第42話 銀行に預けられていた代物

 大きな祭りが近づいていることから、王都はかなり騒々しい。

 落ち着ける場所を確保するために宿を探すのだが、まともなところはどこも埋まっている。

 空いているのは怪しい宿ばかりで、さすがに泊まる気にはなれない。

 

 「早めに宿を見つけないといけないけど」

 「即位式とやらのせいで、どこも混雑している。都市の治安維持をする者は大変だろうな」

 「最終手段としては、ラウリート商会でお世話になるというものもあるけど」

 「できるなら、あまり選びたくない選択肢です。……わたくしに会いにお母様が来るので」


 事前にかなりの準備が必要だが、遠く離れた場所同士を一瞬で移動する魔法は存在する。

 実力ある魔術師を複数用意して、ようやく一人という効率の悪さだが、複数の地域で活動している商会を率いる者にとっては、ある意味必須の魔法。

 レーアとしては、母親であるエリシアと旅先で会うことは避けたいのか、だいぶ渋い表情となっていた。


 「宿をどうするか決めないと、次の行動が決められないわ」

 「まあ、もう少し探してみるしかないよ。ヴァースの町より圧倒的に広いから、さすがに見つかるはず」


 どこか楽観的なリリィだった。

 王都アールムは、複数の町を内包していると言えるくらい、内部は混沌としている。

 馬車に関しては、現地に進出しているラウリート商会に預けてしまう。

 そうしないと、移動できる範囲に制限がかかる。


 「そうだ。商会で情報を得よう。商会の施設に泊まらないなら、レーアとしても大丈夫なはず」

 「その提案は、いいと思います」


 長く現地で活動している者なら色々と知っているはず。

 早速、今も空いている宿がどこにあるかを聞き出すと、小さな手書きの地図を渡される。

 四人はそれを見ながら、都市の内部を歩き、数分後にはおんぼろな建物の前に到着した。


 「ヴァースの安宿よりはマシ、かな?」

 「壁が薄くないならいい」

 「ギルドや商会から、あまり遠くないのは助かります」

 「問題は金額よ。祭りが近いからって、ぼったくる可能性があるわ」


 中に入ると、それなりに賑わっていた。

 利用しているのは冒険者が多く、一部に行商人もいる。

 この分だと、ぼったくりの心配は低い。

 四人で寝泊まりできる大部屋を借りると、意外と内装は整っていた。


 「しばらくはここで寝泊まりか」

 「即位式は、あと四日後。それまでどうする?」

 「やることはたくさんある。急ごう」


 国が旅費の一部を負担してくれるため、まずはその手続きに向かう。

 王都の中心部に繋がっている大通りを進むと、小さな城壁があった。

 ここから先は貴族や一部の裕福な者が暮らす区画とのことで、許可のない者は止められてしまう。


 「何用か」

 「旅費の補助を貰いに来ました」

 「……ああ、そうかい。それは向こうで手続きをしてるから、列に並んで待ちなさい。そのあと銀行に向かうことになるから、お金が欲しいなら問題は起こさないように」


 警備している兵士は、面倒そうな表情で別方向を指差した。ここしばらくの間、何度も同じような返答をしてきたのだろう。

 結構な行列になっているため、四人で並ぶよりも、一人か二人だけで並ぶ方がいい。

 そこで名乗りをあげるのは、セラとサレナの二人。


 「大人がいた方が簡単に済むでしょ」

 「あたしは、歩き回りたくない」


 こうして再び別行動となるのだが、リリィがどこかに行こうとするとレーアはついてきた。


 「逃がしません。今どこに行こうとしたのか言うように」

 「大きい銀行」

 「目的は?」

 「…………」

 「白状しなさい」


 レーアは蹴りを放ってくるが、加減しているのか威力はない。

 リリィは人の目が少ないところに移動すると、最小限の動きで小さな鍵を取り出す。

 それは、ヴァースのダンジョンの最下層で、賞金首だったワイズという魔術師から貰い受けた代物。


 「これ」

 「何か預けてあるものを取りに行くわけですね」


 一目見ただけでレーアは気づいたのか、軽く頷く。

 銀行については、すぐに見つかった。

 道行く大勢の人々が、旅費の一部を貰えるということを話しながら、大きな建物に入っていく。

 アルヴァ銀行。

 そう書かれた壁を見つつ、二人は中に入る。


 「人でいっぱいだ」

 「とりあえず、受付に行きましょう」


