ギルドマスターの引退 ギルドに戻って欲しいと言われたり、移住先でも引っ張りだこだが隠居したい!

スパ郎

第1話 新しい時代の訪れ

 神々が戦う魔神戦争時代、大地は裂かれ、川は干上がり、新緑はすべて炎へと飲み込まれた。そんな地獄の時代に、立ち上がった英雄たちがいた。人に寄り添う神に味方し、神々の戦いを各所で終わらせていった。

 特に、神と同等の力を見せて活躍をし、戦いを終焉に導いた5人には『建国の騎士』という称号まで与えられた。

 彼らはその功績を称えられ、新しく建国された王国にてそれぞれ要職に就くこととなる。


 その激しい戦いより40年後、世界は神々の恩恵と人々の献身的な働きによって、平和と繁栄を盛大に享受しており、そして伝説の一人は……。


「またですか!ギルドマスター。あなたという人は。先のゴブリン殲滅戦の資料が、なぜまだ提出されていないのですか!」

「すまんって。出そうと思っていたんだが、すっかり忘れちまってな。まあゴブリンどもは葬って郊外も静かになったんだし、細かいこたぁいいじゃねーか」


 王都にある世界で最も規模の大きい冒険者ギルド内にて、50にもなろうとしているおっさんが20代の若者に説教を食らっていた。

 獅子のごとき立派な体躯をしたおっさんと、華奢な体つきの若者。その対比がまたその光景の異質さを際立たせていた。


「これだから嫌なのですよ。叩き上げだとかほざいている連中は。要は頭が悪いと自分で言っているようなものです。あなたがこの調子では、他の職員もだらけてしまいます」

「すまんって……」

 頭をぽりぽりとかいて、なんとか怒りを鎮めて貰う。


「以降、お気を付けください。そういえばあれも……。まあ、今日は良いでしょう」

 若い男、副ギルド長はまだ言い足りていない不満が顔で、ギルドマスターの部屋を後にした。強く閉められた扉は室内にまだ強烈な余韻を残していた。


「良いのですか、あんなに言われっぱなしで」

「いいんだよ」

 何処からともなく声がしたかと思えば、本棚の隅から一人の細身の男が姿を現す。目元をマスクで隠した怪しげな男で、すらりと長い手足が格好いい印象を与える。

 彼はギルドの暗部仕事を任された男。ギルドマスターにも信頼厚くおかれた仕事人である。


「ギルドマスターに失礼な態度を。昔であれば、あんな若造誰かが殴り飛ばしていましたよ」

「そんな恐ろしいことを言うな。今はもう戦いの時代じゃないんだ」


 そう、平和が訪れてもう40年。かつての伝説であった男も、平和の世では事務仕事が苦手なおっさんだ。

 ゴブリン退治で派手な活躍をしてみせたが、それも副ギルド長曰くギルドマスターのやるべきことではないらしい。前線に出るなど論外。指揮官として冒険者たちを操ることこそがギルドマスターの仕事らしい。


「年々肩身が狭くなりますな」

「その通りだな。もうギルド内も副ギルド長派が大多数を占めておるわ。ワシらの時代は当に終わっておるよ」

 時代にそぐわないという話だけではない。こういった国の大事なポジションも頭のキレる次世代の波が来ていた。


 副ギルド長は貴族家出身である。祖父は魔神戦争時代にギルドマスターの活躍を目にした現役世代であるものの、父親の代は既に戦いなど遠い昔の話。孫の代になって、今更ギルドマスターを敬う気持ちなど微塵も残っていなかった。


 それどころか、貴族学院を首席で卒業し、家柄も大変よろしい自身をこの世界で最上の存在として捉えている節すらある。


 実際、彼の存在感は日に日に増しており、王都のギルドではたたき上げと呼ばれる冒険者上がりである実力者たちの居場所がなくなりつつあった。新しく入る職員はどれも官僚気質のエリートたちであり、当然副ギルド長の息がかかっている。王都の貴族院を出た、学のある連中だ。

 副ギルド長だけでなく、最近では副ギルド長派によるギルドマスター派の露骨な排除も行われており、その大きな波は止めようがなさそうだった。


「それにワシはそろそろ身を引いても良いと思っとる。別にもともと王に頼まれてやっていただけのこと。昔のように血沸く戦いも少なくなってきた」

「身を引く? あなたのような方が隠居するとでも申すのですか?」

「そろそろ潮時じゃろうて。がっはははは。実はな、こういうこともあろうかと、すでに牧場を買っておる。今後はゆっくりと家畜でも育てて、のんびりと暮らすかな」

「まったく……。『黄金の獅子』と呼ばれた方が牧場主ですか」

「黄金か、すでに銀の方が多いがな。がっはははははは!」

 豪快な笑いが室内に響く。実際、その髪の毛やひげは既に老いの象徴である銀色の輝きを放つ毛が増えてしまっている。


「笑い話じゃないですよ。世界最高レベルを持つあなたが、家畜の相手だなんて。はぁー、あなたが辞めたら副ギルド長がもっと増長するんだろうな。私もそろそろ新しい仕事を探すべきですな」

「そういうな。お前の器用さはいつの時代にも必要だ」

 実際その通りで、たたき上げ組を嫌う副ギルド長でさえ、この暗部職員のことは重宝しており、自身の手の内に収めたいと考えている。


「そういう話ではありませんよ。誰のために働くかが大事なんです。私はあなたが好きでしたからね。だから三日三晩寝ずの潜伏任務も喜んでやっていたんですよ」

「がっはははは。それは随分と嬉しいことを言ってくれる。だが、もう決めた。なんなら今から辞めてくるかの」

「んな急な……」

 戸惑う暗部の男。

 しかし、ギルドマスターの即断即決、気持ちのいい性格もすでに知ってのこと。

 冗談ではないと理解しつつも、冗談であってくれと願っていた。


 しかし、その午後にはギルド内に衝撃的な一言が響き渡ることとなる。


『ワシ辞める』


 その言葉を残し、伝説は本当に王都を去ってしまった。

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