潮海影。二人と一人で分かれて包まった。

 

「出来るだけ寄り添って、ピィちゃんの火から離れないようにしてください」


 妖力の強い悪魔の炎。力の弱い異形は恐らく近付くことも敵わないだろう。


 タオルケットに包まりながらランタンを灯し、木々の隙間から見える星空を小屋の庭から眺めていた。期限まであと一日。果たして間に合うだろうか。


『イツマデ……ネェ……イツ、マデ……?』


 夜は少し気温が和らぐとはいえ、夏の空気は纏わりつき重たい感触がする。暑さで寝付けないベルはそっとタオルケットから抜け出し、洗面所へ向かった。蛇口を捻り両手で汲み喉を潤す。


 顔を上げた鏡の端にさっと人影が横切った。


「まだ誰か起きてるの? 曇天さん?」


 振り返った先には誰もいない。夏場だというのに、ふいに冷たい風が吹いてベルの頬を掠める。


『イツ、イツイツ……マデ?』

 

 気のせいかと皆の元へ戻ろうとしたベルだが、何か視線を感じ、もう一度振り返った。そこには闇が居座っているだけだ。


 ゴトッ! ガタンッ!


 突然棺のある部屋から音がして、ベルは薄暗闇に目を凝らす。背筋に寒いものが走ったが、それよりも母だ。


 音のする部屋へとベルは走り出し、部屋の前で中の物音に耳を澄ます。


 ゴリッ、ベキッ! バキンッ! クチュッ!


 何かを手折り、咀嚼するような音。ベルは一度息を飲み、物音を立てないようにそっと扉を開き、隙間から中を覗く。


「なんだ。海影か。脅かさないでよ。海影も眠れないの? あ、れ?」


 見覚えのある後ろ姿にホッと息を吐いて、ベルは扉を開いた。が、そこにいたはずの海影の姿は無い。


 首を傾げて棺に近付き中を覗くと、母の脇腹に嚙み千切られたような真新しい傷がついていた。


「っ……ママ!」


 ベルは自身の指に傷をつけて、母の傷口へと血を垂らす。ゆっくりと塞がっていく傷。が完全に治すことは叶わない。前触れなく、ズキンっと左の肩口に鋭い牙の食い込んだような鈍い痛みが走った。思わすベルが左肩を押さえて振り向くと――――。


『イツイツイツイツイツ……マデ?』


 血濡れた首と嘴をカタカタと鳴らす。真っ赤な顔の鳥の化け物。ゴキンっと鈍い音を立てて、首が落ち、再度ベルの肩口へと大きく開けた嘴で襲い掛かろうとする。


「――――っ!」


 ベルが声にならない悲鳴を上げると、化け物が横からなにかにぶつかられて体勢を崩した。 ベルを庇うように曇天の背中がベルの視界を遮った。


「ベルさん。大丈夫ですか? 一人行動は危ないですよ」

「ど……曇天さん……ごめ、なさいっ」


 コキコキ! ――ポキン!


 化け物の首が、身体が左右へ傾き、落ちる度に、不気味な音を鳴らす。


「残念ながら僕には、アレと戦う力はありません。まだ夜明け前ではありますが、出発しますよ?」


 ヨウムへと時間稼ぎの指示を出し、ついでに非常用持ち出しリュックを一個拝借して、曇天は寝入っている皆を起こして回る。


「ん~っ? どうかしたの?」


 まだ眠たげで、寝ぼけ眼の青人を青鬼のぬいるみへ詰め込み、ベルへと持たせる。


「話は祠へ向かいながらです。この小屋も安全ではなくなりました」


 道中で事情を話しながら、祠へ向かって一行は駆け出す。運動が苦手な曇天としては、普段以上に体力の消耗の激しい事態が続いていた。帰宅が出来れば泥のように眠りたいと思いながら、もつれがちな足を必死に前に出す。


「曇天! いけそうか?」

「アレはどうなりましたか?」

「なんとか追っ払ったけど、井戸からまた湧いて来やがった。状況は最高とは言えねぇな」

「それは最悪と言うのでは?」


 山道を転がりそうになりながら駆け下りて行く。途中、紙垂のロープが切られた底なし沼を通りがかる。昨日青人が落ちた沼だ。十中八九あのロープが切れたせいだろう。


 追い付いて来た化け物達、更には紅目の鳥たちにも追い掛けられながら、何とか波止場の祠へと辿り着いた。港町に入った瞬間、先程までの化け物たちは消え、紅目の小鳥たちは持ち場へと戻って行く。波止場の港村には、不気味なほど穏やかな光景が広がっている。


「うし、なんとか無事に着けたな」

「本当にそうでしょうか?」


 ここへ入った瞬間に、突然紅人陣営の攻勢が緩まったことへの不安を覚えながら、曇天は祠周辺を確認する。

 

「早く祠の中を確認しませんか?」


 潮海影から促され、祠の中を覗くと、五色のお守りが置いてあった。



 ――――15――――

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