第16話 ゴミ掃除……

「ふふ……」


「ん? どうした? 藤村さん?」


「ああいえ。 先程も言いましたが皆さん素敵な関係というか…… 本当に仲がよろしいんですね…… なんだか一つの大きな家族みたい––––」


「大袈裟だっての。 さっきも言ったが––––」


「ただの腐れ縁…… ですか? 結構シャイなんですね♪ 黒崎さんって♪」


「よしてくれよ」


「ふふ。 でもなんだか…… 見てるこっちまでホッとしますよ」


「? 急にどうしたい?」


「いえ…… ちょっと羨ましいなと思っただけです」


「羨ましい?」


「ええ。 私は生前…… 家族を守れませんでしたから……」


「! それって……」


「あ! すいません祐真さん。 この店ってエッグコーヒーって出してます?」


「! エッグコーヒーって……」


「またマニアックなもの頼みますね。 ええ。大抵の種類のコーヒーは出しているので。 お出ししますね」


「お願いします」


 エッグコーヒーは卵の黄身の部分、コンデンスミルクをクリーム状になるまで泡立てて、温かなコーヒーの上に乗せるものだ。


 そうする事によってその味わいは、ティラミスやカスタードクリームのように濃厚になる……


 下界のベトナム等で好んで飲まれるコーヒーだが俺が黒崎として育った日本でも好んで飲んでた奴がいた様な……



「……」


「どうかなさいましたか? 黒崎さん?」


「いや……」




「なあ」


「はい?」


「差し支えなければでいいんだが…… さっきの話…… 守れなかったって」


「ああ。 そうですね……」


 藤村は先に出ていたブルマンを飲み干し、ゆっくりとまた言葉を並べ始める。



「詳細は省きますが私は生前既婚者でして。 夫と子供達が辛かった時…… 私は何もできずに結果的にその場を去る事しかできなかったんですよ」


「その後夫は罪を重ね、随分昔にある事件で死亡して地獄行き…… その後たっぷり罪を償った後で魂を浄化…… 記憶も消されて新しい命として輪廻の輪を潜ったみたいです」


「…… そうか…… 子供達は?」


「長男はこれもとある事件に巻き込まれ早くに亡くなってます…… もう下界で新たな生を受けているみたいです。 次男は……」



「その子も苦労させてしまいましたし、私の逝なくなった後も大変だったみたいですけど今は天国で楽しくやっているみたいですよ」


「そうですよね? 大王様?」


「ああ。 その通りだ」


「へえ。 次男の方は今も天国にいるんすね」


「ええ。 その通りです」


「会いに行ったりはしてないんですか?」


「…… 一度だけ…… 私が天国ここを去る前にと最近顔を見にいかせてもらいました」


「一緒に天界で暮らそうとは思わなかったんですか?」


「いえ…… あの子を守れなかった私にそんな資格はありませんから……」


「それにその子は周りの友人や新たに築いた家族にも恵まれて今をしっかりと過ごしています。 旧き悪縁は断ち切った方があの子の為です」


「…… 随分と独りよがりな考え方っすね」


「黒崎君。 そんな言い方はないんじゃないかな」


「と、言いたいところだが…… 個人的には僕も同感だ」


「勿論閻魔大王として天国行きの者が転生の義を自分の意志で望むのならその気持ちを尊重させてもらうがね」


「ありがとうございます♪ ただ何もそんなネガティブな理由だけで天界から…… その子から離れる訳ではないんですよ」


「その子の近況を知って…… もうその子は大丈夫…… 今言った通りその子の周りには素敵な方々が沢山いるみたいなので♪」


「私はその子の幸せを確信しています。 ですが––––」



「元夫と長男に関しては…… そうではないんですよね」


「だから…… もし今度出会えることがあったなら…… 二人の事も今度こそ幸せにしてみせたい」


「藤村君…… 前にも言ったが––––」


「ええ、わかってます。 下界に向かって輪廻の輪を潜った者は記憶の持ち越しはなし。 そして会いたい者の個人情報は伝えるわけにはいかないし前世の関係性を考慮してあまりよろしくない関係性だったらなるべくその者達が接触しない様に同じ下界でも遠い地区、もしくは別の種族、例えば片方が人間、もう片方は動物みたいに転生させられる場合が多いんですよね」


「ああ。 いくら記憶がないとはいえ稀に何かの拍子で断片的に前世の記憶が戻ったりする場合がある。 そうなった場合、前世でよろしくない因縁の者同士が近くにいるとまた不幸な事が起こるかもしれないからそれを考慮しての天界法で定められている事だね」


