師弟とデジャヴとハッピーエンド
鈴椋ねこぉ
第1話 安杖1
私は小説家を目指す鈴木の弟子ということになっているが、そもそも師弟という関係が現代では珍しく、自分たちでもよく分かっていない。ただ、確かに私は彼を尊敬していた。そして、日々緩やかにバッドエンドに向かいつつある彼の身を案じてもいた。
鈴木とはもう出会って三年になるが、彼の長所であるとにかく優しいところは、とことん彼の夢である小説家になることを邪魔していた。
鈴木の家に半ば居候気味の私には、彼のいいところなんて星の数程言える。が、鈴木はもう上を見据えてしまって、それだけでは満足できないらしい。それでも鈴木が私を手放さないのは優しさからのものだし、私が彼と一緒にいるのはほとんど依存に近かった。
また、それでいて鈴木は、意地っ張りでプライドが高い。毎月お金がないのに私に絶対奢ることや、他の小説家への正確な分析のせいで自身の小説の質の低さにげんなりしていることなんかがそうだ。
鈴木は人間としての質が高く、普遍的な優しさに特化していて、それでいて真面目というか。多分、常識があるのだ。だから多分、小説家に向いていない。
二月中旬。今日は久々に晴れると天気予報が言っていた。鈴木の1Kの一室は、どんな天気でもカーテンを開けないから、昼過ぎに起きても部屋が薄暗い。外に洗濯物を干しているのも見たことないし、なぜ南東の日当たり良好な部屋を選んだのだろう。
鈴木は絨毯が敷かれた床で、いつ買ったのか分からない寝袋に包まっていて、私が来るといつもベッドを譲ってくれた。
私は鈴木の部屋の掃除や、コインランドリーへ洗濯をしに行ったりしてやる。たまに手料理も振る舞ってやるが、鈴木は小食で、カップラーメンを好んでいた。健康だと優しくなれる、とか誰か言っていたから、鈴木は絶対に無理をしているのだと思った。
私はむくりと起き上がり、昨日までの記憶を呼び起こす。確か朝方までノートパソコンで映画を見ていた。鈴木のノートパソコンは小さな机の上で鎮座していて、隣には飲みかけの缶コーヒーと読みかけの小説が置いてある。栞を見つける時間がなかったのか、読みかけの小説の間には読み終えた漫画が挟まっていた。
二つの本棚には大量の小説。きちんと本棚にしまうのが真面目さを表している。鈴木は小説も漫画もなんでも読む人で、作者ではなく作品に対して、いい部分と悪い部分を必ず見つけた。私がつまらないと一蹴しても、「これは、ここのスパイスなんだよ」とフォローを入れた。そのくせ、自分の作品にはダメ出しばっかりで、いつまで経っても応募口に入れようとしなかった。
自己肯定感が低いのに、自分に余裕がないのに他人に優しくできるものなのか。私は、鈴木がいつもゲームで使う、命を消耗して攻撃を行うキャラを想像した。
見慣れた部屋を物色した後で、最後に鈴木の寝顔を拝んだ。前髪が伸びてセンター分けになってしまっている髪型に対して「これは最近の流行に合わせている訳ではないんだよ」と謎の弁解をしていたのを思い出した。
「鈴木、朝だよ」
「んぇ」
私が寝ている鈴木に声をかけると、鈴木はどんな時間帯でも絶対に目を覚ましてくれた。
「んんぅ、んぇ、んんん」
「何言ってるの。今日は外に出る日だよ」
「ぇ、そだっけ?」
鈴木はインドア過ぎてバイト以外は外に出ないので、私たちはあらかじめ外に出る日を決めていた。目的は決めていないけど。
鈴木はなぜか白目を剥いて私を見た。私も白目になって応答する。
「水族館行きましょ」
「いいよぉ」
彼は予定を作るのが嫌いだから、当日に提案した方が通るのだ。それも凄いとは思うけど。
「朝だよ」
「ぁ、でも、朝に寝たくね? 映画のせいで銃撃戦の悪夢見たわ」
「それは悪夢じゃないね。銃撃戦好きじゃんか」
「いや、あれ、確かに」
鈴木は芋虫みたいに寝袋から這い出て、体を伸ばし、ゆっくり立ち上がった。一昨日から着たままのパーカーがよれよれになっているが、彼の猫背とバランスがいい。
鈴木は家ではずっとパーカーを着ているが、外では割と身だしなみをしっかりしている。でも、中身はヘロヘロだからバイトのシフトも断れないし、居酒屋のキャッチみたいな人も断れない。帰ってきてどっと疲れている鈴木に優しくするのが好きだ。
「水族館行くの? どこの?」
「電車乗って、少し歩くけど、結構有名な場所。いい?」
「歩くのはいいけど、確定で寄り道するぞ?」
「私はもう慣れてしまいましたよ」
そう言うと、鈴木はけらけら笑って、机に備えつけてある2Ⅼの水を半分くらい飲んで、少しむせた。
「カーテン開けるよ」
「えー、まぁ、どうせこれから外出るからまぁいいか」
カーテンを開けた。一階だから部屋が丸見えだ。鈴木がカーテンを閉めっぱなしなのはこれが原因なのかもしれない。
「なんで一階の部屋選んだの? 例えば、二段ベッドあったら普通二階を選ぶでしょ」
「友達来たら下の人にうるさいかもって思ったけど、友達減ったなぁ。あと、二段ベッドは下選ぶよ俺」
「なぜ?」
「高所恐怖症」
なるほど、と思った。
「着替えるわ」
「私も」
鈴木は私を性的に見ていないようだった。今だって、こうして目の前で着替えても全くの無反応だ。私は結構可愛い自負があったので、対象ではないのならまぁまぁショックだ。でも、私たちの関係は恋人ではなく師弟関係なので、正しいのかもしれない。いや、今の鈴木に女の気配がないから、それに甘えているだけかもしれない。
師弟とデジャヴとハッピーエンド 鈴椋ねこぉ @suzusuzu_suzuki
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