第45話 教団の捜索
少し日が傾いてきたが、王都はこれからが一番騒がしくなる。
人混みの中を進むリリィとセラの二人は、狭い路地に避難すると、都市全域が描かれた地図を広げた。
「昨日よりも人が多くなってる気がする」
「そりゃ増えるでしょうよ。即位式という大きな祭りのために、各地から人が来てるんだから」
「これじゃ探すどころじゃないね」
「……ついてきなさい。知り合いの情報屋に向かう」
あまり気乗りしない様子だが、セラは移動し始めた。リリィはその背中を追う。
各地から人が来ているとはいえ、そのすべてが善良な者とは限らない。
盗みなどを行う悪党も集まっており、人の気配がない路地では、そういう者と遭遇することもあった。
「おっと、お嬢さんたち、どこから迷い込んだのかな?」
「金目のものを置いていけば、命までは取らない。断るなら、痛い目を見てもらう必要があるなあ」
二人の行く手を遮る者がいた。
武器を構えており、割と舐めてかかっている。
「ちっ、面倒なのがいるわねえ。リリィ、魔法を使うから相手お願い」
「はいはい。前は任せて」
前衛と後衛に分かれ、数人の悪党を相手にする。それは迷うことのない役割分担。
リリィは、剣を斜め下から斬り上げるも回避される。
だが、その勢いを利用して股間を足で蹴るという追撃を仕掛けた。
「ほごっ!?」
「まず一人」
「このガキッ!」
怒声と共に振り下ろされる剣を、素早く後ろに跳ぶことで回避すると、剣の平たい部分で相手の指を叩く。
「グッ……」
これにより武器を落とさせると、その直後セラの魔法が相手の顔に命中し、一発で気絶させた。
「これで二人」
「まだやる? 受けて立つけど」
「……悪い。舐めすぎてた。引き下がろう」
あっという間に二人を無力化されたのを見て、自分たちの不利を察した悪党たちは去っていく。
「意外とあっさり」
「騒ぎになれば兵士が来るし」
その後も、絡んでくる者をボコボコにしながら進んでいくと、小さな家の前に到着する。
周囲に溶け込むような外観は、どこに扉があるかわかりにくい。
セラが中に入るのに合わせ、リリィも一緒に入る。
「誰かいるー?」
受付らしき台をドンドンと叩きながら呼びつける姿は、かなり図々しい。
だが、すぐに人がやって来るので効果はある。
「ずいぶんと礼儀を知らないお客のようだ。同族の評判が悪くなるとは考えないのか?」
「こんなところで、胡散臭い商売やってる奴に言われたくないわ」
やって来たのは、セラと同じラミアの女性。
やや苛立っているが、リリィの姿を目にすると目を大きく見開いた。
数秒ほどじっと見つめるが、何か振り払うように頭を振ると、意図的にリリィのことを見ないようにする。
「ちょっと待て。こんな美味しそ……可愛い白ウサギの子を連れてくるとか、やめてほしい」
「子どもに食らいつく犯罪者になりたくないなら、情報を寄越しなさい」
「なっ、ふざけるな」
タダで情報を得ようとするセラに対し、ラミアの女性は否定的な声をあげる。
当然といえば当然なのだが、しかしセラは気にしないでいた。
「リリィ、あいつの前でウサギの耳と尻尾を揺らしなさい」
「うーん、ひどいこと考えてる。いや、やるけど」
まず頭を軽く揺らして白いウサギの耳を揺らし、手で軽く撫でつける。
背中を向けたあと、白くて丸い尻尾をぎゅっと握り、埃を払うように手を動かす。
リリィのこの行動は、一定の効果を見せた。
「やめろ! 食べたくなる!」
「人食いになりたくないなら、さっさと情報ちょうだい。救世主教団とやらが、王都のどこに拠点を構えているか」
「……新興の教団は、王都の東門の近く。セラ、お前覚えておけよ」
恨みに満ちた視線を受けながらも、余裕そうな態度で手書きの地図を受け取るセラ。
小さな家を出たあと、リリィは軽く息を吐いた。
「あの人は?」