「そして下界で新たな生を受ける者も次はどんな形で生を受けるか…… 人か動物か、はたまた植物か…… それも教える訳にはいかないから、それを承知で尚新たにやり直したいと思う者は転生の儀を受けてもらっている」


「つまり君が下界で二人を…… いや、『二人だった者』と接触するのはほぼ不可能という事だ」


「それでも…… 答えは変わらないかい?」


「ええ。 それでも…… 例え無駄な事だとしても…… このままじゃ私は自分を許せませんから……」


「とか、言いつつ、しっかり天界ライフも満喫しちゃいましたけどね~♪」


「やりたい事は全部やっておきたい主義なので♪」


「この取材も込みでね♪ 黒崎さん♪」


 重い話題で空気を悪くしない様に笑顔で切り替えていく藤村。


 だがこれもまた偽りのない彼女の本心の一部なんだろうなと黒崎も直感で理解はしているのであった。



「…… そうかい。 ちなみに次男さんは納得しているのか?」


「…… ええ。 そうですね」


「…… まあいい」


「流石に人様の事情にこれ以上は踏み込むわけにはいかねえか」


「そうしていただけると助かります♪」


「……」


「はい。 お待たせしました。 エッグコーヒ―です」


「ありがとうございます♪」


 藤村は出されたエッグコーヒーをゆっくりと口に運ぶ。




「…… うん♪ 他のコーヒーもそうですけど、これも私が飲んだ事があるエッグコーヒーの中で祐真さんが淹れてくれたのが一番美味しいです♪」


「それはどうも♪」



「…… 本当に美味しい……」



「……」

「……」



 これまでの彼女の様子を見て『ある憶測』を立ててしまう黒崎と祐真––––



「なあ、あんた…… もしかして––––」


 黒崎が彼女に何かを訊ねようとするその時!


「ぶわっくしょい!!!」

「! なんですかグーちゃん! 風邪ですか?」


「いや、さっき調子に乗ってアイス五個も食べてしまったからか、ちと身体が冷えてしまっただけだ」


「だから食べ過ぎですって! グーちゃん! しかもなんで足りない分私が払ってるんですか!」


「ケチ臭い事を言うな! リリィ!」


「なんですって!」


「まあまあお二人共! 仲良くしいや!」


 話の腰を折られてしまった黒崎。


 そして思い出したかの様に祐真がリーズレットと京子、アルセルシアの方へと声をかける。


「あれ? そう言えばアルセルシア様にリーズちゃん、二人共マクエルさんに呼ばれてるんじゃなかったの? 例の決闘の治療で」


「! そうやった! 師匠に連れてこい言われてたんやった! 今日は五十七番区画治療湯に出張ってきてくれてるんやった! つかウチもどっちか手伝えっていわれてたんや。 確かそろそろ時間……」


