ごぶごぶ

yatacrow

ごぶごぶ

「知らない天井じゃ……」


 わし……いや、俺の名は黄昏の終末トワイライト・ジ・エンドだ。※本名は宮本すすむ、76歳


 幾千年の闇を従え、刹那の邂逅と永久の誓いを果たし、鬼と呪われし餓鬼どもの手により貶められたこの我が身、白色の檻のなかで、蒼穹の門をくぐったと思っていた。※そこそこ黒歴史ある平凡な人生で、嫁と子供らに追いやられる感じで介護施設に入れられて、そこで体を壊して入院、そのまま死んだと思っていた。と述べている


『『ぎゃぎゃッ!?』』

「なんじゃ貴様らは……」


 緑色の皮膚、人型ではあるが耳障りな声――――


「これが噂のゴブリンか!?」


 死ぬ前の記憶ではあるが、ニュースで『ゴブリン』がどうのと言っていたのを聞いた。俺があと50年若ければ、相棒の闇を切り裂く光シャイニングスター※段ボールを丸めた本人曰く剣――で、無双したものを。


 いやしかし! これはまさに天の配剤! 天はこやつらを滅するために、俺を現世に遣わしたに違いないッ!!


 身体中にみなぎる力……ッ!! 全能感が俺を支配する。あれだけ重く動かなかった身体が軽い、うすぼんやりとしていた思考がクリアになる。


『……ぎゃ?』

「臭い! わし……ぉれに近づくなッ!! なんじゃワシオレってぇ!!」

『ぎゃあッ!?』

『ぎゃ! ぎゃぎゃぎゃ!!』

『ぎゃぎゃぁ!』


 近くにいた皺くちゃのメスが、わし……俺の顔を覗き込んできおった! 思わず近くにあった果物ナイフ――いや〝残響の叡智シンフォニア〟を振り回してしまった。メスの顔面から緑の血が噴き出る。ぎゃあぎゃあと周囲のオスどもが騒ぎ出した。


「えぇい、五月蝿いぞぉ!!」


 身体が軽い、背筋の力だけで天井近くまで飛び跳ねた俺は、その重力を利用して、一匹のオスゴブリンを覆いかぶさり、その背中に〝残響の叡智〟を突き刺した。


『ぎゃ……』


 ぴくぴくと動いていたが、ぐぐっと力を込めるとやがてゴブリンは静かになった。


『……ぎゃ、ぎゃぎゃぎゃあ! ぎゃぎゃあ!!』


 その場に顔を押さえてうずくまったメス、背後で仲間を殺されたことで、もう一匹のオスがわめいておる。


「なんじゃ? わめくだけか?」


 オスの方は、俺にびびっておるようだ。


「ふっ俺が怖いのか? 貴様らがいつからこの世に現れたのか知らぬがここまでじゃよ。女を攫い、苗床にする鬼畜の所業、許すまじ!!」


『ぎゃ……』


 右手を振り抜き、ゆっくりと逃げようとしたメスの首筋に線を入れる。ビシュっと緑の鮮血が白い壁を汚した。


 ゴブリンは狡猾、繁殖力が高く、エルフの女に目がない害悪生物……とラノベで読んでいたが、ここまで醜い容貌をしておったとは。見るだけで吐き気がする。


 この世にのさばる悪、俺はこやつらを屠るために蘇ったのだ。昔から思い込みが激しいだの、妄想乙だのとバカにされてきたが、ついに俺の正しさを証明する刻が訪れたのだ。


 片足でオスの背中を踏み折れば、パキりと乾いた音がした。さあ、貴様はどうする?


