綴り書き 弐ノ七
ゆっくりと目を開くベル。その瞳には涙の跡が残っている。曇天は柄にもなく、少女の涙の跡を指で拭って微笑んだ。
「悲しい記憶を思い出させてしまってすみません。お母様。今は深く眠ってらっしゃるんですね。お父様のサイズを戻すよりも、お父様の身体を探す方が良さそうです。お父様の身体を見つけて、《二人に目覚めて頂きましょう》。僕と一緒に探してくださいますか?」
頷くベル。確認すると、未だに寝こけている支配人青人にも声を掛ける。
「……なにか温かい夢を見ていた気がするんだけど」
「こんなとこで寝こけるからだろ。風邪引くぞ。ん? そういや霊体って風邪引くのか?」
「青人さん。一つお聞きしたいのですが、ご自身の身体の場所って覚えてますか? そこに紅人さんを戻すヒントがあるみたいなんです……」
青人に話し掛ける曇天を複雑な表情で見つめるヨウム。その姿はいつものヨウムへと戻っていた。
「なあ、お前。本当にそれでいいんだな?」
ヨウムが曇天に投げかけた呟きは届かない。
『オレはお前がさ、こっち側だなんて思ってないんだぜ……』
「ああ! 身体の場所なら……あ、れ?」
「お葬式や火葬はされていますか?」
「多分していないと思います。人魚の因子を持ってしまうと一般の方と同じような朽ち方をしないようで、生死が分からなくなってしまうので……ある程度で海に還すか、ミイラになるのを待つかになってしまうんですよね」
その言葉に、曇天は先ほどの冷凍庫のような場所を思い出していた。
「なにかヒントを思い出して頂かないといけませんね。先ほどの空間ではサイズが戻っていらっしゃったようですが、ピィちゃんと同じ一時的なものだったのかもしれません」
「本当だ。パパ。またお人形さんサイズになっちゃった」
「おい、ヴェパル! オッサンなんも覚えてないし、サイズ戻っちまってるじゃねぇか。こっからどうしろと!?」
人魚からの答えはない。ヨウムはがっくりと肩を落とし、目の前の棺を眺めて近付き。イライラのまま力任せに引っ剥がす。
なんの抵抗もなく棺が開く。蓋には釘が打ち付けられていなかったようだ。その中には逆さ襟の着物を身に着ける、鱗の浮いた血濡れた足の人魚。
「こいつ。どっかで見たような……」
「祠のあの女性ですね。暗号を呟いていた。ベルさん。お母様と最後にお話しされたのはいつですか?」
「一週間前くらいかな? ずっとベッドに寝てたけど、突然目を覚まして……けど、本当の世界じゃなくなってたのなら、私の記憶は間違ってるかも」
ベルの言葉に一度考え込んだ曇天は。ポツリと呟いた。
「あの、抽選券の日がそれくらいですね」
「悪霊になりかけてたあの女解放した日か?」
「ええ。村へ着いた初日に見た彼女と、地下牢の彼女は本物だったのかもしれません」
「じゃあ、誰があの女捕まえてたんだよ」
「順当に考えると紅人さんですが、ヴェパルさんの線も……」
「なんの為に?」
「いずれ分かるかもしれません。今は青人さんの身体を探す方を優先しましょう……」
ヨウムの疑問を一度受け止め、曇天は頷き告げる。
「私の身体……えっと……」
必死に思い出そうとする青人だが、どうやら思い出せない様子だ。
「祠や絵本みたいに、なにかヒントがあったらいいのにね」
「すみません。私の身体のことなのに役立たずで……でも、きっと思い出して見せますので!」
またも声が大きな青人。しーっと慌てて制すベルも、スケッチブックで会話をするという約束をすっかり忘れてしまっているようだ。
「とりあえず、祠へ向かってみましょうか? 身体が近付くと、青人さんになにか反応が出るかもしれません」
「レーダーやセンサーみてぇなもんがあるかもだしな。けど、どこに紅人の目があるか分かんねぇから、慎重に進もうぜ」