「げっ! もうこんな時間やないか! お二人共急ぐで! 師匠も忙しい人なんやから! アルセルシア様! すんませんけど!」


「わかったわかった! そう急かすな! 転移術を使えばすぐだろうに! もうちょっとここでまったりしていたかったが一旦治療を受けつつ湯の方にも浸かってくるかな」


「そうだね♪ 何なら皆も一緒に温泉タイムと洒落こもうよ♪」


「温泉♡ いいですねえ♡ 背中洗いっこしましょう♪ エアリス♪」


「うん♪ そうしよう♪ アルお姉ちゃん♪」


従姉さんが行くなら私は行かないです」


「もう! いい加減許してよ! リリィ!」


「修二や藤村はん達も行こうや♪」


「おお♪ 転生前に最後に天国の温泉…… いいかもですねえ♪ ちなみに後でまたここにもどってきても?」


 大王に訊ねる藤村。


「ああ。 それは構わないよ。 何なら転生の義も本日の最終の時間にずらしてもいいし」


「ああ。 一人位後ろへずらしても問題ないしな。 もしくは転移で送ってやってもいいし。 それならギリギリまで取材できるだろ?」


「アルセルシア様まで…… ありがとうございます♪ それじゃあ皆でひとっ風呂浴びてきますか♪」


「あ~、お前ら先に行っててくれや。 ちと野暮用があるんでな」


「なんや修二、こんなタイミングで野暮用って?」


「ああ、実は––––」

「そいつは俺が片付けとく。 お前も先行ってろ」

「! 祐真……」


 ここで藤村には気を遣って聞こえない様にと黒崎にこっそり耳打ちする祐真。


「恐らくだが…… お前は一秒でも長くあの人と一緒にいた方がいい。 お前も『気付いてんだろ』?」


「! お前……」


「この期に及んでミスリードする意味もねえしな…… まあ『こっち』は俺に任しときな」



「手を貸そうか? 祐真?」


 小声で話していたにも関わらず二人の会話をしっかりと捉えていたリーズレット。


「あら聞こえてたのリーズちゃん。 地獄耳とは正にこの事♪ けど必要ないよ。 全然大した事なさそうだしリーズちゃんは治療を優先してきなよ」


「それもそうだね♪ わかった♪ 確かに興味をそそる程のレベルの相手でもなさそうだし♪」


「ふむ。 結構広範囲に散らばっておるようじゃがお主なら問題ないじゃろ。 ついでに末弟子の出来もチェックしとこうかの」


「え~! プレッシャーだなあ」


「ふふん♪ わらわの採点は厳しいぞ♪ お主が店を空にしている間はここは妾が守ってやろう!」


「けどお師匠様。 御身体に響きますよ。 やっぱり皆と一緒に––––」


「って病人扱いするでない!」


「いや似たようなもんでしょ! 第一もし姉弟子あたりにバレたら俺が説教くらいますよ!」


「そうよ! レティちゃん! お店は私が守るから! ユリウス! 悪いんだけど少しの間だけこの子達の事頼めるかしら?」


「お安いご用ですよイステリア様。 こちらこそすいません。 本来ならば女神殿のお手を煩わせる程の事ではないのですが。本日は藤村君に最後まで付き合っていくと決めていたものですので––––」


「ええ。 わかっているわ。 彼女の事しっかりと見届けてあげなさい。 まあ私達もすぐに合流するけれども」


「という事でレティちゃんは暴れない事! いいわね! これは師匠命令です! 従えないなら後で雫ちゃんにチクります!」


「なっ!? せっ! 師匠先生! それはズルいですぞ!」


 そう言って渋るレティに対してイステリアは自身の通信機で連絡先リストを表示。


 レティの愛弟子であり、また孫の様な存在。 祐真にとっては魔術の道の姉弟子にもあたる存在。


 かつて天界 治安部 諜報部室長を務めていた久藤雫の番号を出してその画面を彼女に向ける。


「!っ わっ! わかった! わかりましたから! 祐真の出来をみるだけにしますから! だから雫には連絡しないでっ!」


「わかればよろしい」


「…… もしかして……」


「やれやれ…… 皆声がでかいっての」


「祐真さん……」


「はは。 まあ『そういう事』になってるみたいなんで……  まあ『連中』の事は俺に任せておいて下さいよ」


 周りの会話から『今置かれている状況』に気付く藤村。


 だがそんな彼女にユリウスも声をかける。


「大丈夫だよ。 藤村君。 ここは祐真君に任せて」


「なになに~?」

「なんのお話~?」

「はっは! なんでもないさ! さあ二人共! 大きなお風呂へレッツゴーだよ♪」

「おー!」

「おー!」


「はは! 子供は元気でいいねえ~! ほら! 修二も! いいから先に行ってろって!」


「…… わりいな。 気を遣わせたみたいで」


「水くせえ事は言いっこなしだ。 それでもわりいと思ってんなら仕事で返すか今度何か奢れ。 それでチャラだ」


「…… ああ! わかった! サンキューな!」


 こうして黒崎達はアルセルシアの転移術で彼女とリーズレットの治療も兼ねて温泉区画へと移動するのであった。



 そして––––





 ロックを解除してカウンターの背面側の壁が横へとスライドする。


 それによって姿を現した隠し部屋への通路。


 それを歩いた先のその部屋には様々な種類の銃火器が収まっていた。


 そこで今回持っていく自身の得物を物色する祐真。



「ん~、ま、素手でも十分かもだが、せっかくだから腕が鈍らん程度には使っておくか」


 ハンドガンタイプの霊子銃を一つ懐に入れる祐真。


「お店の方は任せてね祐真さん。 傷一つつかない様にするから♪」


「あざっす! イステリア様!」


「で、まずはどう動くのじゃ? 祐真よ」


「そうっすね。 面倒なんで手っ取り早くいかしてもらいたいんで…… イステリア様、申し訳ないんですけど『ゲート』設置してもらっていいすか?」


「あそこのほら! 一番高い時計台あるじゃないすか! あそこの一番上の方に出れる様に!」


「わかったわ」


「俺が行ったらすぐ『門』は消しちゃっていいので」


「了解。 こっちも終わったら迎えに行くわね」


「ありがとうございます!」



「さてと、それじゃあ––––」

















































「ゴミ掃除といきますかね––––」



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貴方の幸せを願っています…… アニマル @animalu

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