『ぎゃ……ぎゃああ』

「ははっ、逃げたか! はたまた仲間を呼んだか、ふん、何匹来てもかまわん、すべて根絶やしにしてやるわ」


 俺はゴブリンの気配がなくなった部屋を見回した。


 今はところどころ緑に染まっている白い壁。よがんでしまったパイプのベッド。


 俺はなぜこんなところに寝かされていたのか? 何かの儀式で召還されたのか? 謎は深まるばかりじゃ。


「ほひょッ!?」


 おっと、シリアスなシーンじゃったのに、鏡に写った俺の姿に思わず変な声が出てしまった。


「若返っておる……」


 ハゲが散らかっている、早く片付けろ! と、皺くちゃババァのオーガワイフに罵られていた頭部が、なぜかつるつるに片付けられている。が! だけど! 皺もシミもない、肌もぴっちぴちの中学生に見える俺がいる。


 両耳の上と、前頭部だけやさしく潤っていた砂漠のオアシスは、旅人たちが求めては彷徨う蜃気楼となった。


「わしの髪……」


 ……若返りの代償としては大きい気がする。


「そうじゃ、あの鬼嫁はどうなった? 夫婦仲は最悪だったが長年連れ添ったクソ婆と、俺を邪険にしおった親不孝者ら、もしやゴブリンどもに喰われたか? それとも無事か?」


 そもそもここはどこなんだ! だんだんと冷静になってきた。目覚めたらいきなりゴブリン3匹に囲まれて、そいつらを撃退したら、若返ってる俺。


 まともな武器は血染めの踊り人形ブラッディマリオと、俺のマッスルなボディ。中学の頃、転移に備えて鍛えておいて良かった。


「さて、とりあえずドロップがないかチェックしておこうか」


 精神は健全な肉体に宿る、まさに俺の思考はどんどん現役になっていく。メスゴブリンの衣服を剥ぎ取る。


「くせぇ」


 ゴブリン臭とでも言おうか、死体になってより濃くなったゴブリン臭。鼻をつまんで、衣服や近くに落ちているカバン……ゴブリンのカバン!? を戦利品として拾っておく。


「ゴブリンの癖に化粧道具? メスだからか? んで、財布の中身は日本円。……こりゃ、ゴブリンに支配された日本に転生しちまったのか? お、スーツ発見!」


 椅子にかかっていたスーツの上着を取る。内ポケットには誰かの名刺入れやペン、きっとコイツに奪われたのだろう。上着はこれでいいとして、ズボンは……オスのを剥ぐか。


「しよーべんくさいの……が今は仕方ない。ゲームでも序盤はぼろじゃ、我慢じゃ」


 今の格好は布の服に短パン、そして裸足。限りなく防御力が低い。多少の臭いを我慢してでも、ゴブリンスーツは防御力が高そう。


 ふん、生意気にも革靴まで履いてやがる。


「うーん、悔しいが背格好や体型が似てるだけあって靴のサイズもぴったり。水虫じゃないよな?」


 ――ぎゃあ! ぎゃあぎゃあ!!


 おっと逃げたゴブリンが仲間を呼んできたようだ。第二ラウンドの始まりだな。


 白魔術師のような格好をしたゴブリンが司令塔なのか、それを守るように盾と刺又を構えたゴブリンソルジャー、仲間を呼んだ小賢しいゴブリンが俺を指差しながら騒いでいる。


 ……刺又と盾、あの白衣は魔法防御が高そうだ。ここがどんな世界かわからないが、ゲームと違って死体は消えない! つまり、コイツラの装備は俺の物――――ッ!!


「かかって……来いやぁああああ!!」



 感情的で凶暴。


 言葉がいっさい通じない。


 不治の病に侵されていようが、老衰で死の間際であっても、脳のリミッターが外れたかのような膂力で人に襲いかかる。


 ――ここ数年、この症状にかかった患者の起こす事件があとを絶たない。最初に犠牲になるのは身近な家族。自宅や入院している病室で起こる悲劇。


 つるりとした頭部、尖った耳とつり上がった目、だらしなく開いた口からは常時よだれと強い口臭を出す。皮膚が緑色に変貌するその病を、人々はこう呼んだ。



 ――――ゴブリン病と。



―― fin ――


―――――――――――――


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コメントとか、ね?(土下座)


他にもこんな作品を書いています。

『あやしい影に転生しましたァ!? 〜最弱無能の影になったクズは勝手気ままに最強を貪る〜』

リンク:https://kakuyomu.jp/works/16817330667619264236


『デンパがとぶ ~異世界に飛ばされた俺、電波ダダ漏れらしいけど可愛い女の子とイチャイチャできて幸せです~』

リンク:https://kakuyomu.jp/works/16817330659720312661

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