エピローグ

 病院はその日のうちに退院した。

 身体のどこにも異常がないのに病院にいるのは居心地が悪いのだ。それに姫乃さんも『雉間の身体はどこも悪くないの』と言うのだから、それはもう悪くない。


 紗が自殺を計ったことは誰も知らない。屋上に上がってきた教職員が見た光景は俺が一人で屋上から飛び降りるシーンだけ。紗が使ったペンチや屋上の鍵はその場に居合わせた久良さんによって回収された。鍵は初めから開いていた。フェンスは元から壊れていた。と、そういうことになった。


 そして俺がクラスに戻るとどうやら俺が屋上から飛び降りたという事実だけは広まっているらしく、俺は一部では『命知らずなワル』と、そしてもう一部では『スーパー鳥人間』というなんとも実に関わりがたい称号を獲得していた。人との関わりが面倒な俺としては喜ばしい限りだが、そんな称号を得ても変わらず京は普通に話しかけてくるのだから、あまり称号も役には立たないのかもしれない。


 そして放課後の探偵局では……。


「えーっ! すごいじゃないですか紗ちゃん。一年生で大会に出るなんて滅多にないことですよ!」


『そうそう、紗はすごいの!』


「もーう、あかりは大げさだよ。私が出るのは個人戦。だから部の人ならみんな出れるの」


 剣道部との掛け持ちで紗が探偵局に入部してきた。一体この暇な探偵局に何を掛け持つものがあるのかと思ったが、姫乃さんが諸手を挙げて受け入れるのだ。文句は言えない。

 紗が部室に来れば決まって姫乃さんは誰とも話せなくなるものの、紗の話を聞いている姫乃さんはいつも笑っている。


 ちなみに今の俺は遠くの席で読書の只中ただなか。ページを捲るのに忙しい身だ。


「じゃあ、来週はみんなで紗ちゃんの応援に行かなきゃですね!」


『うんうん、そうなのっ! ね、雉間も行くよね! ね!』


 久良さんが言う。

「雉間さんも行きますよね? 紗ちゃんの試合!」


 あー、それは……。

 俺は読んでいた文庫本をすみに置いた。


「ま、行くか。どうせ暇なんだし」


『えっ……?』


 俺の返答が予想と違ったのか、丸い目をする姫乃さん。


『どうして? 雉間、ホントに行ってもいいの?』


 おいおい。なんだか俺が変なことを言ったみたいじゃないか。


 だって姫乃さんは俺の母さんが命を張ってまで助けたかった人。そんな人が行きたいと言うのだ。断る理由はないだろう。


 それに……まあ、あれだ。ここで姫乃さんに恩を売るのも悪くないからな。


 俺が頷くと、


『やったーっ!』


 姫乃さんはわかりやすく手を挙げた。


「ふふ、雉間さんも来るみたいですよ。紗ちゃん!」


 俺の頷きに久良さんが言うと紗は、


「別に。あかりたちの応援なんていらないよ」


 なんと、珍しくも久良さんに反したのだ。

 それには俺も、つい紗を見る。


 すると紗は堂々と間を置き、それから笑って言った。


「大丈夫! あかりたちの応援がなくても勝っちゃうんだから! だって私はお姉ちゃんの妹だよ。負けるはずないよ」


 ああ、そういえば姫乃さんって剣道の腕前がすごいんだったな……と、そんなことを思う俺の視線の先では何やら姫乃さんが不審な動きをしているぞ。


 何をするのかと見ていれば姫乃さん、紗に近づき……、




『応援してるよ。よしよし』




 あー、頭を


 途端に紗、「きゃーっ!」と高い声を上げたかと思うと振り返り睨む。なぜ俺を?


「ちょっと雉間! 今私の頭触ったでしょっ! このヘンタイ! いくらお姉ちゃんのお墨付きだからって気安く触らないでよ!」


 何を言う、俺じゃないぞ。と言うよりも早く、


「それにね、あたしの方がお姉ちゃんに気に入られてるんだからねーっ、だ!」


 この妹、何という言い草だ。


「ちょっと待て。俺は触って……」


『もう雉間ったら、いくら紗が可愛くても触ったらダメなの』


 なっ! それは姫乃さんが……、


「……は? ちょっと何なの? 話の途中でいきなり目を逸らして。ほら、いいからさっさと認めてよ。そもそも私の後ろには雉間しかいないじゃない!」


 あー、そうじゃなくてだな。

 俺は助け船を要請すべく、久良さんに目配せを送った。


「ふふっ、わかっていますよ雉間さん」


 久良さんは俺の意を汲み取り、にこりと微笑む。




「わたしはいつだって雉間さんの味方。ですから……ね? 一緒に怒られますから正直に謝りましょ?」




 俺の意は汲み取られなかったようだ。




 その時。




「あの、雉間探偵局ってここですか?」




 探偵局の扉が開かれた。

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雨城姫乃の探偵局 hororo @sirokuma_0409

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