第6節


「っ!!!?」

「ローレンティアちゃん!!!!」


 離れた場所で応戦していた神坂が叫んだ時には、轟々と燃え盛る渦の中で灰銀髪の少女が焼かれていた。

 数秒ののち忽然こつぜんと炎が消えると、黒々と炭化した人型のものが地面へと落ち、真下に倒れて難を逃れていた騎士達の鎧にぶつかり粉々になってしまう。


「う、うそ……!?」

「い、今のって!!」


 灰銀髪の少女の無惨な姿に驚愕きょうがく恐怖きょうふする一方で、今し方、放たれた魔術による攻撃に既視感を覚え、困惑の混ざった表情を浮かべてしまう。

 そして、その既視感は正解だったと思い知る。

 赤色の渦が放たれた方向から、一人の少女が近づいてきた。円状の広いつばがついた紫のとんがり帽子に、茶色の長髪、一層深い青紫の外套を羽織り、その下は八津原達の通っていた高校の制服を着ている。紺色のブレザー服に、中のクリーム色のカーディガンや白のシャツは裾を出したまま着込んでおり、スカートも僅かに上げて褐色の腿を強調している。

 弓削ゆげ奏美かなみ

 クラスメイトで、神坂と親友。彼女も魔術に関する称号や恩寵ギフトを継承しており、火や風に関する魔術を得意としている。魔物との戦闘で頻繁に使用し、烈風と爆炎を組み合わせた炎の渦の術式は他の追随ついずいを許さない程に強力であった。

 杖などは持っていない。手を翳すだけで先程のような術を行使できる。そんな彼女が、前髪から覗かせる虚な黒目で八津原達を視認すると、おもむろに両の掌を向けてきた。


「……っ!?」


 それだけではない。

 転移前から旧知の仲である友達、クラスメイト、転移後に寝食を共にした後輩や先輩達。この世界に召喚され、勇者に選ばれた仲間達。皆学校指定の制服を着ていたり、魔術師然とした外套やレザーアーマーを着込んだり、様々な衣装や武装をしている。

 ミシェラの思惑がバレてしまい、彼女を逃す為に方々へ撹乱や陽動を買って出た皆が、勢揃いで集結していた。

 だが、剣、槍、戦斧、槌、杖。多様な武器を持って、その先を八津原や神坂に向けて構えている。怪我などは負っていないようだが、虚な目と行動の所為で喜べる状況ではない。

 全員の目に正気が感じられない。一様に死人のような瞳で見つめられ、言葉すら発せられず当惑していると、彼らの後ろから一人、鎧姿の男が現れた。


「ふん。まぁ、一撃で仕留められたのは僥倖ぎょうこうか。しかし、魔族と行動を共にしているとは、反逆者の自覚があるのかないのか分からん連中だ」

「――――っ!!」

「しかし……勇者とはいえ、子ども二人に手古摺てこずりおって、情けない」


 首筋の高さで切り揃えた赤の混ざる金色の髪、群青の双眸そうぼうで八津原達を見下ろす男。顔立ちは整っているが、卑下の感情が常に貼りついている所為か、気味の悪い印象を相手に抱かせる容姿をしている。

 エノク・マルデューク・クレイテスラ。ミシェラの兄であり、クレイテスラ王国王位継承権第二位の王子。周囲にいる勇者達よりも頭一つ高い上背だが、着込んでいる黄金の鎧と、腰に差している派手に装飾された剣の重みで潰れてしまうのではと思える程に細身だ。

 右手に持つ同色の錫杖しゃくじょうを八津原達に向けており、柄から伸びる金属の管が、鎧の背中部分にあると繋がっている。


「ある程度疲弊ひへいさせないといけないというのに、それすらできないとは。王国騎士団の恥晒し共め」

「……相変わらず騎士団連中に辛口だなあんたは」

「誰に向かって偉そうな口を利いている? 世界を裏切った大罪人め」


 両者が面と向かって会話を交わすのは何度かあったが、その全部が憎まれ口ばかりだ。最近は彼ら兄妹の叔父にあたるユーダという人物と一緒にいることが多く、二人がかりで嫌味を言ってくる始末である。

