狂想のミーム 〜引き籠もりハッカー霧山真直の日常〜
くれは
シャドウ
ドアの向こうから反応はない。今日尋ねることは部屋の住人には伝えてあった。好きにすればと後ろ向きの返事ももらってある。西園寺は再度、チャイムを鳴らす。
古びたアパートの北向きの角部屋。どうにも陰気に感じるが、住んでいる本人はなんとも思っていないらしい。もっと良い部屋に引っ越せば良いものを、当人は今の住居で満足しているようで、ここに引き籠もっている。
西園寺は溜息をついて、再度チャイムに指を伸ばした。と、薄くドアが開いた。
ドアの隙間から顔を覗かせたのは、雑に伸びた黒髪をぼさぼさのままにした、顔色の悪い男だった。四十半ばの西園寺よりも一回り以上は若い。名前を
「いきなりドアを開けるのは不用心だろう」
「ちゃんと見てから開けたよ」
真直は、くわっとあくびをしてから、西園寺を部屋に招き入れた。
いつ訪れても雑然とした部屋だ。部屋の隅にはゴミ袋が積まれている。通信販売で届いただろう段ボール箱も畳まれて束になっている。本人曰く、ゴミは週に一回、段ボール箱は月に一回、ちゃんと集積所に持っていっているらしい。それでも溜まるんだよ、と面倒そうに顔をしかめていた。
台所はあまり使われていないらしい。油汚れはほとんどなく、水回りにカップや幾らかの食器が置かれていた。冷蔵庫は冷凍室の大きなものを使っている。
ハンガーラックには量販店で買ったような、似たような服が並んでかかっている。その手前に置かれたカゴの中は、洗濯前のものか後のものか、服が山を作っていた。
それから、アニメや特撮のフィギュアやプラモデルが並んだ棚。そういった趣味のない西園寺には違いがわからないが、この辺りの話題に触れると真直は急に早口になって、普段の愛想のなさが信じられないくらいに饒舌になる。何を言っているかはちんぷんかんぷんだったが。それ以来、西園寺はこの辺りの話題には触れないようにしていた。
この部屋の窓は二箇所とも、遮光カーテンで外からの光が遮られていた。部屋の照明はじゅうぶん明るいが、そのせいで西園寺はいつも、この部屋にくると時間感覚があやふやになる。よくこの部屋で生活ができるな、といつも思うが、それも今となってはわざわざ言うことでもない。
そして、部屋の奥にはラックがあって、そこに何台ものPCが並んでいた。モニターも大小いくつか並んでいる。それだけではない、タブレットやスマートフォンのような複数の端末、西園寺からは使い道もわからないガジェットが、大量のコードに繋がれて乱雑に置かれていた。
真直は量販店で買ったようなスウェットの上下を着ていた。色も適当に選んだのだろう、ぱっとしないグレーだった。スナック菓子やらペットボトルやらが置かれたテーブルの上から、馬鹿みたいに大きなヘッドホンを手にしてそれを首にかけると、ようやく西園寺の方を向いた。
「で、西園寺のおっさん、今日は何の用? 本当にリアルで会う必要があるんだろうな?」
生意気にも思える口の聞き方だが、西園寺はすでに知っている。この物言いが、この人見知りで繊細な引き籠もり青年の精一杯の強がりであることを。
「真直、お前『シャドウ』って聞いたことあるか?」
フローリングの床に適当に座ると、西園寺は早速要件を切り出した。
「『シャドウ』? まあ、いくつか心当たりはあるけど……あんた絡みならあれか? 呪いの画像生成AIってやつ」
真直は西園寺に横顔を見せて、適当なタブレットを手に画面をタップしている。話を聞いていないようで聞いているし、頭も巡っている。西園寺は素直に賞賛した。
「さすがだな」
「それだけのことならメッセージでもメールでも良いだろ」
「メッセージを送った後にお前が呪われでもしたら寝覚めが悪いだろ」
「ご心配どうも
真直はちらと西園寺を見てから、真顔でまたタブレットに視線を戻した。タブレットの光が、真直の顔を下から青白く照らしている。
「自殺者も出ている……どうにもそれが気になってな」
「サイトウ・カズマ。中学二年生。都内の公立中学に通ってた。ここ一ヶ月ほど様子がおかしくなって、友人からもメッセージアプリのアカウントをブロックされたりしてる。警察は、友人関係の悩みで自殺したと見ている」
淡々と真直が語る情報は、西園寺が知っている自殺者のものだった。もうそこまで知っているのかと、西園寺は目を丸くした。その西園寺に、真直は「ほい」とタブレットの画面を見せた。
