第44話 より危険なダンジョン
「よし、潜ろう」
アールムの冒険者ギルドの中において、リリィは一人で依頼を受けていた。
セラはいない。レーアは商人として活動している。サレナは相変わらず宿で留守番。
あとは、昨日食べ過ぎたので体を動かす必要がある。
それらが合わさっての単独行動だった。
「依頼の品は……これか」
受けた依頼は、光る石を一つ拾ってくるというもの。報酬は銅貨一枚。
はっきりいって受ける者のいない不味い依頼だが、何も受けずに潜るのはもったいないためそれを選んだ。
「あとは帰るだけだけど……行こう」
地下五階までの地図は買ってある。
今は珍しく一人という状況。
自分の実力を確認する良い機会ということで、リリィは地上に戻らずダンジョンを進んでいく。
「なあ、ここら辺で袋を見なかったか?」
「見てないです」
ダンジョンの内部には、かなり冒険者が存在しており、浅い階層ではどこの通路にも一人はいる。
落とし物を探す者がいれば、酒場を追い出されたような酒臭い者もいる。
「おい、そこのウサギのちびすけ。一人で奥に進むのか? やめとけやめとけ」
「……酒臭い」
「ガハハ。でかい王都にゃあダンジョンが二つあるが、こっちは酒を飲んでいられるほど安全だからな。だから稼げねえんだが」
「稼ぎたいなら、もう一つの方?」
「おうとも。ま、冒険者ランクが高くないと追い返されるがよ」
「どのくらい?」
「シルバーだ。なるのは難しいぞ? 強いモンスター倒す依頼を、一つは完遂させんといかん」
探索途中、冒険者とのやりとりを通じてリリィは足を止めた。
より危険なダンジョンに向かうことを決めると、一度地上に戻る。
受付で詳しいことを聞くのだが、単独で潜る場合、他者からの助けは期待しないようにと忠告される。
「依頼は、あちらのダンジョンの出入口付近にあります」
一般的な依頼とは別々に分けられているようで、限られた範囲に紙が貼ってあった。
潜る冒険者が少ないからか、依頼も少ないが、その分だけ高額な報酬のものばかり。
最低でも金貨から始まるため、リリィは腕を組んで考え込む。
「……少し怖くなってきた。けど、危なくなったら逃げればいい」
冒険者として登録した名前に、リリィがスウィフトフットをつけたのは、伊達や酔狂からではない。
自らの特徴を、強みを、周囲に知らしめるためにつけている。かつてそうするよう助言されたからでもあったが。
今度は、何も依頼を受けずに潜った。
ダンジョンは危険だが、さらに危険なところに挑むなら、依頼という足枷があっては困るという判断から。
「買った地図は、こっちの方もあるからよかった」
より危険な方のダンジョンは、まるで城の内部のようにしっかりとした通路と部屋が存在した。
一部の壁が破壊され、近道が作られているが、これは冒険者によるものだろう。
リリィはその場で、新しい道を地図に書き込んでいく。
「というか、壁を壊すってよくもまあ……」
見たところ、壁自体は人が余裕で埋まるほどには分厚い。
呆れ半分、驚き半分といった様子でリリィは頭を振ると、さらなる地下を目指す。
ピタピタ……
進むうちに、変な音が聞こえてくる。足音のようだが、人が出すものではない。
剣を構え、音が聞こえる方へ慎重に向かうと、そこには歩くキノコがいた。
大きさは子どもくらいという小ささ。足だけでなく腕も生えている。
それだけならさっさと倒してしまえるが、厄介なことにそのキノコは、歩くたびに頭の傘から胞子らしき粉を出していた。
「……あれは、無視で」
相手が毒キノコの可能性があるため、リリィは静かに離れた。
地下一階部分から、なかなか厄介なモンスターがうろついているが、好戦的でないならどうとでもなる。
地図を頼りに、地下二階へ。
あまり冒険者がいないせいか、特殊なランタンは減っており、少し薄暗さが増している。
「この分だと……一人じゃ深くは難しいか」
片手にランタンを持ち、もう片手に剣を持って戦うのは、あまり現実的ではない。
照明係の必要性を痛感するリリィだったが、とりあえず行けるとこまでは行くつもりでいた。
キン……キン……
どこか遠くから、金属がぶつかるような音をウサギの耳は聞きつけた。
冒険者がモンスターと戦っているのか、あるいは冒険者同士の争いか。
とりあえず音が聞こえる方へ近づくと、音はよりはっきりと聞こえてくるようになる。
ギン! ドゴッ!
