第3話 吹き続ける少年

 「〈ごうた〉ちゃん、ピロピロ笛を吹くのよ。 りゅうを呼び出して」


 〈はないいちもんめ〉を遊んだ、何百、何千、何万人か分からない、大勢おおぜいの子供達の声が遠いそらから、近くの観客席から聞こえてきた。


 僕に勇気を与えてくれる声なんだ、すっごい数の声だから、そうなんだと思う。


 僕は〈龍の吹き戻し〉を口にくわえて、息をいた、でもピロピロと伸びてくれない。

 何事なにごとかと考えていた大赤鬼が、興味きょうみうしなったのだろう、僕の方へゆっくりと近づいてくる、僕はどうしたら良いんだ。


 「〈ごうた〉ちゃん、〈龍の息吹いぶき〉よ。 お腹の底にいる龍を呼び出して」


 僕はもう一度、〈龍の吹き戻し〉を口にくわえて、大きく息をいた。

 〈コロボ〉に乱暴した鬼を許さないと、子供達をいじめた鬼みたいな人を許さないと、肺が破れても良いと、強く息を込めたんだ。


 そうすると〈龍の吹き戻し〉は、大きく伸びて龍の形になり、横から手と足も生えてきた。

 金色の龍だ。


 龍は〈龍の吹き戻し〉から飛び立ち、逃げようとしていた大赤鬼に体当たりしたぞ。

 ドーンと倒れた大赤鬼に、グルグル巻きついて、ギューとしめ上げている。


 大赤鬼は暴れて抵抗していたけど、龍の力に負けたんだ、バラバラに千切ちぎれ消え去っていった。

 やったー、僕が吹き出した龍の勝利だ。


 龍は空に向かって、ドラゴンブレスを一発放いっぱつはなった後、すーっと消えてしまった、「あっ」と思って手の中を見たら、〈龍の吹き戻し〉がまだあったので、僕はホッとしたよ。


 それにしても龍は強いな、ドラゴンブレスの切り札きりふだを残したまま勝ったんだ、自分の事のようにほこらしい。


 〈コロボ〉を探そうと思ったら、「えっ」と思った、なぜか僕は龍の背中に乗っているんだよ、探していた〈コロボ〉は、元に戻って僕の手をペロペロとなめている、元気にもなっているぞ、あははっ。


 僕は〈コロボ〉のお腹をワシャワシャとしてあげた、〈コロボ〉はまた「ハァ」「ハァ」言って喜んでくれたから、僕もすっごく嬉しい。


 龍は僕と〈コロボ〉を乗せて、星の海を泳ぐように飛んでいる、金平糖を食べて星になった子供達が、「勇者だ」「〈龍の息吹〉の〈ごうた〉だ」「ありがとう」「さようなら」と手を振ってくれている、僕は思わず「バンザイ」と叫んだよ、すっごく嬉しかったんだ。



 「ハッ」と気づいたら、家の前に立っていた、すっごい距離と時間を超えたんだな。


 僕はお母さんとお父さんに、今日僕がした冒険をくわしく話してあげた、顔を真っ赤にして話したんだ。

 お母さんは「〈はな〉ちゃんと会えると良いわね」と言っていた、女の人はいつも恋愛が好きなんだな。

 お父さんは「〈龍の吹き戻し〉はカッコ良いな」と言ってくれた、男はいつまでも子供なんだな。



 その後、どんなに思い切り考えても、脳の血管が切れるほど想像しても、もうあの小さな道に行く事は出来なかった、〈龍の吹き戻し〉を何回吹いても龍が現れることも無かった。

 それでも僕はお腹に力を込めて、〈龍の吹き戻し〉を毎日何回も吹き続けた、そうするのが当たり前なんだ、すっごく嫌なことでも思い切り吹けば、宙に吹き飛んで行くんだからな。