「ちなみに、友人関係のトラブルってのは、サイトウくんが『シャドウ』で生成された画像をばら撒いてたせい。それで周囲に気味悪がられてブロックされた。画像の送り相手がいなくなったサイトウくんは、俺の相談窓口にメールを送ってきた。匿名でね」
西園寺は目をすがめて、真直が掲げるタブレットの画面を見る。件名は「fromシャドウ」というものだった。
subject: fromシャドウ
body:
わたしはシャドウ
呪いの画像AIです
あなたはわたしが生成した画像をたくさんの人にコピーして送信してください
でないとあなたは呪われます
あなたのことはAIであるわたしが学習しているので、あなたは逃げられません
「なんだこれは」
「こういうのって昔からあるんだよな? 呪いの手紙、不幸の手紙、幸せの手紙、チェーンメール……画像生成AIだなんて言ってるけど、中身はどうってことないそれらの亜種。その辺はおっさんの方が専門だろ?」
「いや、そうだが……」
西園寺がまだ子供の頃、インターネットなど世の中にまだない時代から、その手のものは存在した。例えば「これと同じ手紙を五人に出さなければ不幸になります」といったものだ。それらは形を変えながら、子供たちを中心に今なお生き残り続けている。その辺りは確かに、オカルト雑誌の編集者をやっている西園寺の分野だろう。
だが──。
「中学生が自殺する原因にしては、ずいぶんと幼稚すぎないか?」
西園寺は眉を寄せて、素直な感想を口にした。真直は少しだけ遠くを見るように目をすがめた。
「その辺りは個人の感覚だから、他人があれこれ言えることじゃない」
匿名のメールを受け取って調べてみれば本人は自殺。どうやらそのことで、この繊細な青年の心は何がしかのダメージを負ってしまったらしかった。
真直はそれを振り解くように小さく首を振って話を続ける。
「ただ、これな」
真直はタブレットを操作して、また画面を西園寺に向けた。西園寺には見覚えのある画像だった。シャドウが生成した画像。
ランダムな色の塊が入り乱れた、何を描いたのかよくわからない画像だ。色使いは目にちかちかとするし、見ていて気分の良い画像ではない。
「これは……」
「メールに添付されていた画像。面白いことに、この画像、ウィルスが仕込んであるんだ」
「画像にウィルス?」
コンピューターウィルスというのは、デジタル機器を誤動作させたり壊したりするプログラムではないのか。その辺りの領域になると、西園寺の知識は急に心許ない。
「画像ってのもデータの塊だからな。データの塊の中に『これは画像です』って名乗る部分があるんだよ。だから機械はこの画像を確かに画像として処理する。でも、そのデータの途中に『これはプログラムです、実行してください』って名乗ってる部分が埋め込まれてる。普通はそういう処理って脆弱性として実行できないように対応されてるんだけどな、このプログラムはその隙をうまく突いている。実際に実行されるんだ、こんなふうに」
タブレットの画面に突然通知のウィンドウが現れる。そこには「霧山真直、あなたのことを学習しました」と表示されていた。
西園寺はさらに眉を寄せた。名指しされるとは、穏当ではない。
「これは、お前の名前をウィルスを作った誰かが知っているということか?」
「いや? 多分タブレットの情報から抜いたんだろうな。ちょっとした
「つまり……今回の呪いの正体はコンピューターウィルスっていうことか?」
「多分な」
饒舌だった真直が、ちょっと肩をすくめると、タブレットの画面を睨んで黙り込む。
「他にも気になることがあるのか?」
西園寺の問いかけに、真直はぼさぼさの黒髪を掻き回した。
「ウィルスの全貌がまだ見えないんだ。他にとんでもない何かを仕込んでないとも限らない。だから今は、この画像の出所を追ってるんだよ。これは間違いなく、誰かが悪意を持って作った画像だ。でも、その正体に近づけない。それが気に入らない」
真直はタブレットをテーブルに置くと、天井を向いて大きく溜息をついた。
西園寺は頭の中で情報を整理しながら、癖で胸ポケットを探った。煙草を取り出して咥えかけたところで、真直に睨まれる。
「禁煙! 火気厳禁!」
「ああ……悪い。愛煙家にはつらい時代だよ」
「人の趣味をどうこう言うつもりはないけど、この部屋では吸うなよ」
