【幕間15】魔王様と立ち食い蕎麦

「魔王様ぁ、お姉ちゃん、ドロテアちゃん、行ってきます!」

「気をつけてねぇ!」

「変質者には気をつけるんじゃぞ!」

「くーはっはっはー! いってらっしゃいであるぞ!」

 

 飛鳥を見送る三人、そして烏子も出勤時間が迫ると、「あっ、ご飯もうないねぇ。何かこれで食べてねぇ。じゃあ行って来ますぅ!」と千円札を二枚置いて走って出ていく烏子。

 

「変質者には気をつけるんじゃぞ!」

「烏子よ。早く帰ってくると良いぞ」

 

 二人がいなくなるとベランダに出て空を見上げる魔王様。ドロテアも空を見上げて、眼を光らせる。そして話し出す。

 

「おい魔王、妾の魔法力、十分の一以下じゃが、戻ってきた。未来眼にてこの惑星が滅ぶのは12月25日午前0時頃じゃ。クリスマスパーティーの後、この世界の人間が言うサンタクロースとやらがプレゼントを配る頃合いじゃの。まぁ、妾の究極崩壊魔法が終焉のプレゼントというのであれば間違いはないがの」 

「ふむ、余の力は以前と変わらぬ。よってドロテア、貴様の力を戻さねばならぬな」

「しれた事を、で? どうするのじゃ?」

 

 魔王様は千円札を二枚、ドロテアに見せる。お昼ご飯代として烏子が置いていったお金。「なるほど、それしかないのぉ」とドロテアも外出の準備をする。この世界の食べ物はドロテアの魔力を回復させる。

 世界の捕食者である超魔導士ドロテア、そして魔物達の王、本来敵対すべき二人がお昼ご飯を食べる度に並んで歩いている。

 

「本日は立ち食いそばぁ! を食べにゆくぞ! ドロテアよ」

「立ち悔い側? なんじゃ、変な宗教にでもハマっのか? 魔王」

 

 普段犬神家のみんなとたまに行くファミレス、ガストを通り過ぎ、ファーストフードのバーガーキングを名残惜しそうにドロテアは見送り、そしてやってきたのは駅近くのボロい店。

 

「なんじゃここは? こんな不衛生な店に行くのか? 病気にならんか? なんかここで食っておる擦り切れた中年共、なんか立って食わされておるんじゃが? こやつら罪人か?」

 

 日本の企業戦士、その栄養補助食品、立ち食いソバ。それを食べている姿は栄誉と言っても変わらない。それをドロテアはボロカスに貶した。そんな言葉に企業戦士達はいちいちめくじらは立てない。なんせドロテアの見た目は小さい女の子で、外国人。きちんとした身なりの魔王様。一体何をしにやってきたのか?

 

「おやじぃ! かけそば、ねぎ多め。コロッケを乗せると良い! そしてお稲荷さんを所望!」

 

 一瞬でそこにいたサラリーマン達は魔王様を同志を見る眼で見つめる。コロッケそば、ねぎ多め、お稲荷さん付き。炭水化物に炭水化物に炭水化物。常にスタミナを必要とするエリートサラリーマンの完全定食。

 

「なんじゃ? なんじゃ? 魔法の呪文か何かか?」

「はいお待ち!」

 

 ドン! と二つのどんぶりが魔王様とドロテアの前に置かれる。

 

「は、早いのぉ!」

 

 遅れてお稲荷さんも二皿。かけそばに遅れて差し出された。ボロくて古い店内に対して、食器は綺麗。そしてその香りも食べる前からうまい事が分かる。

 二人は手を合わせて、

 

「「いただきます!」」

 

 ずるずるずる、ちゅるちゅるちゅるとソバを啜る。それにドロテアは目を見開き、うますぎるという事にずずっとスープを啜る。そしてコロッケの食べ方がいまいち分からない。これはそのまま食べるのか? 潰して食べるのか? その食べ方を知ろうと周りを見ると、企業戦士達がドロテアを見て、無言で頷く。

 

「こやつら……、先ほどは擦り切れた中年だったハズなのに……この眼、この表情、妾を追い詰めた英雄達のそれ……ならば!」

 

 ドロテアはコロッケをハグっと普通に食べた後、目を見開き、コロッケを潰してスープに混ぜる。ぐずぐずになったコロッケとスープをごくりと。それに魔王様も頷くと稲荷寿司を一口、そしてコロッケそばを啜る。

 立ち食い蕎麦には会話は不要なのだ。そこあるのは静寂と、ソバを啜り、スープを飲むBGMだけ、やや気だるそうな蕎麦屋の親父は一寸の狂いなく蕎麦を作り続ける精密機械のように、女、子供にはこの空気は厳しいかもしれない。女、子供であるドロテアは数万、数十万という長い年月を生きた事でこの聖域にフルマッチしていた。そしてその環境と立ち食いコロッケそばにはドロテアの魔力をぐんぐんと戻していく。

 小さいなりで、そばを啜り食い、スープを飲み干し、少し苦しいがお稲荷さんも食べ終えると、キンキンに冷やされたお冷をごくりと飲み、ドロテア、魔王様は再び手を合わせる。

 

「「ごちそうさまでした!」」

「はい、ありがとうねー」

 

 そして何も語らずともそこには同志達が集っていた。ゆっくりと、一人、また一人、退店、そして入店。戦士達のエネルギー補給の場、まさにここは地球が誇るギルドの酒場。

 

「ドロテアよ、どのくらい魔力が戻った?」

「半分くらいじゃの」


 地球終了のお知らせまで、あと数日。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔王様、コストコ行こうよ! アヌビス兄さん @sesyato

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画