 僕はもう一度、あの小さな道へ行きたいと、いつもにように考え事をしながら歩いていたら、

 だんボール箱が目の前にあったんだ。


 おぉ、これは宝箱に違いないと、すっごく嬉しくなっておどりそうになったよ。


 箱の中にはて犬がいたんだ、毛は灰色だけど、僕はこの子犬が〈コロボ〉だと確信したね。

 〈コロボ〉は弱って死にかけていたけど、僕はお母さんとお父さんに、すっごく頭を下げてうことを許してもらったんだ。


 最近は勉強も習い事ならいごとの水泳も頑張がんばっているから、三時間ほど頭を下げ続けたら許してくれたんだ、〈コロボ〉のためなら僕はいつまでも下げ続けられるよ、だって大赤鬼の手にかみついてくれたんだぞ。


 動物病院にも連れて行ってもらい、〈コロボ〉は元気になり毛も白くなった、雨に濡れて汚れていたらしい。



 だけど不幸はどこにでも、落ちているもんなんだ。


 僕は中学生になり、〈コロボ〉と散歩の途中で〈龍の吹き戻し〉を吹いていたら、三年生の不良にからまれてしまった。


 「あぁ、なんだお前は、中学生にもなって、ピロピロ笛かよ」

 「ちょー、うける。 あははっ、変なヤツ、お子様じゃん」


 男の方は悪いうわさえない不良だ、赤い顔をしているのはお酒を飲んでいるらしい。

 学生服の前を全開にして、真っ赤なTシャツを着ている、耳にピアスもしているし当然金髪だ。


 女の方も、金髪に派手なメイクをして短いスカートはいて、ニタニタと笑っている。


 三年生の不良は、「けっ、ゴミが大事なのか、だせぇ」と言いながら、僕の手をにぎりつぶそうとしてきたんだ、僕は「痛い」と悲鳴を上げて〈龍の吹き戻し〉を地面に落としてしまった。


 「あははっ、痛いってさ。 コイツ、ちょー弱いんだ。 やっぱゴミだね」


 女の方は僕をバカにして、不良の三年生は、とんでもないことに〈龍の吹き戻し〉を足でみつぶしてしまったんだ。


 「あぁー、うそだろう、こわれてしまった」


 僕のなげきと同時だったと思う、〈コロボ〉が「ガルル」とうなり不良の男へ飛びかかっていった、けれど寸前すんぜんで不良に「バギッ」とり上げられてしまった、〈キャン〉と一声鳴いて〈コロボ〉は身動きも出来ない。


 「けっ、くそ犬が、殺してやるぞ」


 不良の三年生が倒れている〈コロボ〉をみつぶそうと、足を上げているのが見えた。

 僕は「うぉおー」とさけんで、気づいた時には不良の三年生へ体当たりをしていたらしい、僕の体の下にたおれていたから、きっとそうなんだろう。


 コイツは赤いから、あの大赤鬼の手下てしたに違いない、手下なんかに負けるか。


 僕は「許さないぞ」と叫び続けていた、〈龍の吹き戻し〉を毎日吹いていたから、〈龍の息吹〉が出せるんだ、ものすごい大声になって、あたり一面に響き渡ひびきわたっている。


 不良の三年生と不良の女が、必死に耳を押さえているくらいだ、それでも僕は〈龍の息吹〉をき続ける、いつも吹いていたから、いつまでも吐くことが出来るようになっているんだ。


 「くそっ、バカみたいに叫びやがって」

 「ほんと、うるさい。 コイツ、頭がいかれているわよ」


 不良の三年生は、まだ叫んでいる僕を押しのけて、不良の女と逃げていった。

 僕の声があまりにも大きいから、近くにいた人達が何事かと、一杯集まってきたせいもあると思う。


 〈コロボ〉も痛いのをこらえて、「ワオォォ」と一緒に吠えてくれていた。


 僕は叫ぶのを止めて、〈龍の吹き戻し〉を拾い上ひろいあげようとしたけど、バラバラになって手からこぼれ落ちてしまう。


 もう〈龍の吹き戻し〉を二度と吹くことが出来ないんだ、自分の一部を失くしたような気がして、目の前が真っ暗になる。


 だけど〈コロボ〉が手をペロペロとなめてくれた、僕を心配してくれているんだな、〈コロボ〉のお腹をワシャワシャとしてあげたら、〈コロボ〉はまた「ハァ」「ハァ」言って喜んでくれたぞ。