「私の知り合い。ラミアってね、人を食べることができるのよ。あいつは、可愛い子どもを見ると食べたくなるっていう変質者。だから、子どもと会わずに済む、こんなところで暮らしてるんだけど」
「セラは人を食べたくなることってある?」
「ない。まあ、リリィを見てるとあいつの気持ちが理解できなくもない」
まさかの言葉に、リリィはそれとなく距離を取る。
「何も逃げなくたっていいでしょ。食わないから」
「本当?」
「当たり前でしょうが。怪我のない綺麗な肌に噛みついて、柔らかな肉を楽しみたいとか考えたりするけど。その血を啜るのも面白そうねえ?」
「…………」
「おほほほ、その程度でビビるなら、これから私に鬱陶しく絡むのをやめるように」
それは軽い脅し。
悪戯をしてくる子どもへの意趣返しなわけだ。
ただ、リリィはむっとした表情になると、おもむろにセラの尻尾の先端を掴み、軽く噛みついた。
「ぎゃー!」
噛みついてくるとは思っていなかったのか、あまり女性が出すべきでない叫び声が出てくるも、驚くのはわずかな間だけ。
即座にリリィを捕まえようとするが、リリィ自身、相手がそうしてくることを予想していたため軽々と避けた。
「ふー……舐めた真似してくれるじゃないの」
「セラって結構噛み応えがある」
「クソガキはお仕置きしてあげないとねえ!」
いよいよ戦いが始まろうとする時、小さな家の扉が開くと、中からさっきの女性が出てきて怒鳴った。
「喧嘩するなら他所でやれ! ここに兵士が来たらどうする!」
「……わかったわ」
「……そうします」
ひとまず場所を変えるのだが、歩いているうちに周囲に人が増えていくため、喧嘩することはできなくなる。
「ちっ、人がいるんじゃ揉め事はなしね」
「セラの尻尾に乗っていい?」
「ダメに決まってるでしょうが」
そんな軽口を交わしながら、二人は王都の東門へと向かい、周辺を捜索する。そして数分もしないうちに目的の場所を見つけた。
救世主教団の拠点は、大通りから少し外れた路地にひっそりと佇んでいる。
救世主教団と書かれている看板があるものの、さすがに目立たないようにしてあった。
「……うーん、意外というかなんというか」
「とりあえず入るわ。ここで突っ立ってるのもあれだし」
その場に立ちっぱなしは目立つため、扉に鍵がかかっていないのを確認してから中に入ってしまう。
中は薄暗いが、まるでギルドのように受付が存在し、なぜか台に足を乗せた状態で居眠りをしている男性がいた。
「あのー、すみません」
リリィはそっと声をかけて起こそうとする。
最初は反応がなかったが、何度か繰り返すと相手は目覚めた。
「んお……人が来るとは珍しい。泥棒じゃないようだが」
「ここ、救世主教団でいいんですよね?」
救世主教団という単語が出た瞬間、男性は真面目な様子になると、照明が点灯して室内は明るくなる。
それは魔力によって光を放つ特殊なランタン。
「わかっていて入ったわけか。用件は?」
「教祖であるソフィアという人に会いたい」
「……わかった。あの人は王都にいるので、それほど待たずに会えるだろう。呼ぶからしばらく待ってもらえるだろうか」
「はい」
「空いているところに座って待つわ」
二人は空いている席に座り、しばらく待つことにした。
リリィはふと、受付の男性が手に持っている器具に目を向ける。
「ねえ、あれは何」
「魔導具よ。あれを使って、教祖と連絡を取っているのかも」
「便利だね」
「ああいうのって、普通はめちゃくちゃ高いのよ。連絡を取るとなると、最低でも同じ代物が二つはいるはず。……とてもお金持ちな組織みたいね」
どういう後ろ楯があるのか。どうやって稼いでいるのか。
気になることはあれど、今は待つことしかできない。
座って待ち続けることおよそ二十分。
教祖たるソフィアが一人でやって来た。
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