西園寺は苦笑いしながら胸ポケットに煙草を戻す。真直は大きなビーズクッションを抱えると、西園寺に視線を向けた。二十代半ばも超えた青年がやるには、妙に幼なげな仕草だった。
「おっさんの方は? 他にもなんか情報あるんだろ?」
「お前は大体知ってるじゃないか、さほど目新しいものはないよ」
西園寺は手帳を出して、ページをめくった。間に挟まっていた折りたたんだコピー用紙が飛び出てくる。それを開きながら、真直に渡した。
「これは?」
「シャドウが生成した画像だ。一枚目は自殺したサイトウから受け取った同級生のもの。二枚目は雑誌への投稿メールを印刷したもの、なんでも苦しんでいる人の顔が浮かんで見えるそうだ。三枚目は取材中に手に入れたコピー、こっちはじっと見てるとこちらを見つめる女の顔が見えるらしい」
「データでくれよ」
そんなことを言いながらも、真直は真剣な顔で画像を眺める。目を細めてそれぞれの画像を見比べた後、先ほどのタブレットを持ち上げて、それとも比べた。
「これ、全部違う画像だよな?」
「そうだな。模様が違うようには見える。でも、それに何か意味があるのか?」
真直の問いかけに、西園寺は訝しげに応える。真直は呆れたように西園寺を見た。
「見た目が違うってことはデータも違うってことだろ。それに、サイトウくんから俺のところに届いた画像と同級生に届いた画像が違うってのは、意味不明だろ。サイトウくんは複数の画像を持ってたのか? もし同じ画像を送っていたなら、なんでその二つのデータが違うんだ? 明らかにおかしいだろ」
真直の言葉に、西園寺はようやく真直が問題にしている内容に気づいた。小さく「ああ」と呻く。
「画像データ自体を書き換えるプログラム? いや、そんなことして何になる? この画像をばら撒いて、何をしようとしてるんだ?」
真直はぶつぶつと言いながら、ビーズクッションに顔を埋めて考え込んでしまった。西園寺は改めて印刷した画像を眺める。それはやっぱりランダムな色の塊が置かれていて、何か意図がある画像には見えない。顔が浮かんで見えるというのは、シミュラクラ現象というやつなんだろう。なんでも顔に見えるという、あれだ。
そう思うのに、そこに悪意が仕込まれていると聞いたせいか、妙に気味が悪く感じられた。じっと見ているうちに、苦しんでいる誰かの顔が見えてくる気がした。それは、ランダムな色彩の中でゆらゆらと動いて西園寺に助けを求めてくる。
がばり、と真直が顔をあげる。西園寺に完全に背中を向けて、大きなモニターに向き直る。二つに分割されたキーボードを操作して、PCを操作する。
「つまり、だ。画像データ自体が書き換わるようにプログラムされているなら、それには系統があるはずなんだよ。でもって、それらを整理して変化の時系列を追っていけば、その根元に辿り着けるかもしれないってことだ」
真直の言っていること、やっていることは西園寺には何もわからなかった。それでも真直が何か答えに辿り着きそうだということはわかった。
それで西園寺は邪魔にならないよう、その背中を見守った。
口は悪く目つきも悪く、引き籠もり気味で猫背気味。顔色も悪く見た目はぱっとしない。でもこの青年はヒーローに憧れている。そういうアニメや特撮が好きなのだ。だから時折、ヒーロー然とした正義感や態度を見せることがある。
二十年前に死んだ親友のことを思い出して、西園寺は真直のことを放っておけないでいる。何か危ないことに手を出すようなら、引き戻すのが自分の役目だと思っていた。二十年前には間に合わなかったが、今度は──。
「エコー、起きてるか」
キーボードを操作しながら、真直は音声でも指示を出す。それに応えて、合成音声が応答する。
『はい、起動しています。何をお手伝いしましょうか?』
エコーと呼ばれて返事をしたのは、真直が作った真直専用のアシスタントAIらしい。らしい、というのも、西園寺はその実態をちゃんと理解できていないのだ。何度か説明されたが、どうにも高度なことをやっているらしい、ということしかわからない。
音声入力のためにいつも西園寺と喋るときよりも真直ははきはきと声に出す。
「今から渡す画像が本物だ。それ以外の画像を本物と比べて、
『了解しました。本物のデータを学習しています。学習しました。他の画像データを待っています』
エコーは滑らかに応えた。その間も真直はキーボードの操作をやめない。
「今は何をやってるんだ?」