皆は頷き、ゆっくりと進みだす。青人は青鬼のぬいぐるみの中へ座る。最初の浜辺に繋がる洞窟は崩れて溶けてしまっているため、棺のある山小屋から大回りで、波止場の祠を目指す。
山道の途中、足を挫いて蹲っている潮海影を見つける。ぬいぐるみから飛び出した青人が海影へと駆け寄った。
「海影さん。大丈夫かい? 怪我をしてるんだね?」
「だ、旦那、様? どうしてそのような姿に?」
戸惑う海影へと、青人とベルが状況を説明する。
「それでは今の旦那様は……?」
「そう。紅人なんだ」
「紅人様……ですか? 分かりました。お嬢様と奥様をお守りするのが海影の役目です。家族の皆さんがまた一緒に過ごせるように、私にも是非ご協力させてくださいね」
「ありがとう。海影。その前に傷の手当てをしよう。私が傷を保護出来るものをなにか探して来るから、ベルとお客様をお願いするよ」
「承知しました」
海影に告げると、青人はその場を離れて行こうとする。曇天は、海影と青人を交互に見遣り、状況を見守る。
「おいっ! オッサン! そのサイズでの一人行動はまずいって!」
「まだ小屋からそう遠く離れていないから大丈夫ですよ。山道続きでお疲れでしょう。曇天さん達は少し休憩されていてください」
ヨウムの心配をよそに、笑顔で手を振り去って行くミニマム支配人青人。
「オッサン今の状況分かってんのかねぇ」
「非常にマイペースな方ですが、悪い方ではなさそうですよ」
不安げに背中を眺めるヨウム。暫く待つが、中々青人は戻って来ない。
「お待たせしました。お腹も空かれているかもしれないと思い、傷を保護するものと、途中で木の実も調達して来ました。お腹が満たされている方が元気は出ますから!」
青人は全身擦り傷だらけで木の実と包帯、傷パッドの入った袋を差し出す。袋はさっきの小屋から持って来たのだろう。
「オッサンその傷……もしかして鳥に見つかったのか?」
「いえ、運よく鳥には見付からなかったのですが、木の実が思ったよりも高いところにあり、調達に苦労してしまいまして」
言いながら、傷パッドと包帯を海影の足に巻こうとするが、青人の全身は小さく、中々巻けない。その様子を見ていたベルが手伝い、無事に海影の包帯を巻き終わる。
「パパ。お洋服代わりの包帯もボロボロだよ。余ってる包帯はもうなかったかな?」
探すが、周辺に包帯の余りはもう無さそうだった。
「お洋服ですか? 旦那様。少々待っていてくださいね」
そう言った海影が、周辺の植物を摘み取り編んで、あっという間にスーツのような服を拵えてしまった。
「わあ! 海影すごーい!」
「へぇ……器用なんだな」
「ありがとう。海影。助かったよ」
海影の器用さに皆が感心していると、青人の袋がもこもこと動く。
「青人さん。袋が動いているようですが?」
「そうだ! 忘れてました。途中で怪我をしている小鳥を見付けて、手当てをしてあげようと思って連れて来たんです。痛いと辛いし、哀しいですから」
嫌な予感がして、曇天とヨウムは頬を引き攣らせる。袋を剥ぐ青人。中には確かにケガをした小鳥が。包帯も巻かれている。開いた小鳥の目は紅色。
「ダメだ……このオッサンポンコツじゃねぇか!」
「パパ! 紅い目の小鳥は監視カメラなの! 紅パパに見つかっちゃう!」
「そ、そうでした! 目を閉じていたから気が付かなくて……申し訳ありませんっ!」
「潮さん。走れますか? 青人さんをお願いします」
焦りながらも頷く海影へ、ぬいぐるみに詰め込んだ青人を渡して、走り出す。ぬいぐるみから上半身だけ出し、まだ袋を手放さない青人。走る振動で木の実が零れ落ちていく。
――――14――――
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