第4話魔物の最期

 もうだめだ。

  あきらめようとしたその時、目に飛び込んできたものがあった。 私の方へかがんだギガスの首だった。


 大人のこぶし大ほどもある喉仏のどぼとけの下にあるくぼみ。他の部位と比べて、首の付け根あたりの皮膚が薄いように思えた。


 ここだ!

 私は思い切り剣を突き上げた。


 勝利を確信していたギガスは油断していたのかもしれない。無防備にさらした喉はショートソードのつかまで飲み込み、魔物は広いコアルームを揺るがすほどの咆哮を上げた。


 血しぶきが吹き上がり、赤黒く生臭いそれがシャワーのようにわたしの体に降りかかってきた。


 ギガスが激しく体を揺すったため、私は吹き飛ばされた。硬い床にたたきつけられて、しこたま背中を打ち、息ができなかった。

 だが休んでいる暇はない。私は咳き込みながら何とか体を起こした。

 

 ギガスは私の存在を忘れたかのように激しく身もだえしていた。刺さった剣が抜き取れないため苦しいのだろう。暴れれば暴れるほどに、傷口からは血が流れ出て、当たりを赤く染めていた。


 私が仕かけたこととはいえ、その凄惨なようすにさすがに眉をひそめた。 もっと、スパッと一撃で倒せるほどの力があったなら、苦しませなくてすんだものを。


 渾身の力でチャクラムを投げた。


 一投目はギガスの顎に当たって弾かれた。続いて投げた二投目はギガスの両目を切り裂いて飛び、三投目は刺さった剣の横をえぐった。そして四投目は、苦悶に開けたギガスの大きな口の中へ。


 小さな体とは言え私の投擲術は熟練していた。力ではないのだ。腕の振り方手首のスナップ、緻密なコントロール。誰に教えられたわけでもないが、コアが出してくる魔物と戦い続けているうに、自然に身につけていた。


 チャクラムは、直径数センチもない薄い金属の円盤でしかないが、まわりにギザギザの鋭い刃が刻んである。それが猛スピードで口の中へ飛び込んだらどうなるか。

 

 もっと小さな魔物だったら体が引き裂かれただろうけれど、ギガスの口は巨大だった。チャクラムは剣に貫かれた喉を内側からも切り裂き、その裂け目から空気が洩れ、ギガスは呼吸ができなくなった。


 魔物の体が人間と同じに考えていいのかはわからない。しかし、少なくともギガスは目の前で、喉を押さえて苦しんでいた。


 チャクラムは残りあと一枚。どう攻めるか考えていると、ふいに背中へ風が当たった。


「なんだ、ここは?」

 背後で驚いたような声がした。

 

「ボスを倒したら宝物がザクザクのはずだろ」

「まさか、こっちが最終ボスラスボスか?」


 私が振り向くと、そこには四人の人間が立っていた。 ここで目覚めてから初めて見る自分以外の人間だった。

 

 これまで何もない白い土壁だったところが大きく開いていて、その向こうに洞窟のようなゴツゴツした天井が見えた。

 

 幸いギガスは私の存在を忘れたかのように、地団駄を踏みながら苦しんでいた。


「ここは何だ? 子ども? なぜここにいる」

 先頭に立っていた大柄な男が、喉を押さえて身もだえするギガスを見てとまどったように言った。


「おまえがやったのか?」

 男が聞いた。


 私はギガスの首に刺さっている剣を指してうなずいた。そして、手のひらに乗せてい|たチャクラムの最後の一枚を見せた。


「ああ、それじゃあ、とどめはキツそうだな」

 男は言って、背負っていた大剣を構えた。


「オレたちがやってもいいか?」

 男は私の方へかがみ込むようにして目を合わせた。

 

「ありゃ普通、Aランク冒険者でも手を焼く魔物だぞ。それをあんだけ苦しませるんだ、すげえ子どもだ」

 私は、男が何を言いたいのかわからずに首を傾げた。


「魔物の横取りはマナー違反なの。君の許可がいるのよ。許可してくれる?」

 後ろにいたローブ姿の女が説明してくれた。


 あの魔物を倒してくれるなら願ったりだ。私は大き縦に首をく振って、彼らの後ろに下がった。


「よし、やるぞ! マリル頼む」

 リーダーと思われる大柄な男が鼓舞すると、ローブの女が持っていた杖をかかげた。

 「了解、アル」

 

 後方にいた体格のいい男が、マリルと呼ばれた女の前に立ち、大盾を構えた。

「君もここへいらっしゃい。ザイルの盾の奥にいれば安心よ」

  マリルが手招いたので、私は素直に彼女の横に立って、いつでも投げられるようにチャクラムを構えた」


「いくわよ」

 マリが持っていた杖を掲げて何かつぶやくと、ダダダダン! という耳をつんざくような音とともに、コアルームの景色が揺れた。

  杖の先から眩しい稲妻が発し、ギザギザに枝分かれした光が空気を裂くように走った。それは一直線に苦しんでいるギガスの脳天を貫いた。

 

 コアルームは一瞬ホワイトアウトしたかのように何も見えなくなった。それはすぐに元に戻ったが、私の耳はしばらく空気の膜で塞がれたように聞こえにくくなった。


「おい、マリルやりすぎだ」

 彼らの声が遠くで話しているように聞こえた。

 

 マリルがギガスの動きを止めたら、飛びかかるはずだった小柄な男が、構えていた両手のナイフを下ろして肩をすくめた。


「なんでよ、エスト、予定通りじゃない。魔物は動かないわよ」

 マリルが言い返した。


 ギガスは喉元を押さえたまま動きを止めていた。


「オレたちまで動けなくしてどうするよ」

「ふん。ちょっと加減を間違えただけじゃない。どうせ馴れてるでしょ。さっさと行きなさいよ」


 「おいおい。お前ら、戦闘中だぞ。緊張感なさすぎる」

 アルが呆れたように言った。


「よし、魔物が感電してるうちにやっちまおうぜ」

 エストはナイフを構えなおすと、ギガスの背後にまわって手早く両足の腱を切り裂いた。


 魔物は巨体を支えられなくなり、なすすべも無く床に崩れ落ちた。

 

「これで終わりだ!」

 軽々と大剣を振り上げたアルは、腹ばいになって倒れたギガスの首を一刀で落とした。


 巨大なギガスの頭は胴体を離れ、うつろな目を開いたまま、自分が流した血だまりの中へゴロンと転がった。

 そして、見ていた私の力が抜けて膝を突くのと同時に、事切れたギガスが消えて行った。

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2024年12月12日 20:18

ダンジョンコアと私【改稿版】 仲津麻子 @kukiha

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