何かを弾く音。重いものが壁にぶつかった音。
冒険者同士が戦っているんだろうと判断したリリィは、さらに近づく。
すると揉めているのか話し声が聞こえてきた。
「くそ、しぶとい奴め。たった一人でここまで抵抗するとはな」
「するに決まってるでしょうが。殺して、身ぐるみ剥いでくるとか」
「まあいいさ。何人かやられたが、そっちはそろそろ限界みたいだしな」
冒険者を襲う冒険者の集団。
リリィも遭遇したことはあるが、それ以上に驚くべきことがあった。
襲われている側の声は、セラのものだったからだ。
助けるべきかどうか。
ひとまず、そっと様子をうかがい、奇襲できる機会を待つ。
闇雲に出ていっても逆効果になりかねない。
「くそっ、あんたたち冒険者として恥ずかしくないわけ?」
「より稼げるやり方を選んだだけだ。それに、ラミアのセラを殺せば組織から報酬が貰えるしな」
「へっへっへ、ダンジョンに一人で挑む。とんだ自殺志願者だぜ。俺たちは、自殺を後押ししてやるだけのこと」
「そう。だったら、ぶっ殺してあげる。生け捕りなんかせずにね」
「なんだとお?」
一連のやりとりの最中、セラが玉らしきものを地面に投げつけると強烈な閃光が発生する。
「ぬおっ」
「目が……」
「今よ!」
どうやらリリィの存在にはとっくに気づいていたようで、セラは言う。
これを受け、曲がり角で閃光を防いだリリィは一気に飛び出す。
まずは襲撃者たちに対し、おもりのついた紐を投げつけて動きを封じつつ、さらに腕を斬って武器を落とさせる。
混乱に満ちた相手を制圧するのに時間はかからず、死者が出ないまま戦いは終わった。
「ぐ、仲間がいやがったか」
「こんな、ちびウサギに、やられただと」
「セラ、どうする?」
「……こういう状態になったんじゃ、わざわざ殺すのもね。ギルドに突き出すから手伝いなさい」
リリィによって無力化された者を見て、トドメを刺す気は削がれたのか、セラはやれやれといった様子で襲撃者の武器を回収し、念入りに手足を縛り、地上へと運び出す。
「職員さん、この襲ってきたバカたちの処分をお願い」
「入場制限をかけたダンジョンで襲撃ですか……。見せしめが必要ですね」
いったいどんな見せしめが始まるのか。
リリィは期待と不安が混じった様子で職員の行動に意識を向ける。
それは驚くべきものだった。
局部を最低限隠したまま、ほぼ裸な状態で天井から吊り下げられる。
その上で、冒険者を襲って返り討ちにされた者という看板を首にかけられるという始末。
「わお。ヴァースの町よりたくさん冒険者がいるところで、ああいう風にされるとか」
「恥ずかしさで死ねるわ。ま、それでも冒険者を襲う冒険者は、完全にはいなくならないんだけど」
そう話すセラは、襲撃を受けて全身に怪我をしていた。
ギルドの片隅で治療を手伝いつつ、リリィは話を振る。
「依頼こなすの順調そう?」
「ぼちぼちってところね。今日はもう、怪我を治すためにおとしなくするしかない」
襲撃者をギルドに突き出したことにより、ちょっとしたお金をギルドから受け取ったあと、都市の大通りから少し離れた路地に入る。
リリィがセラを引っ張ってそこまで連れていったのだ。
とある質問をするために。
「聞きたいことがある」
「言ってみなさい」
「襲撃者の中に、組織から報酬が貰えるとか言ってた人がいた。セラは、どこかに命を狙われてる?」
「一応は。面倒事を抱えてる奴が嫌なら、私はパーティーから抜けるわ」
「いやいや、待ってよ。いきなり抜けるとか言わなくても」
足早に離れようとするセラの腕を、リリィは掴んで引き留める。
「組織を潰しに行くとか言うのはやめなさいよ。勝てないから」
「じゃあ、他の組織の力を借りればいい」
「ラウリート商会? お金があれば戦力を貸し出してくれるとは思うけど、あなたの借金以上の大金が必要よ」
「救世主教団の力を借りる」
まさかの名前が出てくるため、逃げようとする動きは止まった。
その代わり、険しい表情が返される。
「いきなり、訳わからない組織の力を借りるのは、別の意味で不安なんだけど?」
「いくつか確かめたいことがあってさ。ダンジョンの謎とか気になるし。あと教団が信用できるか確認したい。そのためにセラを利用させて」
「堂々とそういうこと言えるのは、あなた将来大物になるわ。いや本当に」
セラはため息混じりに肩をすくめるが、断るまではいかない。
渋々といった様子で、リリィの提案を受け入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます