莉琉ちゃんは、奏斗先輩を×××××
鳴宮琥珀
莉琉ちゃんは断りたい
1
(早く着きすぎた)
スマホの画面を見ながら、
とりあえず講義室の前で寄り掛かってスマホを眺めていたけれど、このまま立ち続けているのも苦痛なので、どこかカフェにでも入ろうかと思い再び目線をスマホに落とす。すると、向こうの方から甘ったるい女の声が聞こえてきた。
「かなとせんぱぁい。付き合ってくださいよぉ」
「うーん」
困ったような声色の男の声も聞こえてくる。
声だけで分かる。明らかに関わりたくない人種だ。そちらを見ないように、目線をスマホに集中させる。だが、
「ねえ!
あまりにも大きく発された声に、嫌悪感で思わず顔を上げてしまう。その時、運悪く女の隣にいた〈奏斗先輩〉と呼ばれる男と目が合ってしまった。金色の髪にピアスをつけた、チャラそうな男だ。何となく嫌な予感がして、その場から静かにいなくなろうとしたが、もう遅かった。
「あ~ごめん、お待たせ」
そう言って私の腕を掴んだ奏斗は、先ほど隣にいた女に向かってこう言った。
「この子、彼女なんだ。これからデートだから。ごめんね?」
「は?ちがっ…」
否定しようとする莉琉の口を軽く押さえて、外に連れ出される。女はぽかんとしたように、その場に立ち尽くしてそのまま動かなかった。
「ちょっと!」
外に出てもしばらく手を引っ張られたので、思いっきり腕を自分の方へ引っ張って引き止めると、奏斗はハッとしたようにこちらを見た。そして、余裕そうな微笑みを見せてくる。
「ごめんね、急に」
(本当だよ)
と言いたいところだが、これ以上関わりたくなかったので
「それじゃあ、私はこれで」
と言ってさっさと立ち去ろうとした。しかし、「えっ」と焦った声と共に再び腕を掴まれた。
「ま、待って」
嫌悪感で反射的に奏斗を睨みつける。
「何ですか」
まあ、もう会うこともないだろうからと、冷たく言い放った。彼は少し委縮したように身体が固まっていたが、すぐに笑顔に戻った。
「お礼、させて欲しい。話もしたいし…」
(え、どうでもいいから戻りたい…)
「あ、これから授業だった?」
「いや……」
そうだと嘘をつけばよかったのに、なぜか素直に否定してしまった。
「ならよかった。おすすめのカフェがあるんだ」
奏斗はほっと胸を撫でおろすと、再び私の手を掴んだ。掴まれた部分から段々と鳥肌が立ち、広がっていく。
(いいなんて言ってないんだけど…)
強引な奏斗に嫌悪しながらも、ここで問答を繰り返すよりも、大人しく着いていった方がいいのではとも思った。どうせまだまだ時間はあるし、暇つぶしとでも考えることにして素直に彼に従った。
奏斗に手を引かれて着いたのは、落ち着いた雰囲気のカフェだった。もう少し騒がしそうなところに連れて行かれると思っていたので意外に思う。中はそこまで広くないけれど、ちらほらとお客さんが座っていて、それぞれ話に花を咲かせている。女の子が好きそうなカフェだから、きっと彼も今までにもたくさんの女の子を連れてきたのだろうと自分を納得させた。
店員さんに案内されて、二人席に向かい合って腰を掛ける。奏斗が注文するのを聞いて、自分も同じものを頼んだ。
「ここ、食べ物も美味しいよ」
そう声をかけながら、メニュー表を広げられる。確かに、文字を見ながらよだれが出そうになる。甘党の自分にとっては、とても魅力的なメニューばかりだ。
「……パンケーキ、一つ」
「かしこまりました」
長居するつもりはなかったけれど、甘いものに罪はない。今度個人的にここに来たいと、さっき通ってきた道を思い出しながら、忘れないように頭に焼きつける。
「えっと……ありがとう、それとごめんね」
注文を聞き終えた店員さんが奥に入っていくのを見届けてから、奏斗が口を開いた。
「いえ、別に…。それで話って?」
「あ、そうそう。…よければ僕と付き合ってくれないかな」
「は?嫌です」
「えっ?」
めちゃくちゃ笑顔で何を言うのかと思ったら…。即答した私に、奏斗はあり得ないと言った表情でこちらを見てくる。どう考えてもOKする雰囲気ではなかったはずなのに、どこからその自信が湧いてくるのだろう。こんなくだらない話をするために、カフェまで連れてきたのだろうか。
(やっぱりついてくるんじゃなかった…)
すでに後悔ばかりしている。
「お待たせしました~」
そこに店員さんが飲み物を持ってやってきた。二人分のカップがそれぞれの目の前に置かれる。とてもいい香りがして、少しだけ気分が落ち着いた。
「パンケーキはもう少々お待ちください」
そう言って再び奥の方へと入っていった。
奏斗の方を見ると、何を話そうか考えている様子だ。
「……僕って女の子にモテるんだけど…」
少し考えて出てきた言葉がそれかと、呆れてしまう。でもさっき会ったばかりだから分からないけれど、何となく奏斗はナルシストとは少し違うような…。
「はぁ」
「さっきみたいにしつこく迫られることも多くて、嬉しいんだけど…ちょっと困ってたんだ。だから、彼女ができたことにすればとりあえず収まるかなって」
「そういうことなら、別の人を探してください」
それが理由なら相手は誰でもいいはずだ。私である必要は全くない。
「ダメだよ!」
いきなり叫ぶから驚いた。
「いや…さっきの女の子に、君が彼女って言っちゃったでしょ?多分、今頃広まってる。それなのに、別の彼女連れてたら軽い男だと思われちゃうよ」
さっき見ていた時点で大分軽そうな男に見えたけれど、それは言わないでおいた。
出会った時からずっと私の気持ちは無視で、奏斗は自分の立場や周りの評価ばかりを気にしている。余裕そうな微笑みが印象に残っていたけれど、それと今の彼は別人のようだ。これが素なのだったら、私は今の彼の方が好きだと思った。笑った顔も、今の方が可愛い。
とは言っても巻き込まれるのはごめんだ。でも、奏斗の言うことが本当なら、明日からとんでもないことになりそうな予感がした。女の子同士のいざこざがこの世で一番面倒くさい。
「巻き込んでごめんね。でもお願いします。必要以上のことはしなくていいから、とりあえず彼女ってことにしてくれないかな」
年上の男の人に下手に出られるのは、悪くないかもしれない。無意識にそんなことを考えてしまった。
ここでもし断ったら、さっきのようにしつこく付きまとわれるのだろうか。奏斗はプライドが高そうだし、だったら適当に話を合わせておくのがいいかもしれない。私は大学で必要以上に目立ちたくないし、こんな軽そうな人が自分のことを本気にするわけがない。多分、大学で顔を合わせるようなこともないだろう。(現に今までなかったはず。)今までの日常に支障が出なければ、特に問題もないだろうと思った私は、彼のお願いを渋々承諾することにした。
「……分かりました」
「本当?」
奏斗の顔がぱっと明るくなったのを見て少し嫌な予感がしたけれど、店員さんが私のパンケーキを持って来てくれて、すぐにそんなことは忘れた。
パンケーキはとても美味しかった。
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