ダンジョンコアと私【改稿版】

第3話巨大な魔物

　魔物と闘い、ポーションをあおるように飲んで意識を無くして寝るという毎日がどれほど続いたのかよくわからなかったが、気がつけば私は成長していた。

　あいかわらず痩せていたが、手足が伸び背の高さも倍以上になっていた。ショートソードとナイフに加えて、チャクラム（円月輪）という暗器が武器に加わった。

　チャクラムは投擲（とうてき）用の円盤で、いつも腰に着けているベルトの飾りとして六枚が納まっている。手のひらに隠れてしまうほど小さなものだが、うまく投げれば一撃で魔物の首を落とすほどの威力がある。

　体が小さい私にとっては、剣では闘い負ける相手にも遠距離から攻撃できる便利な武器だった。もちろん初めは失敗も多かった。誰も投げ方を教えてくれる人はいない。

　ダンジョンコアもこの世界についての知識は伝えてくれたが、戦い方までは教えてくれなかった。ただ、私の足もとにアイテムをコロンと転がしてくれるだけだ。

　毎日毎日、否応なしに魔物が迫ってくる。だから与えられた武器でがむしゃらに戦うしかなかった。傷つこうが、血まみれになろうが、誰も助けてはくれないのだ。

　幾度死にそうになったことか。いや、もしかすると気づかなかっただけで、何度かは実際に死んだのかもしれない。いつもは瀕死状態でポーションを飲んで傷を治すのだが、その暇さえなく気を失って、傷ひとつない状態で目覚めたことがあったから。

　そのあたりのことは良くわからない。ダンジョンコアがすることは理解を超えている。ともかく、コアは私を死なせないと判断したのだろう。

　そんな風に毎日をなんとか生き伸びながら、少しずつ闘いなれて行って、私の何倍もあるような大きな魔物とも戦えるようになっていた。

　その日現れたのは巨大な魔物だった。何という魔物か知らなかったので、勝手にギガスと呼んだ。前世で読んだギリシャ神話の巨人をイメージさせたからだ。

　筋骨隆々とした人型の魔物だった。上半身は裸で腰に獣皮を巻いていた。体全体に筋肉が盛り上がっていて、手足を動かすたびに、それがうねうね動くさまは気味が悪かった。

　そんな巨体が突然目の前に現れた時、もちろん偶然ではなくダンジョンコアが出したことは間違いないのだが、私は考えるよりも先にチャクラムを投げた。私のように体の小さい者は、先制攻撃で有利に立つ必要がある。

　大抵の魔物であれば、高速回転するチャクラムの軌跡に切断されて、その首が落ちるはずなのだが、巨人のまとう筋肉は傷もつかずに暗器をはね返した。

　失敗したと知るや、私は急いでギガスが繰り出してくる巨岩のような拳（こぶし）を避けて飛んだ。

　巨人の拳は、一秒前に私が立っていた床をえぐってへこませ、コアルームが激しく揺れた。

　コアルームの床がへこむところなど、その時初めて見た。幸いしばらくすると修復されてもどにもどったが、あの拳が私に当たっていたら、ひとたまりもなかっただろう。

　ギガスの動きはさほど速くなかったが、たたみかけるようにして繰り出してくる拳は強烈だった。

　なんとか攻撃を避けても、体のすぐ横を空振りするギガスの腕の風圧だけで、私の軽い体は吹き飛ばされた。

　ほんの少しでも魔物の腕がわたしに触れれば致命傷になる。私はその拳を避けるだけが精一杯で、反撃する機会さえなかった。

　きっとどこかに弱点はあるはずだ。生き残るためには弱点を突くべきなのだが、装甲のような硬い魔物の体へは、非力な私の剣は届かなかった。

　連日の魔物との闘いで、私はおそらく同年代の子どもよりは体力はあっただろう。しかし、ギガスの攻撃はこれまでの魔物の比ではなかった。

　攻撃を避け、受け流し、逃げまわり、防戦一方になった私の体力は急激に衰えていった。

　　動けなくなるのは時間の問題だ。きっとこのまま死ぬのだろうな。　私は他人事のように思った。

　このコアルームで生きていること自体が現実味のない幻のようなものだ。　私が生きていようが死んでいようが、誰も知ることはない。私がここにいることを誰も知らないのだから。

　攻撃をかわす足が重くなってきた。もうすぐ体力が尽きる。　前世で死んで、せっかくここで蘇ることができたのに、今世は短い一生だったな。

　外がどんな世界なのかも知らないまま、この箱庭のようなコアルームしか知らずに死んでいく。できるなら次の人生もあるといいが。

　気が遠くなりそうにながらも、これまでの闘いで身につけていた動きで、本能のままにギガスの攻撃を避けながら、私は考えていた。

　しかし、とうとう動けなくなる瞬間がやってきた。いくら気力を振り絞っても、体が思うように動かなくなった。だいぶ前からガクガク大きく震えていたひざが折れて、私は床にうずくまるしかなくなった。

　ギガスが私を潰そうと、太い腕を振り上げているのが見えた。

　逃げなくては。

　わかってはいるのに体が動かない。私は息を詰めたまま、頭上にそびえ立つ巨体を見上げるだけだった。