第2話 新しい生活新しい出会い新しい厄介ごと
あれから数か月、時間が経つのはあっという間だった。
新しい土地、新しい環境、新しい人間関係のある土地で、元ギルドマスターであるジロウは新生活を楽しんでいた。
「ふぅー朝の一仕事を終えて気分が良い」
額に浮かぶ汗を拭う。
日課になりつつある北部の遊牧民が育て上げた品種の牛の乳を搾り、タンクに詰めた。午後には街の商会が引き取りに来る予定だ。
昔上げたステータスのおかげで、この年になっても肉体労働が苦にならない。
「戦闘の経験こそ鈍ってはいるが、ステータスは衰えないものなんだな」
自分でも関心させられる。
ステータスを開けば、全盛期と変わらない数値がそこに表示される。
レベル 1069
力 795
頑丈 1430
魔力 546
魔力抵抗 1233
剣術Lv99 槍術Lv99
自分で見ても相変わらずごついステークスがそこにはあった。育ち切った剣術と槍術だけでなく、レベルも未だに世界一を誇る。
戦いの中でこそ力を発揮するこのステータスだが、生憎と世界は平和そのものだ。
宝の持ち腐れとまではいかないが、勿体ないことには変わりない。
「こんにちは」
自身のステータスと戦いの経歴を懐かしんでいると、若い女性の声が聞こえてきた。
「おや、どなたかな」
「冒険者ギルドの者です。依頼された仕事をこなしに来ました!」
元気に発せられるハツラツとした声。
年のころ15くらいの少女が白いコートと大きなリュックを背負ってこちらを伺っている。
冒険者ギルドに仕事は頼んでおいたが、こんな若い女性が来るとは思っていなかった。
「害虫の駆除と雑草の処理を頼んでおいたが、やれるのか?」
もっと体力のありそうな男がやってくると思っていただけに、少女の登場には驚かされた。
「やれます!」
「お、おう」
やはり随分と元気だ。
「お爺さん、あたし任された仕事はきっちりこなすから安心してて!」
「お爺さん!?」
これにはショックを受けざるを得ない。確かに年老いたが、まだそんな老年ってわけでもないのに……。
いや、こんな若い少女から見たらお爺さんそのものなのだろうか。
「お爺さんたくましい体つきをしていますね。冒険者ギルドに頼まなくても自分で対処できそうですけど」
荷物を降ろしながら、少女がそう告げる。
確かにまだまだ体力は残っているが、それでも虫や雑草の処理などの細かい仕事は苦手だ。昔からこういう器用さが求められるものは他人に任せてきた。
「少し苦手でな。何か手伝えることがあったら言ってくれ」
「いえいえ、仕事ですので手伝ってもらうわけには。それにしても立派な牧場です!数年前までこんなところに牧場なんてなかったはずなのに」
地元の人なのだろう。その記憶は正しい。
「蓄えていた貯金で買ったんだ。まあ老人の隠居生活さ」
「おお!素敵ですね!では、なおのことしっかり仕事をせねば!」
そう言って貰えるのは嬉しいが、どうも気になることがあり、少女の顔をまじまじと見てしまう。
「ん? どうかしましたか? もしかして見惚れてしまいました? てへへへ」
確かに、美少女と言って違いないその容姿だが、気になっているのはそこではない。
「それとも娘さんに似てたり? はたまた呪いの魔法でもかかってたり!」
……さすがにピンポーンとは答えづらい。
本当に呪いの魔法がかかっているのだから、どう答えたものか。
「名前は?」
「ウルア! お爺さんは?」
「ジロウだ。そうか、いい名前だ。がっはははは。呼び止めてすまなかった。何でもない! 仕事頼んだぞ!」
豪快に笑い飛ばして少女の背中をバシッと一発たたいておいた。
魔法の類は全く知らないのだが、このくらいの呪いであれば魔力をまとった手でパシンとたたいてやれば破れる。
呪いをかけてきた相手は、そんなに良い使い手でないことは一目瞭然だ。
「はい! なんか気合が入りました!」
ウルアはそう元気に答えてくれた。
呪いの件は伝えないでおこう。この件に深く首を突っ込みたいわけではない。むしろ隠居生活をのんびり楽しみたいのだ。
呪いとか間違いなく人間関係の面倒くさいのが付きまとってくる。関わらないのがなによりだ。
今朝絞った乳でも飲みながら、午後の馬の調教に備えるとしよう。
