第103話 それぞれの動き 6
《side ブライド・ハーケンス》
戦場の赤い夕陽が、我の剣に映り込む。
フライ・エルトールの体は地に伏していた。
奴の剣はすでに我の足元に転がっている。
「フライ・エルトール、貴様の策略もここまでだ。我が剣の前にすべてが無力だったな」
勝利を確信したその瞬間、我の胸にこみ上げるのは、歓喜と共に達成感だった。
全ての駒を使い切り、この盤上で最後まで生き残ったのはこの我、ブライド・スレイヤー・ハーケンスだ。
「アイクよ。貴様がいなければフライを倒すことはできなかったぞ」
フライと相打ち、我に勝利を導いた剣だ。
「さぁ、勝利を宣言するぞ――」
その言葉が終わる前に、冷たい風が戦場を駆け抜けた。
――ざざざん――
水の音が響く。突如として、戦場の空気が湿り気を帯びた。
「……これは?」
振り返ると、そこにいたのはアクアリス・ネプチューナが立っていた。
いや、アクアリスだけではない。その背後には、水を纏った海人族たちが整然と並んでいる。
彼女の瞳は深海のように冷たく、そこに憐れみや妥協の色は一切なかった。
「……海人族だと……はは、あははははははははははははは!!! そういうことか?! フライ・エルトール!」
ここに来て初めて気づいた。我は結局フライ・エルトール、貴様の策略だったのだろ?
我は剣を構え直す。
アクアリスの唇がわずかに動き、言葉を紡ぐ。
「あなたがこの戦場で勝者になることは許されないわ。私たち海人族がこの戦いの終焉を告げる」
「海人族ごときが、この我を打ち破るつもりか?」
我は冷笑を浮かべながら、再び剣を振り上げた。だが、アクアリスは動じない。ただ片手を掲げ、水流が竜のように形を成し、戦場全体に襲いかかる。
「愚かなる者よ、沈め」
水流が襲いかかる中、我は剣を振るってそれを断ち切る。周囲にいた海人族の兵士たちを次々と倒していく。
「舐めるなよ! 貴様が優れた存在であることは認めよう。存在すらも忘れていたがな! だが、貴様らではこの剣を止められると思うなよ!」
我は叫びながら突進した。
魔力は枯渇して、全身がボロボロになっている。
だが、このまま負けるわけにはいかない。
最前列に立っていた仲間たちのために、ここまで戦った敵を倒した者として。
「我は唯一無二のクラウンである!」
海人族の戦士たちを次々に斬り伏せる。血と水が飛び散り、戦場は混沌に包まれていく。
「……狂人! さすがとしか言えないわ」
我は後を振り返ることはない。
ここに来るまでにエドガーはゴーレムを操り、他の者たちを犠牲にして、たどり着いたのだ。我一人であれば十分だ。
「来い、アクアリス・ネプチューナ! その魔法がどれほどのものか、この剣で測ってやろう!」
我の剣は疾風のように振るわれ、アクアリスの兵士たちを次々と倒していく。
その度に彼女の眉が微かに動くのを見逃さない。
「力任せの剣だけでは、この海の流れを止めることはできないわ」
アクアリスの手が動き、大量の水流が再び我を取り囲む。足場は膝まで水流が上昇して身動きが封じられる。
だが、それを恐れて引く我ではない。
「我を侮るな、アクアリス!」
剣の一閃が水流を切り裂き、アクアリスに迫る。彼女の兵士たちはすでに数名で、たどり着く。
最後に残ったアクアリスだけを見つけて、最後の力を振り絞る。
「この場で死ぬ覚悟はできているのか?」
「死ぬのは、あなたよ」
アクアリスが静かに呟くと同時に、巨大な水の竜が彼女の背後に現れた。その一撃で戦場が崩壊する。
「なっ――!」
我は竜の口から放たれる水の奔流を受け、剣を振り上げるが、次第に力が削られていく。アイクが何か叫んでいるようだったが、その声すらも届かない。
「……この我が……この程度で倒れると思うな!」
最後の力を振り絞り、剣を突き出す。その一撃は確かにアクアリスに届いた。彼女の肩を浅く切り裂き、彼女の瞳が一瞬だけ揺らぐ。
だが、彼女はすぐに冷たい笑みを浮かべると、両手を掲げ、呪文を紡ぎ出す。
「あなたの力、確かに素晴らしいわ。でも、ここで終わりよ――深淵の檻、水龍」
我は水龍に襲われ、剣を振るおうとするが、もはや腕が動かない。水の龍が我を押し潰すように迫ってくる。
「……見事だ。だが、忘れるな。次に同じ状況は作らせない」
「ええ、ブライド皇子。今回の勝利は私だけではないわ。フライ・エルトール、彼の助力がなければ、ここに辿り着くことはできなかった」
「ふっ」
言葉を最後まで紡ぐことなく、私の意識は暗闇に沈んだ。
戦場の静寂が戻り、勝者の名が刻まれる。
♢
次に目を覚ますと、アイクとエドガーが我の顔を覗き込んでいた。
二人とも、目を覚ました我を見て、膝をついて頭を下げる。
「そうか、負けたのか」
「申し訳ございます!」
「我々が敗北したために!」
「いや、貴様らは最後まで全力を尽くしてくれた」
二人が申し訳なさそうに頭を下げてくれるが、気持ちは悔しさもあるが、清々しさを感じる。
「気にするな。フライ・エルトール、奴の策には敗北したが、あの飄々とした顔を倒したと思えば気持ちよくもある」
「ブライド様!」
「……申し訳」
アイクは我の気持ちを理解して、頭を下げ。
エドガーは涙を浮かべていた。
「我々は、まだまだ力不足だ。もっと力を付けねば帝国の頂点に立つことはできぬ。良き敗北だったと考えを改めよう」
「「はっ!!」」
我の言葉に二人が頭を下げる。
不思議な清々しさに、我の口元は自然に笑みを作っていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あとがき
どうも作者のイコです。
今日はここまで!
お気楽公爵家の次男に転生したので、適当なことを言っていたら英雄扱いされてしまった。 イコ @fhail
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