第43話 美味しい依頼
外はまだ明るい。
せっかく王都アールムに訪れているのだから、ずっと宿にいるよりは外に出て何かした方がいい。
最初に口を開いたのはセラだった。
「私はしばらくの間、ギルドの依頼をこなすことに集中するわ」
「わたしよりもランク低かったのが悔しいから?」
「ほほう。初手挑発とはいい度胸ね」
今は全員が同じ部屋。
ラミアの太く強靭な尻尾は、逃げようとするリリィの体に巻きついていくと、強く締め上げる。
ミシミシ
「ぐあぁぁぁ!」
骨が軋むほどの威力だが、折れないように加減はしてある。
数十秒後、だいぶ苦しんだあとにリリィは解放された。
「うぅ……骨が。あいたたた」
「ま、とにかく即位式までの数日間、私はほとんどギルドとダンジョンにいるから」
自分よりも年下の子どもに、冒険者ランクで下回っているのは我慢ならないのか、セラはそう宣言すると宿を出た。
「なんであんな鬱陶しい絡み方をするんだ。締め上げられるのはわかっていただろうに」
「なんかね、したくなる」
リリィのその発言を受けてサレナは無言で肩をすくめる。ついでに頭を振る。
やってられないという態度だ。
「バカがバカなことやってお仕置きされる分には、あたしが言えることはない」
「あ、ひどい」
「二人とも、時間は余ってるので依頼をこなしに行きましょう。わたくしのランク上げも兼ねて」
「とはいえ、荷物を置きっぱなしにするのは不安な宿だ。あたしが見張りをする」
「では行きましょうかリリィ」
「はいはーい」
借金の支払いは不定期でよくなったが、それでもお金を稼げる時に稼いでおくのは大事。
リリィはレーアと共にアールムの冒険者ギルドへ向かうと、大量の依頼を前に立ちすくむ。
「多すぎて迷う」
「一部の冒険者は、素早い動きで依頼を取っています。ここで長く活動している冒険者だからこそわかる、美味しい依頼でもあるのでしょうか」
レーアは目を細め、なにやら観察を始める。
基本的にハーピーは視力がいい。
高く空を飛び、地上へ襲いかかる能力があるために。
「意外と、ダンジョンに潜らない依頼もあるようです」
「じゃ、それやっちゃう?」
今の時期、ダンジョンにも人が大勢いるだろう。
採取や討伐関係の依頼は、こなしにくくなっているはず。
そう考えたリリィは、地上だけで完結する依頼を受けることを提案する。
数日もしたらお祭り騒ぎになるので、それに遅れるようなことは避けたいという考えもあった。
「そうですね。ダンジョンに挑むのは、即位式が終わってからでも十分」
「これとかどう?」
リリィは背を伸ばして一枚の紙を取る。
比較的真新しい依頼であり、中に書かれていたのは、即位式が始まる前に城で出す料理の味見をするというもの。
最後あたりには、品の良い食べ方ができる者限定という文字が付け加えられていた。
「また珍しいものを見つけましたね」
「報酬は銀貨五枚と普通。ただ、城で出されるようなご馳走を食べられる」
「品の良い食べ方……リリィはできるんですか?」
「レーアに無理矢理教え込まれたから」
リリィはこれまで、何度もレーアの屋敷で食べたり飲んだりすることがあった。
その際、半ば無理矢理、お上品な食べ方を学ばされた経験がある。
今まで役に立つ機会はなかったが。
「しかしながら、王都ともなれば色んな冒険者がいるはず。なのに、こういう依頼が無視されているのはなぜでしょう?」
「さあ?」
気になることはあるものの、受付で手続きを済ませる。
すると、わざわざギルドの職員が城まで送り届けてくれるという。
まずは徒歩で十数分ほど移動。
大きな城に到着するが、入るのは小さい扉から。
忙しなく人が動き回る通路を進むと、厨房へ到着した。
「なんだあ? 獣人とハーピーのおちびちゃんたち二人だけかい。俺はコックのベス。ここでお偉いさん向けの飯を作ってる」
ややふくよかな男性がやって来ると、リリィとサレナが子どもなのを見て、肩をすくめてみせる。
もう少し人数が欲しかったようだ。
「ったく、ギルドに依頼出したってのに受ける奴がおらんとは。まあいい、大人じゃない子どもの味覚で確認できる。飯、どれくらい食える?」
ベスと名乗った男性は、そう言うと近くに置いてあった料理を持ってくる。
出来立てではないものの、美味しそうな香りは健在。
「いやあ、わかんないです」
「わたくしは、そこまで食べられません」
「……なんで受けようと思った。とりあえず、おちびちゃんたちには、式に出す予定の料理を食ってもらう。どれだけ些細なものでもいいから、何か違和感があったら言ってくれ」
