火中の栗を拾う
看過
不眠中
「ねえ、体調悪い?」
そう聞くは同じ学園の綾瀬
ぼくは否と首を横に振った
「それじゃあ、どうして私を此処に?」
それは、それは、それは、だって君が
「…用がないなら帰るから」
痺れを切らした綾瀬は踵を返して戸に手を掛けた
彼女がこの消毒液の匂いがする部屋を出て数分
ぼくはこの咽せ返るほど嫌な感じのする部屋を出られないでいる。
知らないだろう、ぼくは侵されているんだ
原因はわからない、訳のわからない何かに支配されているんだ。
そんなことを考えながら微睡み、意識を手放した
「一條くん…?」
扉が開く音がした
「まだいるじゃんか」
吃驚している声色が聴こえた
それは先程出て行ったはずの綾瀬だった
「寝てるの?」
忌まわしい
「一條くん…?」
止めろ、来るな
「ねぇ」
来るな、止めろ
段々とぼくが寝ているところまで足音が近づく
がたがたとぼくの居場所を揺らす奇怪なナニカ
「イチジョウクン」
「ええ、そのようです」
なにやら執務室が騒がしい
「はい、4組の一條です」
どうやら4組のそいつが何かしたようだ
まあ、ワタシには関係のない事だ
「おい、そこのお前」
そんなワタシを他所に口調からは想像できないほどの爽やかな出立ちの担任が立っていた。
「はい、なんでしょう」
負けじと愛嬌を貼り付けて振り返った
「お前今までどこにいた」
担任なのに名前もわからないのか
「あら、プライベートですよ」
「なんだ、便所か」
なんとプライバシーのかけらもない
「どうかしたんですか」
「いや、そのだな」
なんだ、歯切れが悪い
「それを証明できるやつがいないなら俺についてきてくれないか」
同意できる、だからついてきたのに、
「あなたが4組の一條さんですか」
「…」
「あなたワタシに用?」
「キミじゃないよ」
「…は?」
「ぼくはキミを呼んでない」
話が通じないなんなんだ
「じゃあだれをよんだの」
「…せ」
「なに?」
『綾瀬、綾瀬ナツメ」
ワタシの胸元の『綾瀬ナツメ』のネームプレートが揺れた
聞くには保健室で暴れたらしい
綾瀬が来たと綾瀬がまたぼくのなかに入ってきたと
意味不明な事を言い、騒ぎ立てているところを担任が見つけたと。
『綾瀬ナツメは学園の中でワタシだけ』
その事実がなんとも気味の悪さを更に掻き立てた
「ねえ、きみ、ほんとに綾瀬ナツメなの」
幾分か落ち着いた一條は恐る恐る口を開いた
「そうですけど、知らなくても無理ないわ。貴方は4組なのでしょう?」
そう聞くと彼は俯いたまま話し始めた
「初めは高熱で倒れたときだったんだ」
そう言うと話を聴くなんて一言も言っていないのに一條は話さずにはいられないと言った鬼気迫る様子で語り始めた。
高熱で倒れ、家で療養していたとき見た夢だった。
ぼくは教室で紙を広げて何やら怪しげなことをしていたんだ。
そこでぼくはなにか過ちを犯したみたいだったんだ。手順を誤ったのか、何かを召喚したとか?そんなオカルトじみたことを夢の中で悩んでいたと思う。
きっとよく言う高熱の時に見る変な夢、そんな類だろうと気に留めることもなかったんだ。
その日から学園の中にいる風景、教室にいるとき、夢なのか現実なのか区別がつかなくなった。
そんなことが続き49日目のことだった
いつも1人だったはずなのに不気味な空間にもう1人見知らぬ生徒が視界に映るようになった
「それがワタシってこと?」
そう尋ねると一條はこくこくと首を動かした
綾瀬ナツメが現れたのはその一回きりじゃなかった
しだいにワタシは彼の視界から動き出したという。
此処まで聞いて、もしかしたら彼はワタシの事を好意的に思っていて、その想いが彼自身をがんじがらめにしているのではなどと考えていたがどうやら違うようだ。
なんだかいつのまにかフラれたようで恥ずかしさのあまりワタシは机を一瞥し、また話を聴く体勢に戻った
「綾瀬ナツメはどんどんぼくの近くにきた」
彼はそう呟きそれを皮切りに話を続けた
近づいてきてぼくのなかを擦り抜けるんだ。
最初は感覚は感じないし声も聞こえない。
だけど、しだいに微かに声が遠くから聞こえてくるようになったんだ。
『___』
それはことばなのか
たしかに聞こえるのに
夢のなかから持ち帰れない
それはまるで曖昧なモヤのようだった
「でもどうしてワタシだと、それが綾瀬ナツメだと分かったの」
口に出すつもりはなかった、しかしあまりの息苦しさに溢れざるおえなかった
「キミのなふだだよ」
「え、このプレート…」
「ああ、そうそれ」
「これを付けてたのね」
「でもそんなにキレイじゃなかったね」
「どういう事」
「なんかもっとこう引っ掻き傷みたいな隠すような廃れたなんていうんだろ、見せたくないものみたいな」
なんて語源化が拙いんだろう、それほど精神を蝕んでいるという事だろうか。
「でもそれその線、あっちの綾瀬は緑だった」
「線…?あ、学年分けのこれね」
そう、この学園では学年ごとに色分けがされている。しかしこの学園では赤、黄、青の色分けとなっている。緑の学年など存在しないのだ。
「妙ね」
「あ、信号機なんだ」
「へっ?」
そう言うと一條はへへっと眉を垂らして笑いながら頭を掻いていた
「はは、ええ、そうね」
こんな緊迫した空気感でよくもそんな、しかし顔を上げた瞬間一條は何事もなかったように生気のない顔をあげていた
見間違い…?でも正気なようね。じゃあなに?彼の言っていることはただの夢じゃなくて本当に起こっていることだとでも言うのだろうか。
「なふだをみて、綾瀬ナツメって呼んだら、」
重い口を開け一條が進めた
「すごく怒った顔をしてて」
そして一條はそれ以降綾瀬ナツメが体を擦り抜ける度に不快感と悪寒で苦しめられるようになったというのだ。
「一條くんってぼくを呼ぶんだ」
なまえがばれたとはくはくと口を開閉しながらがたがたと体を揺らす一條。
「名前を呼ばれるといけなかったのかしら」
心底わからないと言うばかりにワタシは首を傾げた
「わからない、わからないけど多分、名前を知ったら呼んだらダメだったんだ」
わなわなと震える一條を落ち着けようと席を立ち肩に手を添えた瞬間__
バチン
手を弾かれた
「ご、ごめんなさい不躾だったわ」
「は、い、やごめん、キミはちがうのに」
そう肩で息をしながら一條は告げた
なんて事だろう、ワタシは息を整えながら思った
これは相当まずいのではないか、と
とりあえず今日はもう遅いしと腕時計を確認した
『今は何時かしら、え…?』
am.2:55
そんなはずはない
そんなはずないのだ
「一條さん、おかしいわ時計が…」
「え、一條さん…?」
「一條…さん?」
おかしい、この空間はなんだ
一條はどこに行ったのだ。
先程まで目の前に居た一條は写真を最新の機能で切り取ったかのように異質に跡形もなく消えていた
信じられず途方もなく彼の名前を呼んだ
「なんの冗談なのよ」
ここにいても埒が明かない。
仕方なく扉を開け廊下に出る
「なに、ここ、あれ?」
廊下に出ると淀んだ空気が籠るなんとも不気味な廊下が佇んでいた
それに外は真っ暗だそれより漆黒な黒塗りの窓がみえる
向こうにこちらに歩む影、こちらに来る
まさか、これは…
「おーいいつまで話してんだ下校時刻だぞ」
ガラと扉が開き爽やかな教師が目の前の生徒に呼びかける
「いまかえります」
少年が答える
「_」
少女は立ち上がりその場を後にする
「あいつどうした?」
「…さあ?」
「解決したのか?」
「はい、もう心配ありません」
「…そうか」
そういうと教師に負けず劣らずの精悍な顔つきをした少年が横を通り過ぎた
「まるで、憑き物が堕ちたみてぇだな」
通り側に教師がかかると
「同情なんてするもんじゃないんですよ」
と少年はにこやかに答えた
火中の栗を拾う 看過 @zoutou_king_04
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