第46話 力を借りる代価

 話をするにしても、落ち着いた場所でないと困るため、別室に移動したあとリリィから話題を出す。


 「力を貸して欲しい」

 「出会い頭にそのようなことを言われるとは思いませんでした。理由と代価次第です」

 「理由は、わたしのパーティーメンバーが面倒事に巻き込まれるのを防ぐために、一つの組織を潰してほしい。代価は、これでどう?」


 取り出されるのは、光を放つ宝石。それはダンジョンのコアであり、今は亡きワイズが銀行にわざわざ預けていた代物。

 希少品どころではないものが出てきたため、ソフィアは驚くが、安易に答えを出したりはしない。


 「……これを、どこで?」

 「知り合いから」


 嘘ではない。本当とも言い難いが。


 「教団はダンジョンを根本的に消したいと思ってる。けれど方法がない。だから、このダンジョンのコアを調べれば、少しは役に立つはず」

 「やれやれ、予想外のことをしてくる子どもですね。……いいでしょう。潰す組織を教えてください」


 交渉は成立。

 トントン拍子に話が進み、セラは少し悩んでいたが口を開いた。


 「黒い刃。貴族御用達の暗殺組織。当主になるために邪魔な兄弟とかを消す時とか、引っ張りだこよ」

 「セラはなんでそんな暗殺組織なんかに狙われてるの?」

 「そもそも、そういうの知らずに首を突っ込むなと言いたい。まあ、もう遅いからいいけど。……私はその組織の一員だったわけ。あまり使い物にならなかったから下っ端だったわ」

 「へー」


 驚くべき事実のはずが、リリィは割とどうでもよさげに答える。

 よく知らない組織なのもあるが、既に一度蹴散らしたため、そこまで脅威に感じていない。

 そんな反応を受け、セラは顔の一部がぴくぴくと動く。


 「あー、思いっきり締め上げたいわ。その能天気な顔を苦痛に歪ませたい」

 「だってほら、下っ端だったんでしょ。だから、あの時戦ったのは大したことのない奴らばかりなわけで」

 「まあね。そんなとりあえず送り込まれたような奴らに追い込まれてたのは、腹立たしい話だけど」

 「ところで、どうして抜けたの?」

 「雑用ばかりで、給金も少ない。これなら冒険者として食っていく方がマシだと思ったから」


 わかりやすい理由だが、すべてを話しているようには思えない。

 しかし、リリィはそれ以上聞かずに済ませた。

 頃合いと判断したのか、ソフィアが口を開く。


 「私はこれから、貴族の方々に援助を求めます。くれぐれも、王都の中で問題を起こさないように。色々と難しくなりますので」

 「どれくらい待てばいい?」

 「近々行われる即位式が終わるまで」

 「わかった。コアはそのあと渡すね」


 するべきことは済んだということで、リリィはセラを連れて教団を出ていく。

 頼むだけ頼んでさっさと立ち去るのは、なかなかに図太い。


 「リリィ」

 「うん?」

 「本気でダンジョンのコアを渡すつもり?」

 「捨てるよりはいいでしょ」


 賞金首のワイズが、どこかの冒険者ギルドから盗んだ厄介な代物。

 普通に売れば足がつく。

 かといって捨てるのはもったいない。

 ならばいっそ、救世主教団を動かすために活用してしまえばいい。

 リリィは歩きながらそう答えた。


 「子どもなのに、大人よりも大胆なことするじゃないの」

 「しがらみがないから。だから大人よりも身軽」


 外は日が沈み始め、暗くなろうとしていた。

 あとは宿に戻るだけだが、リリィはセラの顔を見ると質問をする。


 「聞きたいことあるんだけどいい?」

 「変なことじゃないなら」

 「セラって、お金貯めてるでしょ。初めて会った時、わざわざ自慢してくるほどには」

 「ええ」

 「どんな目的のために貯めてるの」

 「……色々よ」


 それ以上は言うつもりがないのか、セラは口を閉じてしまう。無理に聞いても答えてはくれないだろう。

 そこでリリィは話題を変えることにした。


 「教団は貴族から援助を貰うとか言ってたけど、どう思う?」

 「手広くやってるみたいね。ずいぶんあっさりな感じで言ってたけど、貴族を動かせる時点で結構やばい」


 貴族の方々と言っていた。つまり複数の貴族と繋がりを持っている。

 救世主教団はいったいどれだけの規模であるのか。

 王都にある教団の施設は、端的に言ってしょぼいという感想しか出ないが、魔導具を利用しているので外観にはお金をかけない方針なのかもしれない。


 「まあ、コアのおかげで今は味方にできてるし、ある意味心強いかも?」

 「だといいけど」


 宿に戻ると、レーアとサレナが驚いた様子で怪我だらけのセラを見つめる。

 当然、何があったか話すことになり、入場制限のあったダンジョンでの戦闘と、ダンジョンのコアと引き換えに救世主教団の力を借りたことをリリィは一通り説明した。


 「わざわざ危ないところに突っ込んでないか」

 「しかし、既に過ぎてしまったことです。わたくしたちは、待つしかありません」


 夜が更けるにつれて、宿は徐々に静かになっていく。

 ベッドに横たわるリリィは、天井を見つめながら考えを巡らせる。

 救世主教団はまだ心の底から信用できない。

 黒い刃という組織が襲撃してくるかもしれない。

 明日どうするべきか考えるうちに、眠気から目を閉じた。




 翌朝、外に出かけるのはサレナだけだった。

 セラは怪我を早く治すために寝ており、昨日そこそこ暴れたリリィは、ほとぼりを冷ますために宿で待機する。

 レーアは、帳簿に色々と書き込んでいた。


 「何を書いてるの?」

 「商人としての活動を記録していました」


 ヴァース、ヴェセ、そしてアールム。

 各地で安く仕入れたものを、移動先でやや高めに売る。

 あまりたくさん積み込めないので利益はわずかだが、それでも商人としての活動にはなる。

 商会を動かす親と比べれば些細なものだが、それでも確かな経験を積んでいるわけだ。


 「わたくしの手元にある活動資金は金貨千枚。けれど、これは商品となる物を仕入れる時に、ほとんどなくなります」


 頭を揺らせば長く茶色い髪も揺れる。

 レーアは書き込むのを中断すると、リリィの方を見た。


 「リリィは冒険者としてどれくらい稼げていますか?」

 「うーん……そこそこ?」


 財布を開けば、様々な硬貨が乱雑に入っている。一応、金貨が少し多くて目立つ。


 「ヴェセとアールムでは高い依頼をこなせてないから」

 「それも明日になれば解決します」


 新王の即位式は、いよいよ明日に迫っていた。

 そのせいか、王都は朝から非常に騒がしい。

 ヴァースの町とは比べ物にならないほど。


 「楽しんだあとは、何回か高いのをこなしてから、どこに行くか決めましょう」

 「長居はしないんだ?」


 せめて一ヶ月か二ヶ月か。

 それくらいは滞在してもいいんじゃないかとリリィは言うが、レーアは椅子から降りると地図を広げた。

 それは様々な国が記された、大陸の地図。


 「世界は広く、主要なところを巡るだけでも数年はかかります。移動する期間を含めて、ですけど」

 「色んな国のダンジョンに挑む感じ?」

 「そうです。世界中を旅行する意味合いもありますが。リリィを理由にすることで、お母様からの小言を避けつつ各国を旅行。この好機を逃すわけにはいきません」

 「レーアもなかなか、したたかだよね」


 ずっと小さな町だけで生きてきた。

 けれども、世界を巡る旅に出る機会が訪れた。

 リリィはベッドに腰かけると、剣を鞘ごと持ち上げる。その重みを確かめるように。


 「次の行き先も、わたしが決めていい?」

 「いいですよ。わたくしたちの旅に、明確な目的地はありません。ある意味、自由気ままな道のりですから」


 その日は何事もなく、退屈な一日だった。

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白ウサギな獣人の少女、地元のダンジョンでお金を稼ぐつもりが、世界を巡る壮大な冒険へ パッタリ @patari

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