食事を行うために用意されるのは、厨房の隣にある小さな部屋。
物置だったところを、とりあえず片付けたといった具合だ。
「塩気が強い、変な苦味がある、微妙な酸っぱさ、とにかくそういったものを報告。いいな?」
「はい」
「期限はどのくらいになりますか?」
レーアの質問に、コックのベスは数秒ほど考え込んだあと腕を組む。
「普通なら、お腹がいっぱいになったら終わりだ。だがな、お腹がいっぱいになっても食べたい料理かどうかを確認するため、吐く直前までいってもらう」
「うーん……それはなかなか、きつそう」
「リリィ、吐くのは任せました。わたくしは綺麗なままでいたいです」
「あ、ずるい」
「一応言っておくが、国内だけじゃなく、海外から来てるお偉いさんも、ここの料理を食うからな。そこんところ理解して、今回の依頼を遂行してくれよ」
運ばれてくる料理は、基本的に少し冷めたものばかり。
違和感がないかどうか確かめるため、リリィは普段のようにガツガツとは食べず、ゆっくりと噛んで味わう。
「これは魚を蒸したやつ。何かソースがかかってる」
「香辛料が効いていて、一口食べるだけでも満足できます。パンとか欲しくなってきます」
最初の料理は特に問題なし。美味しく食べ終える。
次は見習いらしい男女が、複数の料理をまとめて運んできた。
「いきなり一気にきた」
「お母様と高い店に行った時、見たことがあります。コース料理というものです」
食べる順番があるということで、リリィはレーアに合わせる形で少しずつ食べ進めていく。
前菜、スープ、メインとなる料理。
どれもこれも、ヴァースの町でコツコツ借金返済をしていた時には食べたことのないものばかり。
リリィは笑みを浮かべながら食事を楽しんでいたが、途中で表情を変える。
肉料理の一つに、わずかな違和感があった。
変な苦味を感じたのだ。
「あの、この料理に変な苦味が」
「わかりました。伝えます」
違和感があったものはすぐに取り下げられる。
「レーアはどう?」
「わたくしは感じませんでした」
食べ終えるとお腹がいっぱいになってくるが、さらなる料理が運び込まれた。
最初の頃と比べ、食べる楽しみは薄れてしまっているが、それでも美味しいことは美味しい。
「……わたくしはここで諦めます。もう食べられません。リリィ、あとは頑張ってください」
「そうは言ってもね」
ある程度の段階でレーアは諦めて食事を中断した。
目の前にあるのは、デザートとして出されるだろう果物のパイ。
丸いもの、四角いもの、大きいものもあれば、小さいものもある。
果物の種類も様々であり、見てるだけでコックの実力の高さが伺えるというものだ。
「……うーん、もっと大人だったら、たくさん食べれてたのに」
サクサクとした香ばしいパイ、甘過ぎない果物、それらは上手く調和し、お腹がいっぱいでもついつい食べ進めることができる。
気づいた時には、リリィはお腹を押さえていた。
「も、もう限界、動いたらお腹の中身が出そう……」
「コックの人を呼んでもらえますか」
少ししてコックのベスがやって来る。
何か作業をしていたのか、服の一部が焦げていた。
「子どもの胃袋なら、まあこんなもんか」
「美味しかったけれど、なんでわざわざ依頼を?」
「念には念を入れなきゃいかん。効率が悪くとも、少しでも改善できるところがあるなら、やるだけだとも」
自分の腕前には自信があるようだが、それに囚われることなく準備を進めている。
それほどまでに真剣な態度からは、新王の即位式がどれだけ重要なものであるか伝わってくる。
報酬である銀貨を貰ったあと、作業している人の邪魔にならないよう厨房を出ていく。
「そういえば、新しい王様ってどういう人になるんだろう?」
「確かに気になりますが、数日後には嫌でも見ることになります」
「それもそっか」
食べ過ぎたお腹をさすりながら宿に戻ると、膨れたお腹を見たサレナが悪戯っぽく指でつついてきた。
「食べ過ぎだろう」
「むっ! いきなりつつくなんて……えい」
リリィは同じところへ反撃するが、今度はサレナが驚いた声を上げる。
「んん……どこ触ってる!」
「それはこっちの言葉だから」
そんなやりとりを続けるうちに、二人は無駄なことをしていることに気づき、手を止めた。
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