 様々な人々が混在するものの、受付の一部は空いていた。

 リリィはそこに向かい、ワイズから貰った小さな鍵を取り出す。


 「あの。受け取りに来ました」

 「その鍵は……。案内しますのでこちらへ」


 細かいことは聞かれない。

 銀行の奥に案内され、石像の並ぶ通路を越えた先に、いくつもの小さな扉が存在する部屋へ到着する。

 その扉一つ一つに、なんらかの貴重品が保管されているのだろう。


 「鍵は、こちらの扉に対応しています」


 扉ごとに対応する鍵が違うという念の入りようだが、貴重品を保管するならそういうこともあるんだろうとリリィは納得した。


 カチャリ……


 小さな音のあと、扉は開く。

 中にあったのは布の袋。

 なんの変哲もない、手のひらに乗る程度の小さな袋。


 「え?」


 思わず声が出るリリィだが、その袋以外には何も入っていない。

 どこかモヤモヤとした気持ちになりつつも、中にある袋を取ってから扉を閉めた。


 「鍵は返却してもらいます」

 「わかりました」


 小さな鍵を銀行側に返し、ひとまず外に出る。

 そのあとは邪魔が入らないよう宿に戻り、部屋の窓をしっかりと閉めた上で袋の中身を確認する。

 ベッドの上に転がり落ちるのは、小さく折り畳まれた古い紙と、自発的に光を放つ宝石。

 リリィは思わずレーアの顔を見た。


 「これ、もしかして...…」

 「ダンジョンのコア、に見えます」


 予想外の代物が出てきたため、すぐに折り畳まれた紙を広げる。

 ただし、何重にも折り畳まれ、しかも紐で縛ってあるという始末。

 紙を傷つけないよう慎重に紐をほどいていると、旅費の補助としてお金を受け取ったセラとサレナが戻ってくる。


 「何か面白そうなことしてるじゃないの」

 「手紙以外は……コアなのかそれは」


 ワイズから貰った鍵を、王都の銀行に持っていった結果、預けられていた物を受け取ったということをリリィが話すと、残る三人は黙り込む。

 いったい、彼はなんのためにこれを保管していたのか?

 その謎は、折り畳まれた紙が広げられると明らかになる。


 「ええと、文字がびっしりで読みづらい」

 「折り目の部分は、なんとか解読できそうです」


 小さな紙に書き込まれた文字は、余白がほとんどないので、読み解くだけで目が疲れるが、情報を得られるのはこれしかない。


 “この紙を読んでいる者に教えよう。一緒に入っている宝石は、魔力を抜き取られたダンジョンのコアだ。私はギルドからこれを盗んだ。ダンジョンの秘密を知ることができないか色々と調べたが、魔力を蓄える容器としてしか使えなかった。これが私の限界である。もし、コアの秘密を解き明かせる者がいるなら、その者に託したい”


 書かれていたのは、なかなかに厄介なこと。

 ギルドから盗み出したダンジョンのコア。

 価値はあるのだろうが、取り扱いを間違えれば、非常に面倒なことになる。


 「どうしようか」

 「手っ取り早いのは捨てること。ダンジョンの奥に潜って、土にでも埋めたらいい」

 「あるいは海に捨てるというのも、一つの手ね」

 「……いえ、お母様を頼り、相談するというのも」


 捨てる考えが二人、信頼できる者に相談するのが一人。

 リリィは答えを出さず、ナイフでコアを叩いてみるが、甲高い音が鳴るだけで傷はつかず、叩くたびに少しずつ色が変化していく。

 そうしていると、一つの考えが浮かんでくる。


 「救世主教団……」


 それは小さな呟きだったが、他の三人にとっては驚くべき選択肢。


 「本気ですか? 怪しいとしか思えません」

 「どういう考えがあってそれが出てくるの、と」

 「……ソフィアという教祖とのやりとりを思い出す限り、なかなかの賭けに思える」


 あまり肯定的な反応は返ってこない。

 そこでリリィは決断を先延ばしにする。


 「まあ、とりあえずこれの扱いはあとで考えよう。今は、数日後に迫ってる即位式が大事」

 「正確には、それに伴うお祭りだが」

 「面倒事は、ご馳走とかを楽しんでからの方がいいのは、そうね」

 「お母様に頼るのは最後の手段にしたいので、先延ばしには賛成です」


 厄介な代物をどうするかよりも、もうすぐ始まるお祭り騒ぎの方が大事。

 ひとまずコアを仕舞うと、王都の地図を眺めながら、次の予定について話し合う。

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