莉琉ちゃんは関わりたくない
2
翌日、いつも通り大学の構内に入ったが、なぜだかすごく視線を感じる気がした。気のせいだと、自意識過剰だと自分に言い聞かせたけれど、いたたまれない気持ちになる。
講義室の席に着いて、視線を気にしないようにスマホの画面に目を落とした。
「りるちゃん、おはよう~。」
しばらくして、背後から声をかけられた。振り返って顔を確認して安心する。
「おはよう、香織。」
彼女の名前は仲里香織(なかさとかおり)。小学生の頃からの仲で、私の唯一の友人だ。人付き合いが苦手で、集団行動が嫌いな、性格が少し歪んでいるこんな私と香織はずっと仲良くしてくれている。穏やかでマイペース、優しい彼女にはいつも癒されているし、とても信頼している。ふわふわとした雰囲気に合わせて、とても可愛らしい顔立ちの香織は、男性によくモテる。本人は自覚がないみたいだけれど、香織に近づこうとするクズや、私を利用して彼女に取り入ろうとした男達をひそかに裏で片づけている。変な男が寄ってこないか、いつも心配なのだ。
「何だか視線を感じる気がするんだけど…気のせいかな?」
香織も、異常な視線に気が付いたみたいだ。私にこっそりと耳打ちしてくる。
「うん、気のせいだと思いたい。」
私も香織の耳元でこっそりと囁いた。顔を見られながらこそこそされることほど、気分が悪いことはない。まだ直接聞いてくれた方が楽なのに。自分のことかも分からないのに、話しかけるわけにはいかないし、面倒ごとに自ら首を突っ込みたくない。
その後、先生がやってきて通常通り講義が始まった。こそこそ話していた女子達は静かになったけれど、講義中でも、ちらちらと視線をよこしてきてあまり集中できなかった。
講義も終わりに差し掛かった時、外で女子達の騒ぐ声が聞こえてきた。甲高く、甘えた、あまり好きではない声だ。先生の話も頭に入ってこなくなる。やっと視線が落ち着いてきたと思ったのに、今度は外が騒がしくなるなんて。講義が終わりに近づくと外が騒がしくなるのは、まあよくあることではあるが、今日はそれが異常だった。先生も何かを察したのか早口で話し出すと、早々に講義を切り上げて、講義室から出て行った。
講義が終わると、講義室からぞろぞろと人が出て行く。視線を向けていた女子達も外へ出て行ったが、出た瞬間揃って悲鳴を上げた。
「きゃー奏斗先輩⁉」
(え………。)
嫌な名前が聞こえてきた気がするけれど、気のせいだと思いたい。何でこんな場所に?
とにかく女子に囲まれているであろう今のうちにここから立ち去らなければいけない気がする。私の嫌な予感はつくづく当たるのだ。
「香織、行こう。」
「うん。」
幸い、香織もこの騒ぎには興味がないようで、私の言葉に席を立ち荷物を持ち上げる。二人で講義室を出て、そそくさと立ち去ろうとしたその時。
「あ、いた!」
女子達の真ん中にいるであろう奏斗の声が聞こえてきた。まさか私のことじゃないだろうと思いながらも、念のため香織の手を掴んで、その場を去った。
「えっちょ!」
微かに声が聞こえてきたけれど、振り返らずにとにかく早足で歩いた。
「りるちゃん。」
無我夢中で歩いていたら、いつの間にか大学の外へ出ていた。
「あ、ごめん香織。」
この後講義はなく、帰るだけだから良かった。私は掴んでいた彼女の手を離すと、謝罪した。
「ううん、大丈夫だよ。でもどうしたの…?」
「見つけた~!」
香織の最後の言葉に被さって、再び奏斗の声が聞こえてきた。咄嗟に香織の後ろに隠れる。彼の周りにいた女子達は消え、一人でこちらに向かって走ってくる。すぐに追いつかれてしまった。
「ど、どうして隠れるの?…さっきも逃げたよね?」
隠れた私に、奏斗は戸惑っている。
「人違いですよ。」
適当に言ってみたけれど、ダメそうだ。奏斗は首を傾げて、不思議そうにする。さっきちらっとだけ見た、女子達に囲まれていた奏斗は、余裕そうな笑顔で王子様のような立ち振る舞いをしていた。やっぱり、私の前だと何だか雰囲気が違う気がする。今の奏斗は何となく香織に似ている気がして、だからお願いを断れなかったのかと腑に落ちた。
「何か…用ですか?」
香織の後ろから素直に姿を現して、そう聞いた。
「そう!ちゃんと自己紹介してなかったなって。あと、連絡先も交換したい。知ってるかもしれないけど、僕は名桜(めいおう)奏斗。名前の名に桜で名桜、奏でるに……よくある斗っていう字で奏斗。大学三年生だよ。」
知ってるかもしれないけど、という前置きがあるあたり、やっぱり自信がすごい。名前は聞いていたから知っていたけれど、名字は今初めて聞いた。ご丁寧に漢字まで教えてくれて。
「星月…莉琉です。一年です。」
「えと、隣の子はりる…ちゃんのお友達?」
「はい、仲里香織です。奏斗…?先輩は、りるちゃんとお知り合いですか?」
香織も私も人見知りをする方ではないから、普通に話せる。
「うん、実は彼女とは付き合ってるんだ。」
「え?じゃあ、どうして名前も連絡先も知らなかったんですか?」
奏斗の言葉にすかさずツッコミを入れる。香織はふわふわしているように見えるが、実はかなり観察力が高く、鋭い。私は彼女に嘘をつけたことがない。頭の回転が速いともいえる。しかも、本人はそれを無自覚のうちにやっている。奏斗も香織のツッコミに言葉が詰まっている様子だ。
「香織、実は事情があって先輩と付き合ってることになってるんだ。でも、付き合ってることになってるってことは他の人には言わないで欲しいの。」
「そっか、分かった~。」
ごまかしても無駄だと察した私は、香織に正直に話した。私の予想通り、彼女はそれ以上深く聞いてくることはしなかった。何か察しても深入りはしない。彼女のいい所の一つである。勝手に彼女に事情を話してしまったから、一応奏斗の顔を窺ってみたけれど、彼も香織の反応にほっとした様子だったので大丈夫そうだ。
「あ、奏斗、いた。」
「深楽(みら)、置いてってごめん。」
「ん。」
奏斗の名を呼びながら、私たちに近づいてきたのは、黒髪マッシュの男だった。身長は奏斗よりも少し高く、とてもスタイルがいい。顔面だけ見てみれば、奏斗と合わせて国宝級だ。奏斗がアイドル系の王子様なら、深楽は大人っぽい俳優のようだ。耳に細長いピアスをつけている。
「あ、彼は安西(あんざい)深楽。僕の友達で…深楽、こちら星月莉琉ちゃんと、仲里香織さん。」
「初めまして~。」
深楽は胡散臭い笑みを浮かべている。こういう、いつも笑顔だけど腹の底では何を考えているか分からない男が一番苦手だ。
「…どうも。」
「初めまして。」
私と香織が順番に挨拶をする。すると深楽が、私の顔をまじまじと見てきた。
「何ですか…?」
自分の顔があまり好きではないから、そんなに見られると発狂してしまいそうだ。写真を撮られることも、とても嫌いだ。
「いやぁ、なるほどなるほど。二人とも、可愛いね。」
ニコッと笑った深楽に、全身鳥肌が立った。昨日、奏斗に感じたものとはまた別の、もっと嫌な感じの鳥肌だった。この人とはあまり関わりたくない、私の直感がそう告げていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます