莉琉ちゃんは×××たい
3
奏斗と付き合うことになってから、早一週間。あれから、大学で会うということもなく(私が彼に大学では話しかけるなと言ったのだが。)、視線は感じるものの、比較的平和な日々を過ごしていた。直接会う、ということはないけれど、その代わり奏斗から頻繁に連絡が来る。おはようからおやすみまで、事細かく送られてくるのだ。
ここ一週間で分かったことは、奏斗は案外いい人だということ。他の人の前では王子様のように余裕のある感じで振る舞っているけれど、実際はとても優しいし、誠実だと感じる。連絡もまめだし、気も遣える。自信家なところもあるが、最近ではそれを可愛いと思い始めている自分がいる。まだ一週間だから、どれが彼の本性なのかは分からないけれど、第一印象よりも良くなっているのは確かだ。
私はもしかしたら、かなり流されやすい人間なのかもしれない。その証拠に、今私は彼の家にお邪魔している。
時は数時間前に遡る。日曜日、私は特にやることもなく家でだらだらと過ごしていた。そこに、彼から連絡が来たのだ。
《今から、僕の家に来ない?》
いきなりの誘いに驚いたけれど、嫌悪感は感じなかった。そのメッセージのすぐ後、
《変なことをするわけじゃないよ!外で会うより、家で会う方が都合もいいし、りるちゃんも楽かなって。》
と追って連絡が送られてきた。
変なことをするわけじゃない、と言ってしまうあたり、正直な性格なのだと思う。だからこそ信用できるというか…。それに彼の言う通り、外に出るより家にいるほうが私は好きだ。なぜなら、圧倒的にインドアだから。ましてや奏斗と外になんていたら、すごく視線を感じそうだし。
《分かりました。》
特に断る理由も思いつかなかった私は、彼にそう返事をした。最初はあんなに嫌がっていたのに、彼に大分絆されてしまったようだ。返事の後、すぐに住所が送られてきた。私の家と大学までの真ん中辺りの位置に家がある。確か、奏斗は一人暮らしをしていると言っていた。私は腰を上げると、出かける準備を始めた。
駅を降りて数分歩いたところに奏斗の家はあった。結構しっかりしていそうなマンションだ。下のインターホンを押すと、すぐに彼が出た。いつもよりも少し声が低く聞こえる気がするが、テンションは高そうだ。
エントランスを抜け、エレベーターに乗って、奏斗の部屋の階まで上がる。そして家の前の表札に、名桜と書かれてあるのを確認して、チャイムを鳴らした。
「いらっしゃい!」
「……お邪魔、します。」
いつも通り、ばっちりと決まった服装と髪型で迎えられる。それに、すごく笑顔だ。
(可愛いなおい。)
「ごめんね、来てもらって。迷わなかった?」
「いえ、大丈夫です。まあまあいい所に住んでますね。」
「へへ、親のおかげだね。」
(そこは自分の手柄にしないのか。)
眉を下げて笑った彼に、変に謙虚なところがあるなと思った。
「あ、これ大したものじゃないですけど。」
出かける前、親に友達の家に遊びに行く。と言ったら持たされたお菓子たちが入った袋を奏斗に手渡す。もっとちゃんとしたものの方が良かったかもしれないと、今更後悔する。
「わざわざありがとう!…あ、これ好き!」
けれど、彼は嬉しそうにしていたから安堵した。
「飲み物いれるから、適当に座ってて~。麦茶でもいい?」
「はい。」
部屋は一人にしては少し広めで、リビングにはソファとテレビ、その他もろもろの家具が置かれているが、全体的に物は少なめだ。私は少し迷った末、申し訳程度にソファに座った。
飲み物の準備をする音を聞きながら、奏斗の背中を見つめる。もっと緊張するのかと思っていたけれど、不思議と落ち着く場所だった。
「お待たせ、はい。」
「ありがとうございます。」
奏斗が差し出したコップを受け取る。中には氷を入れた麦茶が入っていて、まあまあ冷えている。今は七月だから、ちょうどいい冷たさだ。
「あの、何かあったんですか。」
いきなり家に呼び出すということは、何か大事な話をするためだろうと思った。予想通り、奏斗は少し気まずそうに指で頬をかいている。
「えーと…実は友達に、最近彼女とどう?って聞かれて…。僕、嘘つくの下手らしいから、実際に起こったことしか話せないんだ。」
「はぁ。」
確かに、彼の正直な性格から見て、嘘をつくのは上手くなさそうだ。
「だから…デートでもできればって思ったんだけど、りるちゃん外は嫌そうだから、だったら家かなって。僕、一人暮らしだからいつでも大丈夫だし…。」
「なるほど…。ちなみに、その時友達にはなんて言ったんですか?」
「もうキスとかしまくっててラブラブだって言った。絶対深楽は嘘だって気づいてたけど…。」
奏斗が恥ずかしそうに言う。私は深楽という男の顔を思い浮かべた。確かに、あの男は香織とは違った感じで色々と鋭そうだ。彼に関わりたくないと思うのは、同族嫌悪だからなのかもしれない。
「ていうか、巻き込まれる私の身にもなってくださいよ。」
半分冗談のつもりで呆れた声を出したけれど、奏斗はその言葉を聞いて俯いてしまった。
「先輩…?」
私が声をかけると、奏斗は少し身体を震わせたまま、膝の上に置いていた自分の手を握りしめた。
「ごめ……ごめ、なさい。」
(は……?)