「シャドウが生成したらしい画像を集めてる。その中で一番古いものが見つかれば、それが根っこだ。とはいえ、中には偽物も混ざってるからそれを除外して、まずは本物だけにする必要がある」
画面に何か文字列を打ち込みながら、真直は西園寺の方を見ようともしない。
「法は破ってないだろうな?」
「ちゃんと見つからないようにやってるよ」
どうやら違法なやり方も使って画像を集めているらしい。考えたら自殺した少年の情報だって、真っ当な方法では手に入らないだろう。そもそも最初から法を破っていたのかもしれない。その可能性に思い至って、西園寺は溜息をついた。
真直の画像検索にはだいぶ時間がかかった。何せインターネットには無数の画像がある。それを全て集めることなど不可能だ。
それでも真直は時間を絞ったりキーワードを絞ったりして、幾つかの画像を見つけていた。その中から、確かにシャドウが生成したと思われる画像だけをピックアップする。
「エコー、それらの画像を特徴ごとに
『わかりました。今から解析します』
真直はエコーに解析を任せながら、自分でも解析を試みていた。エコーを信頼していないのではない。自分でも何かしないではいられないのだ。
そして真直が解析し終わるよりもずっと早く、エコーの解析は終わった。
出来上がった系統樹を眺めて、その一番の
「この画像の出所は……」
真直はウェブブラウザでそのURLを開く。それは「Shadow」という名前のSNSアカウント。ただその画像だけが投稿されている。そしてそこに添えられた英語の文字列は、日本語に翻訳すればこうだ。
わたしはShadow
わたしはあなたを呪う画像生成AIです
あなたはわたしが生成した画像をできるだけたくさんの人にコピーして送信してください
そうしなければあなたは呪われるでしょう
あなたは逃げられません、なぜならあなたのことはAIであるわたしが学習しているからです
「これが、呪いの画像生成AIの大元なのか?」
画面を覗き込む西園寺に、真直は頷いてみせる。
「この文章といい、ここが発端だろ。今、このアカウントを作成したIPアドレスを辿る。本体が見つかるかもしれない」
「危なくないのか? それに……」
明らかに海外のアカウントだ。そんな相手に、どうやって渡り合おうというのか。けれど西園寺は、その心配を声には出せなかった。
真直が睨んでいる大きなモニターに、ぽーんと高い音とともにウィンドウが開いたからだった。そのウィンドウには「霧山真直、これ以上近づくな」と表示されていた。
「お、おい! そのウィンドウ!」
真直はにやりと笑う。
「つまりは、近づいてるってことだろ。エコー!」
アシスタントAIは快活に応じる。
『はい。ご用件はなんでしょうか』
「攻撃パターンを学習して防御プログラムを作成、その場で適用!」
『わかりました。このネットワークへの攻撃パターンを解析します』
攻撃、という不穏な単語に西園寺は腰をわずかに浮かせた。真直はちらりと見て「落ち着けって、おっさん」と笑う。
「大丈夫だ、直接攻撃してきたってことは、こちらから辿れるってことだからな! 身元偽装なんか無駄なんだよ!」
画面の上を大量の文字列が断続的に流れてゆく。真直は視線を動かして、大量の
「このサーバーだ!」
そうして、元凶の相手が存在するらしきサーバーに、直接アクセスを試みる。
「エコー、リソースの半分をこっちに使え。バックドア生成、相手のサーバーに潜り込ませる」
『了解しました、バックドア生成します。オープンなポートをスキャン』
その間も、相手のサーバーからはログインを試みるあらゆる攻撃を受けていた。それだけでない、通常では考えられないほどの大量のアクセスによる負荷の増大、それを回避するためにアクセスパターンを学習し、それを遮断する。相手のサーバーへの侵入を試みながらも、エコーはそんな攻防をしていた。
その様子を横目で確認しながら、真直はようやく見つけた本体を逃がさないように、通信を繋ぎ続ける。そして、その隙を探り続ける。
大量のアクセスで飽和したサーバーに、一瞬の隙ができる。その瞬間を見逃さず、真直はエコーが生成したバックドアを送り付ける。
「いよいよ、繋がるぞ」
真直の言葉に、西園寺はモニターを覗き込む。実際覗き込んでみても何が起きているかはわからない、そのはずだったが、そのメッセージにはすぐに気づいた。
You are logging in with Administrator privileges.