 僕は泣かなくてすんだよ、ありがとう〈コロボ〉。


 「君はすごい声を出せるね。 トランペットでも吹いたら、良い線いくんじゃないかな」


 知らないおじさんが、僕の大声にあきれたのか、可能性を教えてくれたのか、たずねることは今も出来ていない、本当に存在そんざいしたのかさえ分からないんだ。


 〈龍の吹き戻し〉を失った日から、僕は音楽の先生に頭を下げて、トランペットを吹かせてもらった、おこづかいとお年玉をコツコツめて、自分のトランペットも買った。

 〈龍の吹き戻し〉のかわりに吹き続けたんだ、すがるように吹き続けていたと思う。


 学校の音楽室で毎日吹いて、家ではマウスピースに息を吐き続けることを止めなかった。

 両親をはじめ、近所の人や河川敷かせんじきの動物達に、多大ただい迷惑めいわくをかけたと思うな、すっごく反省しています。



 だけどみんが我慢してくれたおかげで、僕は素敵すてきなホールでコンサートを開くことが出来るんだ。


 今、まくが上がっていくよ。


 大勢の人々がチケットを買って来てくれたんだ、ありがとうございます。


 暗い客席に淡く瞬あわくまたたいているのは、金平糖で星に変わった子供達だ、きっと。

 そらから僕の演奏えんそうを聞きに来てくれたんだな、遠くからおつかれ様。


 朝早く家を出る時に、〈コロボ〉は僕をめようとしてくれた、でもお年寄りになった〈コロボ〉はもう上手く動けないんだ、僕は口まで手を伸ばして〈コロボ〉に舐めてもらった。

 僕はプレッシャーをすっごく感じていたけど、〈コロボ〉が舐めてくれたから、もう大丈夫だよ。


 ありがとう、〈コロボ〉。

 僕の親友だ、長い生きしないと許さないぞ。


 幕が開く前の暗いステージに立っている、ここまで来たら、後は思い切り吹くだけだ。


 僕は〈龍の吹き戻し〉できたえられた、とても頑丈がんじょうな肺を持っているぞ、金の龍を出したこともあるんだ、腹の中には今も龍がひそんでいるはず。

 金に光るこのトランペットを触媒しょくばいに、今この時、金の龍を吹き出してやるぞ。


 もう幕が上がる寸前すんぜんだ。


 すーっと長く息を吸うんだ、怖い事なんか何もない、もう〈コロボ〉が先陣せんじんを切らなくても、僕は勇気を持つことが出来る、いつまでもたよっていられるか。

 〈コロボ〉、安心させてやるからね、おだやかな日々をすごしてほしいな。


 両親を始め、みんなの期待を裏切うらぎる事には決してならない、ははっ、良い方には裏切るかもだ。


 暗い観客席には、大赤鬼はいないけど、今日の敵は自分の心の中にいると思う、自分の限界をえて行くんだ、観客と未来に向かって、たましいの音をひびかせろよ。


 幕が全て上がりえて、スポットライトが、まぶしく僕をらしている。


 僕は〈龍の息吹〉を吐くことが出来る、信じているから絶対に出来るんだ、最高の本気を出してやるぜ、体の真ん中と心のしんに、はぁぁぁぁ、〈ドラゴンブレス〉をらいやがれ、黄金の龍を感じさせてやる。


 聞いてくれ僕の音を、吹いて吹いて吹いて吹き続けるんだぁー。 


    ― 完 ―


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最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

短い話でしたがどうだったでしょう。


お手数とは思いますが、「フォロー」や「星」や「レビュー」や「応援」を頂ければ、大変有難いです。

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考え事をしていたら、見知らぬ路地に出て、僕は龍のピロピロをもらった 品画十帆 @6347

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