顔を上げた奏斗は泣きそうな潤んだ瞳で、こちらを見つめて謝ってきた。予想外の反応に、私の心の奥で、何かが沸騰するような、湧き上がってくるような感情が生まれた。何だろう、この気持ちは。この、表情は…この人は……
「じゃあ…します?キス。」
「……へ?」
気づくと私は、奏斗の片頬を左手で包み込んで、そう口にしていた。この感情の奥にあるものが何なのか、確かめたかった。
「…実際にあったことしか話せないんでしょ?」
彼の顔を間近で見つめる。長い睫毛と大きな瞳、そして薄いピンク色の唇。奏斗からいい匂いがする。この部屋に漂っている匂いと同じものだ。どれも、私の気持ちを高ぶらせるには十分だった。
「う、うん。そうしよう。」
「………。」
しかし、彼は頷いたと思うと表情を切り替えて、私の腕を掴んできた。いつも女の子たちに見せているような王子様の顔で。そのまま彼に押し倒される。狭いソファの上に仰向けになった私を、彼は見下ろしている。そして、私の顎を持ち上げ、震えながら顔を近づけてきた。
(違う。)
彼の唇が近づくのを感じながら、さっきまでの胸の高鳴りが控えめになっているのに気づいた。これはこれで悪くはないけれど、私が求めていたのはこれではない。
「ちょっと待ってください。」
だから、私は近づく彼の口を手で塞いだ。
「?」
奏斗は不思議そうに、私の顔を見つめた。私は口を塞いでいた手をスライドさせ、彼の腕をしっかりと掴んだ。
「⁉」
彼の驚いた顔に口角を上げながら、私は押し倒されていた身体を起こす。
「え……?」
そのまま膝立ちをすると、私の方が彼より目線が上になり、見下ろす形になる。状況が掴めていない奏斗を見て、私は自分の上唇を舐めて一気に顔を近づけた。
「⁉」
一度唇を重ねて静かに離すと、硬直したまま顔を赤くした彼の顔が見えた。
(そう……それが見たかった。)
そして、無意識のうちに身体が動き、私は再び奏斗の唇に触れていた。
「ん⁉」
緩い唇の隙間から舌を入れると、彼の身体がピクリと跳ね、可愛らしい声が漏れた。
(可愛い。)
彼の口の中で舌を動かすと、くちゅ、くちゅという音とともに、奏斗の唇の隙間から唾液が零れ落ちた。
「ん♡あ、んぅ……」
キスをしている間、彼はずっと可愛くてエロい声を漏らしていて、それが私の心をさらにくすぐった。息遣いも苦しそうで、あんなに女の子に慣れていそうな態度だったくせに、キスの時の呼吸すら上手くできていない彼に、自分でもびっくりするくらい興奮していた。
(もっと、もっと。)
頭ではやめようと思っても、身体が言うことを聞かない。目の前の彼を、いつも余裕そうな態度でいる、笑顔の彼の表情をぐちゃぐちゃにしたい。私の前でだけ、可愛く取り乱してほしい。
「へ……?」
彼の唇から離れると、奏斗は力の抜けた身体を震わせながら、何が起こったのか分からない泣きそうな顔でこちらを見た。口からは唾液が漏れ、顎まで垂れている。顔を真っ赤に染め、か弱く情けない声を出した。
(これは……逸材かも。)
私の中に生まれた欲望、感情、それが何か分かってしまった。生まれて初めての…。
私は………奏斗先輩をいじめたい。
莉琉ちゃんは、奏斗先輩を××××× 鳴宮琥珀 @narumiya-kohaku
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