 八津原は一々言い返すことはしないし、向こうが飽きるか、その場に居合わせた長兄のルキウスや妹のミシェラが助け舟を出してくれるまで黙るのが通例になっている。

 そんなエノクが豪奢ごうしゃな鎧を着込み、わざわざ戦闘の只中ただなかにある場所にまで訪れていた。しかも、八津原達の仲間を引きつれる形で。


「その大罪人をしょっ引く為にわざわざ足を運んだってのか? ご苦労なことだな」

「全くだ。この私にここまでの苦労をいたことも含めて、報いを受けてもらわねば気が済まん」

「あ、あの!! ミシェラは、別に国を裏切るつもりとかなくてっ」

「黙れ痴れ者め。どいつもこいつも不敬極まりない猿ばかりだ」


 籠手などの色々な部位に魔術的な防御を持たせる為の文字や文様が刻まれており、恐らく魔力を帯びた魔石と思しきものも各所に埋め込んでいる。

 はっきり言って、大変に趣味が悪い。着慣れていないのか、根や岩などの足場の悪さもあいって、歩く様がかなりぎこちない。


「まぁ、多少の不敬には目をつぶろう。今の私は大変気分がいい。人類の仇敵きゅうてきと成り果てた罪人を、この手で誅伐ちゅうばつできるのだからな」


 聞いてもいない自身の心情を語りながら、六つの金属の輪が付いた先端部を向けて口角を吊り上げる。


「我が愚かな妹の、愚かな策謀さくぼうに加担した反逆者ども。この私が、直々じきじきに罰を与える。こいつらのようにな」


 空いている左腕を広げて、背後に佇むクラスメイト達を指し示すと、立ち尽くしていた神坂が叫ぶ。


「あなた、かなちーたちになにをしたの!!?」

「貴様ら反逆者にわざわざ語る必要などない。どうせ同じになるのだからな」


 とはいえ、そう言い放ち、錫杖を天へ掲げる。その動作に合わせて、各々武器を構えていた仲間である筈の皆が八津原や神坂に近づき始めた。


「この魔導具があれば、たとえ貴様ら勇者といえども、こうして意のままに操ることができる。とはいえ、流石に精神や肉体を疲弊させないといけないらしくてな。今度はこいつらの相手をしてもらうぞ」


(語ってんじゃねぇか……。でも、精神を操る系の魔術とか、弓削ゆげさんとか魔術師の称号持ちには効かないはずだろ……!? どんだけ強力なんだあの魔導具……!)


 八津原の記憶が正しければ、エノクに魔術の才能はない。加えて、この世界では才能のない人間が魔術を使えるようになる便利な代物も存在しないと聞いている。

 魔導具の製作に関する称号や恩寵ギフトでもあれば話は別で、それらに相当する力を授けられた同級生もいる。だがそんな都合の良い物を仲間の誰かが、あの傲岸不遜ごうがんふそんが鎧を着て歩いているようなやからに与えるとは考えられない。

 金属同士のぶつかり合う音が鳴り、その音に合わせて剣先や、術の発動によって発光する杖などを二人に向けて構える。


「待って、倒れてる騎士団のみんな巻き込む気!?」

「肉の壁にすらならない役立たず共を気にするのか? 呆れた連中だ。自分の心配をすれば良いものを」

「あなたが命令して、私たちと戦わせたんでしょ!!」

「その命令を遂行できぬ、凡夫ぼんぷ以下の木偶でく共だぞ。貴様ら諸共もろとも処罰して何が悪い?」

「神坂逃げろ!! 俺が時間を稼ぐ!!」


 格納してあるありったけの武具を現出しようとする。刃が届く前に、術式が発動する前に、持っている武器へぶつけて弾き飛ばそうとする。

 逃がそうとする八津原に対して神坂は聞く耳など持たず、麻痺などの行動を阻害する術で応戦しようとした、その瞬間だった。



『ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!! ガァ、ザギア゙グ!!』



 錫杖しゃくじょうを掴んでへし折った。

 突然の事で誰も事態を把握できずにいると、術を発動しようとしていた弓削達の動きが止まる。

 しかし術式の起動なども中断してしまったことで中途半端に魔術が発動し、四方八方へと暴発しかける。


「まずっ!!!!」


 咄嗟の判断で球体状の結界を張る魔術を使い、クラスメイト達一人一人を囲うように展開して防御する。地面に伏している、あるいは立ち尽くしている騎士達にも同様に透明の結界を張り、瞬間、一帯が爆ぜた。

 爆裂と暴風、灼熱から絶対零度、雷撃や熱線など、ありとあらゆる現象を生み出す魔術の攻撃が、森林地帯を悉く蹂躙じゅうりんしていった。

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2025年1月11日 08:00 隔日 18:00

異世界転移/転生は終了しました 仲群俊輔 @deicide547

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