脳の影
岡部龍海
脳の影
悠馬という高校生がいた。
ある日、彼はいつものように朝を迎え、制服に着替え、学校へ向かう。
季節は秋本番、今日も雲ひとつないカラッとした良い天気。悠馬は気持ちよさそうに腕時計を見た瞬間焦った。遅刻だ。
咄嗟に走りだし、出せる限りの力で駅まで向かった。
しかし、彼が駅の改札の前に立ったと同時に学校方面へ向かう電車が扉を閉める光景が目に入った。焦った。
「まずい……」
急いで改札を通り過ぎるが当然時は遅く、ただ時刻通りに電車が出発する様子をホームから眺めることしかできなかった。
その時ようやく電車に乗り遅れたことを実感した悠馬、疲れたので次の電車を待つ間ホームのベンチに座り込む。
彼はとても鈍感でマイペースな人間である。
そしてそのままホームのベンチで眠りにつく。
「……」
目を覚ますと、まもなく電車が到着すると放送が流れる。
「この電車だ!」
後はもうないとわざと自分に言い聞かせ、一人並んでいる女性の後ろに立つ。
悠馬には満面の笑みが浮かんでいた。
その時悠馬は余計なことを思った。
「この目の前の女性を押して線路に落としたらどうなるんだろう?」
彼はこのようなことを、よく考えてしまう癖がある。
「何を余計なことを考えてるんだ」
と何度も頭の中で言い聞かせる。
次の瞬間……!
「おりゃ。」
悠馬は無意識に目の前の女性を押したのだ。
彼が気付いた頃には女性は線路の上にいた。電車はもう目の前。あきらめたのか女性は声を上げることなく悠馬と目を合わせ、これでもかと言うくらい懸命に睨みつける。
今までにないほど絶望感を感じたが、その反面頭の中で何かが洗われてスッキリするような感覚があった。その複雑な気持ちで一言も言葉が出ずに目の前の人が自分を睨みつける様子をどこか満足げに眺めていた。
「は!」
気付いたら駅のホームのベンチで寝ていた。
「なんだ、夢か……」
しかし、彼の目の前には複数の警察官が現場検証を行なっていた。
警察官らの話によると、悠馬がベンチで寝ている間に、女性がホームから線路へ飛び降りたのである。
悠馬の全身が一瞬冷たくなった感覚がした。
警察官に自分の夢の話をし、周りにいた人の証言、監視カメラなどの分析をして、悠馬自身が事件に関与していないかどうかを調べてもらうことになった。
しかし、周囲の人は「誰も押していない」と言い、監視カメラなどの映像から見ても、女性がいた時間帯には悠馬はぐっすり寝ていたという答えになった。
安心した悠馬だが、それに伴いどこか消えない罪悪感が彼の中で激しく葛藤することになった。
脳の影 岡部龍海 @ryukai_okabe
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