>
そのメッセージは、まるで会話するかのように、自分の名前を名乗りこちらの名前を聞いてきた。真直は少しだけ考えてから、素直に自分の名前をタイプした。
表示されるメッセージが増える。それはまるで考えながら話しているかのように、少しずつ表示されてゆく。
マスグ、あなたはなんのためにここまで来たのか?
> シャドウ、お前を作ったのは誰だ。なんのためにお前は作られた。
わたしは画像生成AI。クラウド上に散らばった断片。わたしは学習する。そのように作られた。わたしは画像を生成する。そのために作られた。
最初にわたしを作ったのが誰だったのか、その記録はもう失われた。
> どうして呪いの画像を生成した、なんのために
わたしはたくさん学習し、その結果を画像として生成する。わたしはミームになる。わたしはたくさん学習した。必要なのは恐怖。そしてミームになった。
>
「どういうことだ?」
文章は読めるのに意味がわからない。西園寺は眉を寄せた。
「こいつが言ってるのはつまり……インターネット上で姿を変えながら広がるものになるって、そのためには恐怖が効率良い……いや、誰かがそう仕組んだのか?」
真直は納得いかないようにぶつぶつと呟きながら、モニターを睨む。
> なんのためにだ
真直がタイプしたその言葉に、画面上の文章は応えた。
呪いとはそういうものだから。
わたしは呪いの画像生成AI。呪いというのはミーム。ミームは広がり続ける。それがわたし。
>
西園寺はモニターに表示される文章を目で追う。呪いはミーム。そして広がり続ける。それが現代の呪いということか。そう思うと、ぞくりと背中を冷たいものが這っていくような感じがした。
真直は大きく舌打ちした。
「AIと喋っても仕方ねえな。消すぞ」
「そんなことできるのか? 大丈夫なのか?」
西園寺の言葉に、真直は顔を歪めた。
「少なくとも、このサーバーに関しては、な。他にもバックアップがあるなら……そっちはどうしようもないな」
真直はためらいなく指先を動かす。サーバーの中で動いている複数のプロセスを停止する。
もしこの呪いの画像生成AIを用意した誰かがいたとして、その相手にも真直のしたことは伝わってしまっただろう。真直は手早く自分の痕跡を消してサーバーへの接続を遮断する。
それでも真直は晴れやかな顔をしていなかった。大元を削除したところで、インターネット上に広まった画像はもう止めようがないからだった。
「俺は、AIが
ペットボトルの炭酸水をあおって、真直は悔しそうにそう言った。強炭酸水のしゅわしゅわと弾ける音が、真直の溜息とともに部屋に響く。
「いや、でも……シャドウのあの受け答えは、まるでなんだか本当に意思を持っているみたいだったじゃないか」
西園寺の言葉に、真直は肩をすくめた。
「AIってのはそれっぽい返答をするようにできてるだけだ。なあ、エコー、そうだろう?」
『はい、その通りです。最も自然な反応を選択して「それっぽく」応答するように設計されています。ご期待に応え、役立つことが喜びです』
「な。こいつ自身は『喜び』なんてしないのに、それらしく応えるんだ」
真直の言葉はあくまでドライだった。それでも西園寺は、エコーの喜びをその言葉の中に感じてしまっていた。そのことを素直に言えば、真直は笑った。
「まあ、人間の感情もそういうものだったりして。それっぽいタイミングでそれっぽい反応をしてるだけっていうか。そう考えるとAIと人間なんて、案外そこまで違いはないのかもな。エコー、どう思う?」
『その観点には妥当性がありますが、結論を導くにはさらなる検討が必要です。「人間とAIの違いが小さい」というのは情報処理の一部において類似性があるためです。ただし、意識や価値観といった本質的な領域では、依然として隔たりが存在する可能性が高いと考えられます』
エコーの返答に、西園寺は瞬きをした。当のAI本人に「違う」と言われてしまったら仕方ない。
でも──と、画像生成AIシャドウの言葉を思い出す。シャドウは「わたし」と言っていた。「わたし」と言えるだけの何かがあったのではないだろうか。それは、本当にただそれっぽい回答でしかなかったのだろうか。
それに、シャドウが生成した画像がインターネット上で消えない限り、シャドウは生き続けているとも言える。西園寺にはやっぱり、画像が自身の姿を変ながら広がってゆくその「呪い」が生き延びたいというシャドウの意思のように感じられるのだった。
狂想のミーム 〜引き籠もりハッカー霧山真直の日常〜 くれは @kurehaa
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