体を休めるために読書をしていると、元気に働くウルアの声が響いてくる。馬たちが自由に駆け回れるような大きな牧場だが、それでも声がするのだから元気なことだ。
「風よ我に力を貸せ! 鋭き刃で邪魔者をはねのけよ! エアカッター!」
遠くから聞こえてくる声は魔法の詠唱だ。
「ほお、魔法使いであったか」
ワシのスキル欄に魔法がないのは、つまりそういうことだ。魔法にはとことん縁がなかった。
魔力ステータス値こそ高いが、それを活用したことはほとんどない。魔力抵抗値の方には随分と助けられたが。先ほどウルアを助けた力もこちらの方である。
「お爺さーん!綺麗に片づけましたよ!」
すっかり日も暮れた頃、ウルアは相変わらず元気な声で仕事を超え、嬉しそうに駆け寄ってくる。
その言葉通り、藪は綺麗になっており、虫の魔物も姿を見せていない。
「よくやってくれた。ギルドの方にも期待以上の仕事だったと報告しておくよ」
「本当ですか!? うれしいです!」
目を輝かせて喜ぶ彼女の表情にこちらまでうれしくなってくる。
「また機会があったら頼むな」
最後に社交辞令も述べて彼女を見送ることに。
「はい!楽しみです!」
何事もなく一日が終わるかと思いきや、まーたしてもよからぬことを感じ取ってしまった。この感じ……。
牧場の奥の方を覗き見れば、ここらにいるはずのない魔物の気配がする。
「お嬢ちゃん、少し後ろに下がってな」
ウルアの魔法の腕は確かなものだが、何分相手が悪い。
かばうように後ろに彼女を隠し、傍にあった小型のナイフを手に取る。
牧場の奥から大地を揺らすような足音を立てて突進してくるのは、銀色の毛を纏った三首の狼。王都付近にある巨大ダンジョンで出てくるA級モンスターだ。
「わわわっ!?何ですかあれは!?あんな魔物見たことありません」
「少し手ごわいからここは任せな」
「え?でも冒険者のあたしがしっかりしないと!」
「いいから、いいから」
ナイフでも剣術スキルは発動する。
柄の底を掌にしっかりとあて、突進してくる三首ウルフに向けて構えた。大きく口を開けて突進してくるその迫力は、まるで二人とも一気に飲み込もうかというほどだ。
実際、大柄のワシよりも一回り体が大きい。
「逃げなきゃ!思ったよりも強そう!」
獣相手に逃げるとろくなことがない。目前まで迫ってきたところで、グイっと踏み込む。
懐に入ってきたら、衝撃を体で受け止めつつ、心臓に向けてナイフを突き立てた。掌で支えたため、ナイフは傾かずにまっすぐと突き刺さる。
「ふう」
目を開けたまま、三首ウルフが絶命する。静かに血を流し、その場で硬直していた。
これでも手加減したんだ。
あんまり力を入れると、力が入りすぎて体がはじけ飛んでしまう。そうしたら、こいつがなぜこんなところにいるのか永遠にわからなくなってしまう。
「えええええええ。すごすぎます!お爺さん、何者なんですか!?」
「隠居のただの爺さんだよ」
あんまり元の身分は明かしたくない。これでも隠居生活を楽しんでいる身だ。厄介ごとは勘弁願いたいはずなのに……。
「それよりお嬢さん、明日も仕事を頼んでいいかね?」
「え?もしかして指名依頼ですか?」
「その通りだ。今日の仕事が気に入ったのでな」
指名して依頼すると少し料金が上がるので、冒険者の手元に入るお金も増える。それに評価されるだけでなく、冒険者にとってこれ以上ない名誉でもある。自分を指名して仕事をもらえているからな。
仕事が気に入ったのは事実ではあるものの、どうにも放っておけないから指名したまでだ。
呪いの魔法に、こんな田舎にA級の魔物まで。
ウルアの周りにはなにかよからぬものがあるらしい。
「ジロウさーん!また明日来ますからー!朝一で来ますから!」
「おお、気をつけてなー」
孫娘を見送るかのように手を振り、彼女を見送った。
はぁー、気楽な隠居生活のはずが。
変なものを抱え込んじゃったかな?
いやでも、放っておけないよなぁ。
やれやれといった感じで首を振った。さて、魔物の解体にでも入ろう。思わぬ臨時収入だ。
ギルドマスターの引退 ギルドに戻って欲しいと言われたり、移住先でも引っ張りだこだが隠居したい! スパ郎 @syokumotuseni
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